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真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第三章 砂漠の島と力の世界

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第三十五話 消せないもの



 次の試合まで、数日の猶予があった。


 光留と伊織は手当てを続け、動けるようになると、蓮とともに町外れの空き地へ通った。


 光留は幾つもの忍術を同時に保ち、伊織は刀へ集めた炎を一気に放つ。互いの技がぶつからないよう、踏み込む位置と合図を繰り返し合わせた。


 六式の黒が初めて岩を貫いたのは、最後の夕方だった。


 そして、試合の日が来た。


     ◇


 向かいの門から出てきたのは、一人だった。


 戦士の眼を持つ男。


 その後ろに、人影は続かなかった。


 審判が男へ近づいた。


「相方はどうした」


「出ない。俺一人で戦う」


 観客席がざわついた。


 男は光留と伊織を見ていた。


「二対一になる。それでも続けるか」


「ああ」


 返事に迷いはなかった。


 光留は父の刀へ手をかけた。


 隣で、伊織も柄を握る。


「光留」


「分かってる」


 一人だからといって、勝てる相手ではない。


 男の眼が光った。


 右手に、幅広の剣。


 左腕に、大きな盾。


 続いて肩から胸へ鎧が生まれ、両腕を籠手が、脚を脛当てが覆っていく。


 何も持たずに歩いてきた男が、重装の戦士へ変わった。


 その剣先が、二人へ向く。


 審判の腕が上がった。


「始め!」


 男が、砂を蹴った。


     ◇


 光留は父の刀へ黒を通した。


 振り下ろされる剣へ、斜めに刃を当てる。


 触れた場所から、相手の剣が削れた。


 だが、消しきる前に押し込まれた。


 重い。


 腕を伝った衝撃が、まだ傷の残る肩へ抜ける。


 光留は歯を食いしばり、横へ滑った。


「燃!」


 伊織の火球が、男の脇へ飛んだ。


 盾が回る。


 炎がその表面で弾けたとき、男の右手から剣が消えた。


 代わりに現れた長い槍が、盾の脇から突き出される。


「っ!」


 伊織が刀を立てた。


 槍の穂先を外へ弾く。


 その間に、光留が男の右側へ入った。


 黒刀を脇腹へ振るう。


 男は槍を手放し、右の籠手で刃を押さえた。


 黒が、籠手の表面を削っていく。


 男の眼が強く光った。


 欠けた場所へ新しい眼力が流れ込み、刀が止まる。


「伊織!」


 光留が呼んだ。


 男の背後で、伊織が刀を振り上げていた。


「炎!」


 火をまとった斬撃。


 男は光留の刀を押し返しながら、盾を背後へ回した。


 炎が広がる。


 その中で、男の右手に斧が生まれた。


 光留は身を引いた。


 刃が、胸の前を落ちる。


 砂が跳ねた。


 男は斧を持ち上げる勢いで身体を回し、盾の縁を伊織へ叩きつけた。


 伊織が刀で受けた。


 靴底が、砂を長く削る。


 二人で挟んでも、男の足は止まらなかった。


 武器を変えるたびに、こちらへ向く刃の長さも重さも変わる。


 光留は息を吐いた。


 触れれば削れる。


 だが、一つを消す前に、次が来る。


 男が盾を前へ出した。


 光留へ、正面から迫る。


 その向こうで、斧が振り上がった。


「一式・黒壁!」


 黒い壁が立ち上がる。


 斧がぶつかった。


 壁の表面を裂きながら、斧の刃も薄くなる。


 光留は壁を押し返そうとしなかった。


 左手を、砂へ向けた。


「三式・黒縛!」


 男の足元を、黒い縄が走った。


 脛当てへ絡みつく。


 男は脚へ力を入れ、縄ごと踏み進もうとした。


 光留の右眼に、鋭い痛みが走る。


 壁を残す。


 縄も、解かない。


「伊織、離れろ!」


 声と同時に、伊織が後ろへ跳んだ。


 男が光留を見た。


 斧を引き抜こうとする。


 その背後にも、黒壁が立ち上がった。


 続いて、左右。


 四方を囲んだ壁の内側で、光留は左手を握った。


「五式・黒霧!」


 縄の這う砂の上から、黒が噴き上がった。


     ◇


 男が斧を振った。


 黒縛が一本、切れる。


 だが、縄に触れていた斧の刃は、すでに半分以上失われていた。


 足元から上がった霧が、残った刃を包む。


 斧が消えた。


 男はすぐに剣を作った。


 その切っ先が伸びる前に、黒い縄が手元へ巻きついた。


「重式――黒蝕牢!」


 光留が、残る眼力を注いだ。


 壁で囲み、縄でつなぎ止め、その内側へ霧を満たす。


 三つの術を解かずに重ねた黒が、男の武装を覆っていた。


 盾の縁が欠けた。


 胸の鎧が、薄くなる。


 男は眼力を送り込んだ。


 一度は厚みを取り戻した盾へ、さらに黒霧がまとわりつく。


 逃がさない。


 光留は、震える指を握り込んだ。


 吸い込んだ眼力が身体の内側へ押し寄せ、右眼の奥が熱くなる。


 こめかみから、汗とは違う温かいものが伝った。


 長くは保たない。


。


 男は盾で前の黒壁を殴りつけた。


 壁が大きく歪む。


 だが、その腕へ巻きついた黒縛が、盾を霧の外へ出さなかった。


 男が吠えた。


 盾の中央に穴が開く。


 穴は瞬く間に広がった。


 盾が、消えた。


 続いて、剣。


 肩を守っていた鎧が剝がれ、胸当てが崩れる。


 籠手も、脛当ても、形を失った。


 砂へ落ちる金属音は、一つもしなかった。


 眼力で作られた武装は、すべて黒の中へ消えていた。


 残ったのは、衣服と、その下の身体だけだった。


 それでも男は、前へ出ようとした。


 縄を引きずり、歪んだ黒壁へ肩をぶつける。


 光留の膝が、わずかに沈んだ。


「……今だ」


 光留は壁と縄を解いた。


 霧を切る。


 黒が晴れるより早く、父の刀を左手へ持ち替えた。


 右腕を上げる。


 人差し指の先へ、小さな黒が集まる。


 男の右肩を狙った。


「六式――黒殲!」


 一本の黒が、空気を貫いた。


 男が身をひねった。


 肩の外側を、黒い線が突き抜ける。


 血が散った。


 男の身体が傾く。


 光留の右腕が落ちた。


 指先から肩まで、感覚が薄い。


 それでも、脚は動いた。


「伊織!」


 横へ飛び退く。


 その背後で、伊織の刀が赤く輝いていた。


 刃へ寄せた炎が、さらに厚くなる。


 熱に揺れる切っ先を、伊織は男へ向けた。


 黒霧は、もう残っていない。


 光留も、射線から外れている。


「轟炎!」


 伊織が刀を振り抜いた。


 大きな炎の渦が、剣先から放たれた。


 男が両腕を上げる。


 鎧を作り直す間はなかった。


 炎が、その身体へ叩きつけられた。


 闘技場の砂が巻き上がる。


 重い爆音とともに、火が男の姿を呑み込んだ。


 熱風が、光留の頬を打った。


 伊織も腕で顔をかばいながら、一歩下がった。


     ◇


 砂が、降ってきた。


 炎のあった場所から、黒い煙が立ち上っている。


 伊織は刀を下ろさなかった。


 肩が、大きく上下していた。


 光留は右手の指を動かした。


 かろうじて曲がる。


 左手に預けていた父の刀を受け取り、柄を握り込む。


 腕の奥に、痛みが戻った。


 煙の向こうで、何かが動いた。


 足音。


 一歩。


 続けて、もう一歩。


 伊織が腰を落とした。


 煙を割って、男が出てきた。


 額から流れた血が、片側の顔を覆っている。


 焼けた衣服は裂け、胸にも腕にも血がにじんでいた。


 黒殲に貫かれた肩からは、今も血が落ちている。


 鎧はなかった。


 盾も、剣もない。


 男は、空の左手を握った。


 次の瞬間、砂が跳ねた。


「まだ――!」


 伊織の声が途切れた。


 男の左拳が、顔へ迫っていた。


 伊織は刀の腹を当てた。


 拳がぶつかる。


 両腕ごと押し込まれ、背中から砂へ倒された。


「伊織!」


 光留が踏み込んだ。


 男は、もうこちらを向いていた。


 血を流す右肩が動く。


 振り抜かれた拳を、光留は黒壁で受けた。


 薄い壁が砕けた。


 その向こうから、拳が届く。


 光留は左腕へ外纏を集め、顔をかばった。


 骨の奥まで、衝撃が響いた。


 足が浮きかける。


 男の拳からは、血が飛んだ。


 それでも、次の一撃が来た。


 光留は父の刀を引きつけ、刃を外へ向けて拳を受け流した。


 黒が触れても、男の腕は消えない。


 剣も鎧も失った身体が、そのまま押し寄せてくる。


「俺は……!」


 男が、もう一歩踏み込んだ。


 光留は肩を引いた。


 拳が頬をかすめる。


「負けられないんだ!」


 声が、すぐ目の前で弾けた。


 男の眼が、光留を捉えていた。


 血が流れ込んでも、まばたきすらしない。


「待ってるんだ。俺が、迎えに行くって言ったんだ!」


 妹。


 地下で、兄を待っている少女。


 光留は歯を食いしばった。


 倒れた伊織が、砂へ刀をついて身体を起こす。


 男は一瞬そちらを見たが、足は止めなかった。


 拳を握り直し、光留へ迫る。


「俺もだ!」


 光留は叫んだ。


 父の刀を持つ腕が、震えていた。


 六式を撃った指先は、まだ痺れている。


 男の拳を受けた左腕にも、力が入りにくい。


 それでも、刀を下ろさなかった。


「俺も、弟を助けに行くんだ!」


 蓮次郎を連れて帰る。


 そのために、ここまで来た。


 男が、血の混じった息を吐いた。


「……譲れない」


 左拳が上がった。


 傷ついた右腕も、その横へ戻る。


「俺は、絶対に負けられないんだ!」


 光留は両脚へ内纏を流した。


「俺たちだって、負けられない!」


 伊織が、隣へ並んだ。


 口元の血を拭い、刀を構える。


「ああ。まだ、終わってないぞ」


 男が踏み込んだ。


 光留も前へ出た。


 伊織がその横から、もう一度、刃に火をともした。


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