↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第四章 鉱山の島と火を失った者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/70

第五十一話 崩れる笑み



 光留は、背中の痛みで眼を覚ました。


 鉱夫たちが使っていた寝台は狭く、薄い敷布の下から木板の硬さがそのまま伝わってくる。


 身体を横へ向けると、寝台が大きく軋んだ。


「……寝心地、悪すぎるだろ」


 隣の寝台では、伊織が毛布へくるまっている。


 蓮も眠っていたが、枕元には短剣が置かれていた。


 戦いが続いたせいか、二人とも武器から手の届く場所を選んでいる。


 窓の外は、まだ暗い。


 戸の隙間から入り込む風には、湿った土と石炭の匂いが混じっていた。


 鍛冶場から聞こえていた槌の音も止まっている。


 源蔵たちも、ようやく休んだのだろう。


 何もおかしくない。


 それなのに、光留の胸から嫌な感覚が消えなかった。


 静かすぎる。


 昼間まで聞こえていた眼獣の遠吠えも、見張りの歩く音も聞こえない。


 町全体が、息を潜めているようだった。


 光留は父の刀を腰へ差した。


 卓には、源蔵が修復した腕輪が置かれている。


 砕けた箇所には眼鉄が埋め込まれ、三本の線を束ねた刻印も残されていた。


 腕輪を左手首へつける。


 冷たい金属が肌へ触れた直後、内側から小さく震えた。


「何か、来てるのか……?」


 伊織たちを起こすべきか迷った。


 だが、気配はまだ遠い。


 全員で動けば、町の者まで不安にさせる。


 まず自分の眼で確かめる。


 光留は音を立てないよう、休憩小屋の外へ出た。


     ◇


 夜の町には、鍛冶場の炉だけが赤く残っていた。


 煙突から昇る細い煙が、鉱山から流れてくる霧へ溶けている。


 通りには修理を終えた剣や槍が並べられ、濡れないよう布がかけられていた。


 武器は戻り始めた。


 だが、それを使う者たちの多くは、まだ傷を抱えている。


 ここで再び眼獣が押し寄せれば、町は耐えられない。


 光留は鉱山へ続く道を見た。


 入口の前では、二人の見張りが槍を握っている。


 眠ってはいない。


 それでも二人とも、同じ場所を見つめたまま動かなかった。


「どうした?」


 光留が声をかける。


 一人が震える指で、道の先を示した。


「あれは……何だ」


 霧の中から、黒い影が歩いてくる。


 一歩ごとに、湿った地面が沈む。


 岩のような皮膚。


 曲がった四肢。


 体表に並ぶ幾つもの眼。


 大きさも、放つ眼力も、これまで戦った眼獣とは違っていた。


 周囲には、一回り小さな眼獣が三頭つき従っている。


 どの獣も頭を低くし、黒い影へ逆らおうとしない。


 見張りが槍を構えた。


「群主だ……」


 鉱山の眼獣をまとめ、死んだ者まで従わせる存在。


 町の者から聞いた特徴と重なる。


 光留は二人の前へ出た。


「鐘を鳴らせ」


「でも、お前一人じゃ――」


「皆を起こせ。ここは俺が見る」


 刀を抜く。


 刃に、炉の赤い光が映った。


 黒い巨体が、道の中央で立ち止まる。


 体表に並んだ眼が、一つずつ閉じていった。


 最後に、額の眼だけが残る。


「やっと出てきたな」


 眼獣が笑った。


 獣の喉から出たとは思えない声。


 低い声の奥へ、別の声が重なっている。


 光留は、その話し方を知っていた。


「寄生の眼……」


「覚えていてくれたか」


 眼獣の口が歪む。


 笑みに合わせて、頬の皮膚へ細い亀裂が走った。


「風雅はどこだ」


「奥だ」


「お前がここにいるなら、風雅も近くにいるのか」


「私がいる?」


 眼獣は喉を鳴らした。


「違う。私は、ここにはいない」


 右の前脚が崩れた。


 黒い肉が泥のように落ち、その中から細かな眼鉄がこぼれる。


 それでも眼獣は倒れない。


 残った三本の脚で身体を支え、笑い続けている。


「こいつは群主ではない。群主につながる、ただの一体だ」


 光留は刀を握り直した。


 本物ではない。


 群主の力を帯びた眼獣を、寄生の眼が遠くから動かしている。


「そんなことまで、できるようになったのか」


「人の眼から、人の身体へ。今度は群主の眼力を通り、獣の身体へ」


 額の眼が細くなる。


「寄生の眼は、成長している」


 見張りが鐘を鳴らした。


 甲高い音が、眠っていた町を揺らす。


 戸が開き、武器を持った者たちが通りへ飛び出してくる。


 伊織たちの足音も近づいていた。


 眼獣は逃げなかった。


 光留だけを見ている。


「何のために来た」


「確かめるためだ」


「何を」


「この身体が、どこまで動くか」


 眼獣が一歩踏み出す。


 左脚も崩れた。


 巨体が傾き、肩が地面へ落ちる。


 周囲の三頭が低く唸ったが、襲ってはこなかった。


 崩れていく身体を、怯えたように見ている。


「まだ長くはもたないか」


 その声に、残念そうな響きはなかった。


 むしろ、次の試みを待ち望んでいる。


「だが、次はもっと遠くへ行ける。もっと長く動かせる」


「お前の好きにはさせない」


 光留の右眼へ、黒い光が集まる。


「風雅も、群主も止める」


「そうか」


 眼獣の胸が崩れた。


 空洞になった身体の奥で、黒い眼力だけが脈打っている。


「楽しみだな」


 額の眼が笑うように細くなった。


「次は、誰の中からお前を見ようか」


 頭部が砕けた。


 黒い泥と灰が地面へ広がり、残っていた眼も潰れていく。


 最後まで、笑い声だけが町に残った。


     ◇


「光留!」


 伊織が火をまとったまま駆けてきた。


 その後ろから、蓮、岳、澪も続く。


「怪我は?」


 澪が光留の腕へ触れる。


「大丈夫だ。戦ってない」


「じゃあ、これは何だよ」


 伊織が崩れた眼獣を見る。


 地面には黒い泥と、細かな眼鉄だけが残っていた。


 付き従っていた三頭の眼獣は、群主の圧力が消えた途端、鉱山へ逃げ帰っている。


 蓮が泥の前へしゃがんだ。


 短剣の先で触れ、崩れた皮膚を確かめる。


「身体の中に、寄生の眼はない」


「離れた場所から動かしていたと言ってた」


 光留は、眼獣が残した言葉を伝えた。


 群主につながる眼力。


 獣を借りて動かしたこと。


 風雅も、本物の群主も鉱山の奥にいること。


 岳の表情が険しくなる。


「人間だけじゃなく、眼獣まで操るようになったのか」


「自由に操れるわけじゃない」


 蓮が崩れた脚を見る。


「この眼獣は、ここへ来るだけで壊れた。群主から離れるほど、眼力を保てなくなるのかもしれない」


「それなら、まだ限界があるってことか?」


 伊織が尋ねる。


「ああ。どんな身体でも奪えるなら、こんな使い捨ての眼獣を送る必要はない」


 澪は鉱山の入口へ眼を向けた。


 霧の奥には、何も見えない。


 それでも今は、暗闇の向こうから無数の眼に見られている気がした。


「でも、待っていたら、その限界もなくなる」


 光留は頷いた。


 寄生の眼は、自分の成長を隠そうとしなかった。


 こちらを怯えさせるため。


 鉱山へ誘い込むため。


 おそらく、どちらも正しい。


 罠だと分かっていても、放ってはおけない。


「夜が明けたら、奥へ行く」


 光留が言った。


「本物の群主を倒す。風雅から寄生の眼を引き離す方法も探す」


「決まりだな」


 伊織が火を消した。


「せっかく起こされたんだ。このまま準備するか」


「お前はもう少し寝ておけ」


 蓮が言う。


「その眼で鉱山へ入れば、怪我をするかもしれない」


 岳は澪を見る。


「お前は残ってもいいんだぞ」


「またその話?」


「聞くだけ聞いてみた」


「行くよ」


 澪の返事に迷いはなかった。


 岳は何も言わず、自分の武器を取りに戻った。


     ◇


 夜明けとともに、源蔵が鍛冶場の扉を開いた。


 炉の火は消えていない。


 赤い光の前には、修理を終えた剣と槍が並んでいた。


 源蔵は話を聞き終えると、太い腕を組んだ。


「向こうから町まで出てきたか」


「偽物だった」


 光留が答える。


「寄生の眼が、群主につながる眼獣を動かしていた」


「偽物でも、町まで来られたことが問題だ」


 源蔵は壁へ広げた坑道図を指した。


「昨日運び出した石炭の跡は、ここから奥へ続いていた。昔の大採掘場だ。群主がいるなら、この辺りだろう」


 入口からは、二本の道が伸びている。


 一方は崩落している。


 残る道は狭く、地下水が流れ込んでいた。


「湿気で足場が悪い。松明も消えやすい。壁際の溝から離れるな」


 源蔵が光留たちへ武器を渡していく。


 伊織の剣。


 蓮の短剣。


 岳の大剣。


 刃には研ぎ直された光が戻っていた。


「町の者たちは上の坑道を取り戻す。お前たちは奥へ行け」


 光留は父の刀へ手を置いた。


 左手首には、修復された腕輪がある。


 武器はそろった。


 進む道も分かった。


 寄生の眼が成長しているなら、こちらも止まってはいられない。


「行こう」


 五人は鉱山へ入った。


 数歩進むだけで、朝の光は背後へ遠ざかった。


 湿った壁を水が流れ、足元の溝から冷たい空気が吹き上がってくる。


 伊織の火が、狭い坑道を橙色に照らした。


 その先には、眼獣が引きずった幾つもの跡が残っている。


 全てが、同じ奥へ向かっていた。


     ◇


 大採掘場の底で、風雅が眼を開いた。


 頬の皮膚には黒い亀裂が広がり、呼吸も浅い。


 その背後で、巨大な何かが身じろぎした。


 闇の中へ、数え切れないほどの眼が浮かぶ。


 群主。


 その足元では、町へ送った眼獣の身体が、同じように崩れていた。


「まだ短いな」


 風雅の口が、笑みを作る。


「だが、次はもう少し長く使える」


 声は風雅のものではなかった。


 鉱山へ入った五つの足音が、遠くから響いてくる。


 寄生の眼は、それを聞きながら笑った。


「楽しみだな、光留」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。