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真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第三章 砂漠の島と力の世界

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第四十話 二つの眼



 岳は、ピラミッドへ続く石段から背を向けた。


「妹に会ってくる」


 誰の返事も待たず、地下へ続く通路を駆け下りる。


 光留たちも、その後を追った。


 地下牢では、刃眼隊の隊士たちが捕らわれていた者を外へ運び出していた。


 開かれた鉄格子。


 壁際へ並べられた水と食料。


 長く光の届かなかった場所に、幾つもの松明がともっている。


 岳は行き交う隊士の間を抜けた。


「水の眼の女の子はどこだ!」


「一番奥だ。今、手当てを――」


 最後まで聞かずに走る。


 奥の牢の前に、黒い隊服を羽織った少女が座っていた。


 肩まで伸びた髪は砂に汚れ、頬も痩せている。


 両手で小さな器を抱え、その中の水を見つめていた。


 足音に気づき、少女が顔を上げる。


「……お兄ちゃん?」


 荒垣澪(あらがきみお)。


 岳の妹だった。


 岳は立ち止まった。


 何度も呼び続けた名前が、すぐ目の前にいる。


 生きている。


 自分を見ている。


「澪」


 それだけ言うのが、やっとだった。


 澪が立ち上がる。


 手から器が落ちた。


 中の水が床へこぼれる。


「お兄ちゃん!」


 澪が胸へ飛び込んだ。


 岳は両腕で受け止める。


 力を込めかけ、すぐに緩めた。


 細い。


 以前より、ずっと軽くなっている。


「遅くなった」


 岳の声が震えた。


「悪かった。絶対に迎えに行くって言ったのに」


「来てくれた」


 澪は岳の衣服を強く握った。


「ちゃんと、来てくれたよ」


 岳は答えようとした。


 だが、急に膝から力が抜けた。


 妹が生きている。


 その事実を確かめた途端、傷と疲れが一度に戻ってきた。


「お兄ちゃん?」


 岳が片膝をつく。


 砂の眼に締めつけられた首。


 何度も武装を作り直した眼力の消耗。


 澪は裂けた衣服の下からにじむ血を見て、顔色を変えた。


「こんなに傷だらけ……」


「大丈夫だ。このくらい――」


「大丈夫じゃない!」


 澪の手が、岳の肩へ触れた。


 右眼が青く光る。


 床へこぼれた水が浮かび上がり、細い帯となって岳の肩へ集まった。


 水の眼。


 岳も知っている、澪の力だった。


 水が血と汚れを洗い流す。


 その直後、澪が息を呑んだ。


「熱い……」


「澪?」


 今度は、左眼が光っていた。


 青ではない。


 淡い緑を帯びた、柔らかな光。


 水を通して、その光が岳の傷へ流れ込む。


 裂けていた皮膚が、ゆっくりと寄り始めた。


 血が止まる。


 腫れていた肩から、痛みが引いていく。


 岳は眼を見開いた。


「これは……水の力じゃない」


 光留たちも、牢の前で足を止めていた。


 伊織が澪の左右の眼を見比べる。


「右と左で、光が違う」


 隊士に腕を取られていた智瀬が、静かに口を開いた。


「治癒の眼よ」


 岳が振り返る。


「治癒?」


「右眼は水を動かしている。でも、傷を塞いでいる力は左眼から流れているわ」


 智瀬の声は、敵へ向けるものではなかった。


「その子は、一人で二つの眼を持っている」


     ◇


 澪の手が、岳の肩から離れた。


 傷は完全には消えていない。


 それでも開いていた皮膚は塞がり、血は止まっていた。


「私が……治したの?」


 澪は自分の左手を見つめた。


「こんな力、知らない」


「今まで使ったことはないのか」


 光留が尋ねる。


 澪は首を横へ振った。


「水を出したり、動かしたりすることしかできなかった。左眼が光ったことなんて、一度も……」


「お前が知らなくても、連中は知っていた」


 岳が智瀬を見た。


「そうなんだな」


 智瀬は少しだけ眼を伏せた。


「風雅たちは、その子を二眼持ちと呼んでいたわ」


「二眼持ち……」


「普通、一人の身体に宿る眼は一つだけ。別の技を持つ者はいても、根は同じ力から伸びている」


 智瀬の視線が、澪の左眼へ移る。


「でも、その子の中には水と治癒、二つの異なる眼力がある」


 岳の拳が震えた。


「だから、澪をさらったのか」


「ええ」


 智瀬は否定しなかった。


「あの人たちは、捕らえる前から二つ目の眼が眠っていると気づいていたの」


 澪が自分の腕を抱く。


「闇市の鑑定役が、水の眼とは別の眼力を左眼から感じ取った。確かめるためにその子をさらい、意識を失っている間に傷をつけた。そのとき、左眼が反応した」


 岳の眼に怒りが浮かぶ。


 澪は慌てて、その腕をつかんだ。


「もう平気。傷は残ってないから」


「そういう問題じゃない」


 低い声が、牢の中へ響いた。


 智瀬は続ける。


「眼食者は、幾つもの眼を喰らっている。でも、一つの身体へ入れられる力には限りがある」


 光留は、風雅に奪われた腕輪を思い出した。


 一眼級の眼装。


 眼力を受け止める器を補強するもの。


「眼装と、二つの眼を持つ澪」


 光留が言った。


「どちらも、複数の力を身体へ宿すために必要なのか」


「おそらく」


 智瀬が答える。


「眼食者はその子を調べて、自分の身体へさらに多くの眼を入れる方法を見つけようとしていた。大会であなたたちを狙ったのも同じ」


 岳の戦士の眼。


 光留の黒の眼。


 優勝者へ与えられる眼装。


 初めから、すべてを奪うつもりだった。


「風雅が眼装を持ち帰れば、計画が進むわ」


 智瀬が石段のある方角を見る。


「急いだ方がいい」


     ◇


「その前に」


 澪が立ち上がった。


 足元がふらついたが、岳の腕をつかんで耐える。


「みんなも怪我をしてる」


 光留の頬と肩。


 伊織の冷え切った指。


 蓮の腕にも、地下で受けた切り傷が残っている。


「私が治す」


「待て」


 岳が止めるより先に、澪は右手を上げた。


 右眼が青く光る。


 床の水が四つに分かれ、光留たちの傷へまとわりついた。


 続いて、左眼に淡い光が宿る。


 水が温かくなった。


 光留の肩から痛みが薄れる。


 伊織の指へ、ゆっくり感覚が戻ってくる。


「すごいな……」


 伊織が手を握る。


「水を通して、離れた相手も治せるのか」


 澪は答えなかった。


 左眼の光が、大きく揺れる。


 身体が傾いた。


「澪!」


 岳が抱き止める。


 四人を包んでいた水が、一斉に床へ落ちた。


 澪の顔から血の気が引いている。


「まだ、治ってない……」


「十分だ」


 岳は澪を座らせた。


「これ以上は使うな」


「でも」


「傷は塞がっても、眼力までは戻っていない」


 光留は右眼へ力を流そうとした。


 黒は生まれたが、重さは変わっていない。


 身体の傷と、眼を使った反動は別のものらしい。


 澪自身の呼吸も乱れている。


 治した分だけ、力を失っていた。


「使い方を覚えるまでは、一人ずつだ」


 岳が言った。


「命に関わる傷を優先しろ。全部を背負うな」


 澪は悔しそうに唇を結び、やがて小さく頷いた。


     ◇


 鳴神宗玄は、ピラミッドへ続く石段の前で騎士たちへ指示を出していた。


「正門と地下牢を完全に押さえろ。捕らわれていた者を先に町の外へ運ぶ」


 御影も二番隊を振り返る。


「敵の残党を逃がすな。豪志と智瀬は別々に監視する」


 智瀬は黙って指示に従った。


 光留が暗い石段へ眼を向ける。


「俺たちは風雅を追う」


「本隊の整理がつき次第、わしらも向かう」


 宗玄が答えた。


「だが、先行するなら少人数にしろ。あの通路で大勢が嵐の眼に襲われれば、逃げ場がない」


 光留。


 伊織。


 蓮。


 岳。


 四人が石段の前へ並ぶ。


「私も行く」


 後ろから、澪の声がした。


 岳が振り返る。


「駄目だ」


「どうして」


「今助け出したばかりだ。それに、連中が狙ってるのはお前らなんだぞ」


「だからだよ」


 澪は岳から眼を逸らさなかった。


「私がここに残っても、また誰かが狙いに来る。そのたびに、お兄ちゃんや誰かが傷つく」


「俺が守る」


「ずっと牢の中で待ってた」


 澪の両手が握られる。


「お兄ちゃんが来てくれるって信じてた。でも、待っているだけで誰かを守れるわけじゃなかった」


 右眼に、青い光が浮かぶ。


 左眼には、淡い緑の光。


「もう、守られているだけは嫌。今度は私も、みんなを守りたい」


 岳は何も言えなかった。


 光留が澪を見る。


「無理をしたら、すぐに止める。それでもいいか」


「うん」


「勝手に決めるな」


 岳が光留を睨む。


「決めるのは澪だ」


 蓮が言った。


「俺たちは、無茶をさせないように見てればいい」


 伊織が冷えの残る指を動かした。


「さっそく助けられた俺が、来るなとは言えないな」


 三人の視線を受け、岳は大きく息を吐いた。


「絶対に、俺から離れるな」


 澪の顔に、ようやく笑みが戻った。


「うん」


     ◇


 五人は石段を下りた。


 光留が先頭。


 その後ろに伊織と蓮。


 岳は澪を自分のすぐ隣に置いた。


 地下道は、町の外へ向かって真っすぐ伸びていた。


 壁には一定の間隔で穴があり、そこから乾いた風が入り込んでくる。


 風雅の姿は見えない。


 だが、床の砂に残った足跡が奥へ続いている。


 やがて石造りの通路が終わり、壁が巨大な砂岩へ変わった。


 一つの石を積み上げたのではない。


 山ほどもある岩を、内側から削り抜いたような道。


 五人の前に、大きな石門が現れた。


 門の中央には、眼の形をした窪みが二つ並んでいる。


 その下を、乾いた細い溝が走っていた。


「行き止まりか」


 伊織が門へ触れる。


 動かない。


 澪は溝の前へしゃがんだ。


「ここ、水が通ってた跡がある」


 右眼が青く光る。


 澪の手元から水が流れ、乾いた溝を満たしていく。


 水が二つの窪みへ届いた。


 地の底から、低い音が響く。


 石門が、左右へゆっくり開き始めた。


 隙間から、冷たい空気が流れ出す。


 その向こうには、天井の見えない巨大な空間が広がっていた。


 何本もの石柱。


 壁へ刻まれた無数の眼。


 ここは、地下道の続きではない。


 砂漠にそびえるピラミッドの内部だった。


 光留が父の刀へ手をかける。


 伊織が火をともす。


 暗闇の奥で、何かが動いた。


 乾いた声が、広い空間を渡ってくる。


「ようやく来たか」


 


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