↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第四章 鉱山の島と火を失った者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/70

第五十話 炉に戻る火



 無数の眼が、暗闇の中で開いた。


 鉱夫だった者たちは鶴嘴を握ったまま、ゆっくりと光留たちへ身体を向ける。


 数は十を超えている。


 広い採掘場で囲まれれば、不利になる。


 光留は背後を確認した。


 そこには、六人がようやく並べるほどの狭い坑道がある。


「入口まで下がる。あそこで迎え撃つぞ」


 光留たちは足音を抑えながら後退した。


 鉱夫たちは追ってくる。


 動きは遅い。


 だが、全員が同じ歩幅で進んでいた。


 右の一体が鶴嘴を持ち上げれば、左の一体も同時に構える。


 別々の死体が、一つの意思で動いている。


 群主が見ている。


 光留は、暗闇の奥に何者かの視線を感じた。


「来るぞ」


 先頭の鉱夫が走り出した。


 岳が狭い坑道へ立ち、振り下ろされた鶴嘴を武装した腕で受け止める。


 重い音が、湿った壁を震わせた。


「二人までなら通さん!」


 その後ろから、蓮の血糸が伸びる。


 鉱夫たちの足へ絡み、前の二体を転倒させた。


 澪は床を流れる水を操り、周囲の石炭の粉を濡らしていく。


「伊織、今なら少しだけ火を使える!」


「少しだけってのが難しいんだよ!」


 伊織は炎を細く絞り、短刀へまとわせた。


 倒れた眼獣の胸を焼き、外套の下に隠れていた眼を露出させる。


 光留が踏み込んだ。


 黒をまとった刀を眼へ重ねる。


 眼力が消え、眼獣の身体が止まった。


「今だ!」


 岳の拳が胸の眼を砕いた。


 鉱夫の身体から力が抜ける。


 残った者たちは止まらない。


 仲間の身体を踏み越え、狭い入口へ押し寄せてくる。


 光留は二体目の眼力を消した。


 伊織が眼を貫く。


 三体目は、蓮の血糸で身体を引かれたところを岳が壁へ叩きつけた。


 光留は額の眼へ黒い刀を当てた。


 右眼の奥に痛みが走る。


 一体ずつなら止められる。


 だが、全員を相手にする前に、光留の眼力が尽きる。


 そのとき、採掘場の奥から低い音が響いた。


 獣の声にも、岩が軋む音にも聞こえる。


 残った鉱夫たちが、一斉に動きを止めた。


 次の瞬間、全員が背を向ける。


「逃げるぞ!」


 伊織が追おうとする。


「待て」


 蓮が止めた。


 鉱夫たちは暗い横穴へ入り、すぐに姿を消した。


 追えば、広い場所へ誘い込まれる。


 それに、光留の右眼も限界に近い。


「群主が呼び戻したのか」


 光留は刀を下ろした。


「俺たちの戦い方を見ていた。次は同じようには近づいてこないかもしれない」


「眼獣が、戦い方を覚えてるってことか?」


「少なくとも、群主は考えてる」


 ただ獣を集めているだけではない。


 人の記憶を使い、退くべきときには退かせる。


 鉱山を奪ったのも偶然ではなかった。


     ◇


 倒した三人の身体を、鉱山守が壁際へ並べた。


 身体から眼が消えると、残ったのは痩せた鉱夫たちだった。


「この人たちも、町へ戻す」


 澪が言った。


「ああ。石炭を運んだあと、迎えを出す」


 鉱山守は三人へ頭を下げ、採掘場を見回した。


 奥には石炭を積んだ荷車が何台も並んでいる。


 死んだ鉱夫たちが掘り続けていたため、石炭そのものは十分にあった。


「掘る手間が省けたな」


 伊織が荷車をのぞき込む。


「喜んでいいのか、分からないけど」


 澪の言葉に、伊織は黙った。


 光留は荷車の車輪を見る。


 濡れた地面には、深い轍が残っていた。


 だが、その跡は町の方角ではなく、さらに深い坑道へ向かっている。


「石炭を奥へ運んでる」


 蓮も轍へ触れた。


「働いていたころの動きを繰り返しているだけなら、出口へ運ぶはずだ」


「群主が集めさせているのか」


 眼獣が石炭を必要とする理由は分からない。


 それでも、何かの目的があるのは確かだった。


「今は持ち帰れる分を運ぼう」


 光留が言った。


「群主の目的を調べるにも、先に武器を直さないと進めない」


 採掘場の脇には、厚い鉄扉があった。


 鉱山守が腰から鍵を取り出したが、錆びついた鍵穴は動かない。


 岳が扉の取っ手を握った。


「壊していいか」


「どうせ鍵も壊れてる」


「なら早い」


 岳が引くと、錠前ごと扉が外れた。


「お兄ちゃん、もう少し静かにできないの?」


「できるが、時間がかかる」


 倉庫の中は冷え切っていた。


 壁際に袋が積まれ、その奥には黒い鉱石が並んでいる。


 表面を走る青白い筋が、伊織の火を受けて淡く光った。


「眼鉄鉱だ」


 鉱山守が鉱石を一つ持ち上げる。


「これだけあれば、源蔵も文句は言わん」


「本当に?」


「量には文句を言わん。持ち方には文句を言う」


「面倒な爺さんだな」


「聞こえたら、お前の武器だけ最後にされるぞ」


 伊織は黙って鉱石を荷車へ積んだ。


     ◇


 鉱山を出たころには、空が赤く染まり始めていた。


 洞窟の冷気と湿気が、まだ衣服の中に残っている。


 久しぶりに浴びる夕日の温かさに、澪が眼を細めた。


 石炭と眼鉄鉱を積んだ荷車が、町へ向かって坂を下る。


 車輪の音に気づき、閉じた家々から人が出てきた。


「石炭だ……」


「鉱山から持ち帰ったのか?」


 最初は小さかった声が、通りを進むたびに広がっていく。


 火の消えた鍛冶場からも、職人たちが集まってきた。


 黒金源蔵は、その中心で腕を組んでいた。


「遅かったな」


「眼獣がいたんだぞ」


 伊織が言い返す。


「だから遅いと言った」


 源蔵は荷車から眼鉄鉱を一つ持ち上げた。


 太い指で表面の筋をなぞり、重さと音を確かめる。


「悪くない」


「それだけ?」


「鉱石を褒めても強い武器にはならん。さっさと運べ」


 鍛冶場へ石炭が入れられた。


 冷えた炉の底へ薪が並べられ、その上へ細かく砕いた石炭が積まれる。


「伊織」


 源蔵が呼んだ。


「火を入れろ」


「俺がやっていいのか?」


「火の眼なんだろう。炉を壊すほど燃やしたら叩き出す」


「注文が多いな」


 伊織は炉へ手を向けた。


 小さな炎が薪へ移り、石炭の隙間へ入り込む。


 黒い塊の内側が赤く染まった。


 源蔵が巨大なふいごを動かす。


 空気を吸い込んだ炉が、低い唸りを上げた。


 火が立ち上がる。


 赤。


 橙。


 最後には白に近い光となり、冷え切っていた鍛冶場を照らした。


 通りから歓声が上がった。


 それを合図に、別の鍛冶場にも石炭が運ばれていく。


 一つ。


 また一つ。


 町の中へ、失われていた火が戻り始めた。


     ◇


 源蔵は夜通し槌を振るった。


 岳がふいごを動かし、澪が焼けた鉄を冷やす水を運ぶ。


 蓮は壊れた武器を状態ごとに分けた。


 伊織は炉の温度を保ち続けている。


 光留は、作業台へ置かれた砕けた腕輪を見ていた。


 源蔵の太い指は、細かな欠片を一つずつ正確に組み合わせていく。


 眼鉄鉱を溶かし、欠けた部分をつなぐ。


 荒々しい外見からは想像できないほど、繊細な仕事だった。


「お前の親父も、同じ顔で炉を見ていた」


 源蔵が槌を動かしながら言った。


「同じ顔?」


「自分が叩いてるわけでもないのに、眼を離さなかった。何か盗めると思ってたんだろうな」


 光留は燃える炉を見つめた。


 父も、ここに立っていた。


 同じ火を見て、同じ槌の音を聞いていた。


「昔、坑道が崩れたことがある」


 源蔵が続ける。


「救助に入る連中の武器が足りなかった。あいつは一晩で、十二本の刃を打ち直した」


「一人で?」


「ああ。朝になって、全部を机へ並べて寝やがった」


 源蔵の口元が、僅かに緩む。


「あいつが直した武器は、最後まで一本も折れなかった」


 そんな父が、何も言わずにいなくなった。


 光留には、やはり理由があるように思えた。


 家族を捨てて逃げただけではない。


 そう信じたい気持ちもある。


 だが、父が何を背負っていたのか、まだ何も分からない。


「完成だ」


 源蔵の声で、光留は顔を上げた。


 作業台の上に、修復された腕輪が置かれていた。


 砕けていた部分には、新しい眼鉄が埋め込まれている。


 その内側には、三本の線を束ねた刻印が残されていた。


「見た目だけじゃない。眼力の通り道もつないだ」


「もう使えるのか?」


「使える。だが、誰にでも渡すな」


 源蔵は腕輪を布で包んだ。


「こいつは器を強くする。使う者の力まで強くなったと勘違いすれば、今度は腕輪ではなく身体が壊れる」


 光留は腕輪を受け取った。


「分かった」


 鍛冶場の壁際には、修復された剣や槍が並んでいる。


 すべてを直すには、まだ時間がかかる。


 それでも、鉱山へ入る者たちへ渡す分は揃っていた。


 外では朝日が昇り始めていた。


 町の煙突から、幾筋もの白い煙が上がっている。


 山から噴き出す黒い煙とは違う。


 人が起こし、人が守っている火の煙だった。


 鉱山は、まだ眼獣に奪われたまま。


 群主の正体も、石炭を集める目的も分かっていない。


 それでも島には、再び戦うための武器が生まれた。


 火の消えた町が、ようやく動き始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。