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真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第三章 砂漠の島と力の世界

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第四十四話 終相


 白と青の光が、ゆっくりと薄れていった。


 遅れて、砕けた石が床へ降り注ぐ。


 広間の中央には、大きな穴が開いていた。


 その底で、眼食者が片膝をついている。


 額の眼は縦に裂け、首筋の眼は黒く焼けていた。長衣の下から血が流れ、左腕にはめられた銀の眼装にも、細いひびが入っている。


 光留は息を呑んだ。


 これまで、何を重ねても倒れなかった男が、初めて膝をついていた。


「……届いた」


 伊織が、掠れた声を漏らす。


 眼食者はゆっくりと顔を上げた。


 裂けた額から血を流しながら、月の眼の忍を見る。


「これが、三光忍か」


 胸元の眼が開いた。


 淡い光が、額と首筋へ流れ始める。


 裂けた瞳が寄り、焼けた眼の表面が剝がれ落ちていく。


「再生が始まった」


 蓮が言った。


「眼装まで直る前に叩くぞ!」


 鳴神が刀を構え直す。


 雷神天臨は、まだ解けていない。


 だが、全身を覆っていた青白い雷は先ほどより細い。胸の奥で鳴る雷鳴も、わずかに間隔が乱れていた。


 月の眼の忍が、背後の満月へ片手を向ける。


「四相・下弦――虧」


 満月の右側から、銀の光が欠け始めた。


 半分を失った月が、眼食者を照らす。


 胸元から流れていた再生の光が、一度、大きく揺らいだ。


 額の傷は半ばまで塞がっている。


 だが、そこから先が遅い。


 首筋の眼も、開ききらない。


 眼食者が胸元へ視線を落とした。


「私の眼へ、何をした」


「満ち続ける月はない」


 月の眼の忍は静かに答えた。


「お前の眼は、使うたびに欠けていく」


     ◇


 眼食者の左前腕が光った。


 圧が、月の眼の忍へ集中する。


 石床が沈むより早く、青い雷がその前へ割り込んだ。


 鳴神が刀で圧を受ける。


 雷が噛みつき、押し寄せる力を左右へ散らした。


 それでも、すべては消せない。


 鳴神の身体が床を滑り、刀を握る両腕から血が散った。


「鳴神!」


 澪が右手を上げた。


 床の水が帯となり、鳴神の背中を受け止める。


 続いて左眼に、淡い緑の光が宿った。


 水が鳴神の胸へまとわりつく。


 乱れていた呼吸が、わずかに戻った。


「一人だけなら、まだ治せる」


「俺より先に――」


「今、一番危ないのはあなた」


 澪は譲らなかった。


 鳴神は一瞬だけ眼を見開き、すぐに笑った。


「なら、少し借りる」


 刀を床へ突き、立ち上がる。


 黒い短髪の間を、再び雷が走った。


「動ける者は立て!」


 広間に、若い団長の声が響く。


「ここからは、全員で叩くぞ!」


 光留は父の刀を握り直した。


 伊織と蓮が左右へ並ぶ。


 岳は澪の前へ出て、砕けた鎧を作り直した。


 眼食者が左腕を持ち上げる。


 もう一度、圧の眼が光った。


 最初の一撃ほどではない。


 足は重い。


 だが、立てる。


 下弦の月が、確かに五つの眼を削っていた。


     ◇


 御影の眼が光った。


 五つの眼から伸びる流れが、銀の腕輪へ集まっている。


 その中で、一か所だけ光が滞っていた。


「左腕の眼装だ!」


 御影が叫ぶ。


「ひびの周りだけ、五つの流れが遅れている!」


「光留、聞こえたな!」


「ああ!」


 光留は左手を床へ向けた。


「三式・黒縛!」


 黒い縄が、眼食者の両脚へ走る。


 一本は左手首へ巻きつき、銀の眼装を覆った。


 黒が、ひびの隙間へ染み込んでいく。


 眼食者は腕を引こうとした。


 その正面へ、岳が飛び込む。


「俺を忘れるな!」


 大盾を突き出し、身体ごとぶつかった。


 眼食者の右手が盾へ触れる。


 手の甲の眼から衝撃が放たれた。


 大盾に亀裂が走る。


 岳の足元が沈む。


 それでも盾は消えなかった。


「さっきより、軽い!」


 岳が押し返す。


 眼食者の身体が、半歩下がった。


 その左右から、炎と血の刃が迫る。


「灼!」


 伊織の刀から白い火線が走った。


 裂けた長衣の隙間へ入り、胸元の眼を焼く。


 眼食者の再生が止まった。


「血刃!」


 蓮の放った三本の刃が、額、首筋、右手の甲へ分かれる。


 首筋の眼が、反発を放った。


 空気が膨らむ。


 三本の血刃が押し返される。


 だが、途中で勢いが弱まった。


 一本が眼食者の頬を裂く。


 もう一本が、右手の甲をかすめた。


「今だ、光留!」


 黒縛をたどり、光留が懐へ入る。


 父の刀には、黒が流れていた。


 狙うのは身体ではない。


 左腕の銀の輪。


 刀が、眼装のひびへ触れた。


 黒が一気に広がる。


 銀色の光が細い筋となって、刀へ吸い込まれていく。


 眼装のひびが、わずかに長くなった。


 乾いた音がした。


 銀の欠片が一つ、床へ落ちる。


 眼食者の表情から、初めて余裕が消えた。


「離れろ!」


 月の眼の忍の声が飛ぶ。


 眼食者の五つの眼が、無理やり見開かれた。


     ◇


 圧と反発と衝撃が、一度に弾けた。


 光留の身体が宙へ投げ出される。


 澪が右手を向けた。


 水の帯が腰へ巻きつき、床へ叩きつけられる直前に引き戻す。


 伊織と蓮も石床を転がった。


 岳の大盾は砕け、鎧の半分が消えていた。


 眼食者は立っている。


 額も、首筋も、胸元も傷ついたまま。


 五つの眼から血を流しながら、それでもすべてを開いていた。


 左腕の眼装が震える。


 ひびが、腕輪の半分まで伸びていく。


 石柱の陰から、風雅が身を乗り出した。


「これ以上は眼装が保ちません!」


「構わん」


 眼食者は月の眼の忍だけを見ていた。


「新しい器は、目の前にある」


 左前腕の眼が、濁った光を放つ。


 月の眼の忍の身体が、前へ引かれた。


 靴底が石床を削る。


 薄い銀の外纏が圧を逃がそうと揺れたが、五つの眼を無理やり重ねた力までは流しきれない。


 鳴神が踏み込む。


 青い雷が一度、強く光った。


 次の瞬間、雷が途切れる。


 胸の奥で鳴っていた雷鳴が、不規則に跳ねた。


 鳴神が片膝をつく。


「まだだ……!」


 澪の治癒の光が強くなる。


 だが、雷神天臨の反動までは止められない。


 光留は立ち上がろうとした。


 身体へかかる圧が増し、膝が床へ戻される。


 眼食者が、月の眼の忍へ一歩ずつ近づいていく。


「まず、その月をもらう」


 伸ばされた右手が、銀色の眼へ迫る。


 月の眼の忍は眼食者を見たまま、静かに口を開いた。


「鳴神。次の相へ入る」


 鳴神が顔を上げた。


「……本気か」


「次の相に入れば、味方の眼も使えなくなる」


 光留の黒も。


 伊織の炎も。


 蓮の血刃も、岳の武装も、澪の水と治癒も。


 そして、鳴神の雷さえも。


「私の眼も含め、この場にあるすべての眼を封じる」


 眼食者の指先が、あとわずかに迫る。


 月の眼の忍の背後で、下弦の月が暗く沈み始めた。


「八つ、呼吸を数える」


 銀色の光が、細い輪だけを残して消えていく。


「それまでに仕留めろ」


 鳴神は刀を握り直した。


 光留も、父の刀を支えに立ち上がる。


 眼食者が右手を伸ばした。


「終相――皆既月蝕」


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