↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第三章 砂漠の島と力の世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/70

第二十七話 殺さぬ戦士


『南の島が誇る――戦士の眼!』


 地上から響いた呼び声に、水の眼の少女が鉄格子を握りしめた。


「兄……」


 地下牢の天井から、細かな砂が落ちてくる。


 観客の歓声は分厚い石壁を通しても消えず、低い地鳴りとなって地下空間を震わせていた。


 蓮は牢の前へ膝をつく。


「お前の兄は、どんな能力を持ってる」


「武器を作ります」


 少女は震える声で答えた。


「剣も、槍も、斧も、盾も……兄が戦おうと思えば、どんな武器でも眼力から作れます」


「それで大会を勝ち上がらせるつもりか」


「兄は強いです。でも、本当は人を傷つけることが嫌いなんです」


 少女は俯いた。


「あの人たちは、それを知っていて私を……」


 再び大きな歓声が響く。


 少女が顔を上げた。


「お願いです。兄を止めてください」


     ◇


 戦士の眼を持つ男が、砂の闘技場へ姿を現した。


 背は高く、鍛え上げられた身体には無数の傷が残っている。肩まで伸びた黒い髪を後ろで束ね、武器を持たずに歩いていた。


 腰にも、背中にも、刀や槍はない。


 男の後ろから、細身の男が続いた。


 両腕へ黒い鎖を巻きつけ、口元には薄い笑みを浮かべている。


『その相方を務めるのは、敵の自由を奪う鎖の眼!』


 鎖の眼は観客へ手を振りながら、戦士の隣へ並んだ。


「忘れるなよ」


 歓声に紛れるほど小さな声で囁く。


 鎖の眼が右手を開く。


 その手のひらには、水色の小さな髪飾りが載っていた。


 戦士の眼が、わずかに反応する。


「妹は、今も生きている」


「……そうか」


「お前が勝っている間はな」


 戦士の眼は髪飾りから視線を外し、正面へ向き直った。


「勝てばいいんだろ」


「ただ勝つだけじゃ足りない。上の方々は、お前の眼がどこまで使えるのか見たがっている」


 戦士は何も答えなかった。


 選手用の観覧席では、肩へ包帯を巻いた光留と、左脚を引きずる伊織が男を見下ろしていた。


「あれが、戦士の眼か」


 伊織が言う。


「武器を持ってないぞ」


「必要ないんだろ」


 光留は男の両手を見ていた。


 反対側の門が開く。


『対するは、獣の力をその身へ宿す獣の眼! あらゆる守りを粉砕する鎚の眼!』


 一人目の男は上半身を大きく前へ倒し、獣のように四肢を地面へつけていた。眼の発動とともに腕が太くなり、指先から黒い爪が伸びる。口元から鋭い牙がのぞき、瞳は獣のように細くなっていた。


 その隣に立つ鎚の眼は、両手の間へ大量の眼力を集めている。


 眼力が圧縮され、巨大な鎚を形作った。


 鎚の頭だけで人間の胴体ほどの大きさがある。


「爺さんの次は、武器も持ってない奴か」


 鎚の眼が笑った。


「相方は後ろで見てるだけ。実質二対一だな」


 獣の眼も牙をむき出しにする。


「すぐに終わらせる」


 戦士の眼は二人の言葉へ反応しなかった。


 ただ、静かに両手を開く。


 その身体を、薄い眼力の膜が覆った。


 眼力は皮膚の表面だけでなく、腕や脚の内側にも流れ込んでいる。膨れ上がった筋肉がさらに引き締まり、足元の砂が重みによって沈んだ。


「何だ、あれ」


 伊織が眼を細める。


「能力を使う前に、眼力を身体へ回してる」


 光留は男の足元を見ていた。


 同じことを、自分たちも無意識に行っている。


 攻撃を受ける瞬間に腕へ眼力を集め、踏み込む瞬間に脚へ流す。だが戦士の眼は、眼力の移動が桁違いに速い。


 開始の太鼓が鳴った。


『始め!』


 獣の眼が地面を蹴る。


 四肢の力だけで砂を吹き飛ばし、低い姿勢のまま戦士へ迫った。


 爪が首へ伸びる。


 戦士の右手に、青白い光が集まった。


 光は長い柄となり、その先端へ鋭い穂先を作る。


 槍。


 生成と同時に、戦士は槍を横へ振るった。


 獣の眼は地面へ身体を沈めて槍を避け、その柄へ爪を立てる。


「遅い!」


 獣の眼が槍の下を潜り抜けた。


 だが、戦士の左手にはすでに別の光が集まっていた。


 円形の盾が生まれる。


 獣の眼の爪が盾へ激突した。


 火花が散り、爪が弾かれる。


「二つ同時に作れるのか」


 伊織が身を乗り出した。


「それだけじゃない」


 光留は戦士の視線を追っていた。


 槍と盾を持ちながらも、戦士は獣の眼だけを見ていない。


 その背後で、鎚の眼が巨大な武器を振り上げていた。


「潰れろ!」


 鎚が頭上から落ちる。


 戦士は槍を消した。


 青白い光の欠片となって崩れた槍が、砂の上へ落ちる前に消えていく。


 空いた右手で盾の縁をつかみ、頭上へ構えた。


 巨大な鎚が盾へ直撃する。


 闘技場全体へ轟音が響いた。


 戦士の足元が陥没し、砂が円状に吹き飛ぶ。


 盾へ大きな亀裂が走った。


「受け止めた!」


 観客席から歓声が上がる。


 だが、鎚の眼はさらに両腕へ力を込めた。


「砕けろ!」


 盾が割れる。


 青白い破片が飛び散り、戦士の右肩へ鎚が落ちた。


 強烈な一撃だった。


 普通の人間なら、肩から腰まで骨を砕かれている。


 戦士は片膝をついた。


 右肩を覆っていた眼力の膜が大きく揺らぐ。


 それでも、骨は折れていなかった。


「身体そのものも硬いのか?」


「違う」


 光留が答える。


「鎚が当たる瞬間だけ、肩へ眼力を集中させた」


 全身を同じ強さで守ったのではない。


 攻撃が当たる場所を見極め、そこだけへ防御を集めた。


 戦士の眼は鎚の下から右手を伸ばす。


 手首から指先までを、眼力で作られた籠手が包んだ。


 巨大な鎚の柄をつかむ。


「なっ……!」


 鎚の眼が引き抜こうとする。


 だが、動かない。


 戦士の腕へ流れ込んだ眼力が筋肉を膨らませ、鎚を握る両腕の力を上回っていた。


「離せ!」


 獣の眼が背後から飛びかかる。


 戦士は振り返らない。


 左手へ新たな光が集まり、一本の剣が生まれた。


 剣を逆手に持ち、背後へ突き出す。


 切っ先が獣の眼の喉元で止まった。


「……っ!」


 獣の眼は空中で身体をひねり、辛うじて剣を避ける。


 そのまま戦士の背後へ着地した。


「今だ、縛れ!」


 鎖の眼が両腕を広げる。


 巻きついていた黒い鎖が生き物のように伸び、獣の眼の両脚へ絡みついた。


「しまっ――」


 獣の眼が転倒する。


「首を落とせ!」


 鎖の眼が叫んだ。


 戦士は動かなかった。


「何をしている! 今なら殺せる!」


「もう戦えない」


 戦士は剣の腹を、倒れた獣の眼の胸へ叩きつけた。


 重い衝撃によって砂が沈む。


 獣の眼の口から空気が漏れ、その意識が途切れた。


「殺せと言ったはずだ」


「勝てばいいんだろ」


 戦士は鎖の眼を見ずに答えた。


 その隙を鎚の眼は逃さなかった。


 籠手でつかまれていた鎚を一度消し、両手へ新たな眼力を集める。


 先ほどよりも大きな鎚が作り出された。


「俺を無視するな!」


 鎚の眼が全身の眼力を武器へ注ぎ込む。


「鎚の眼――落城!」


 巨大な鎚が、横から戦士へ迫った。


 戦士は籠手と剣を同時に消す。


 空になった両手を身体の前で合わせた。


 青白い眼力が渦を巻き、長い柄と分厚い刃を形作る。


 大斧。


 戦士は両手で斧を握り、迫る鎚へ振り下ろした。


 二つの武器が衝突する。


 空気が震え、観客席まで砂塵が吹き上がる。


 鎚と斧が拮抗した。


 鎚の眼は歯を食いしばり、武器へさらに眼力を流す。


「一つの武器なら、俺の鎚の方が上だ!」


 戦士の大斧へ亀裂が入る。


 青白い欠片が次々と落ちていく。


「なら、一つにこだわる必要はない」


 戦士は大斧を自ら消した。


 抵抗を失った鎚が前へ流れる。


 鎚の眼の身体が大きく傾いた。


 戦士の右手に剣、左腕に盾が生まれる。


 盾で鎚の柄を押し上げ、剣を鎚の眼の首へ振るった。


 切っ先が皮膚へ触れる直前で止まる。


 鎚の眼の頬を、一筋の血が流れた。


「降参しろ」


「ふざけるな!」


 鎚の眼が武器を捨て、戦士へ殴りかかった。


 戦士は剣を消した。


 代わりに右腕へ籠手を作り、相手の拳を正面から受け止める。


 骨と籠手がぶつかる鈍い音が響く。


 戦士は拳を握ったまま、鎚の眼の身体を引き寄せた。


 左の盾も消える。


 空いた左手にも籠手を作り、腹部へ拳を打ち込んだ。


 一撃。


 鎚の眼の身体が浮く。


 二撃目は胸。


 三撃目は顎。


 最後まで急所を外し、確実に意識だけを奪う拳だった。


 鎚の眼が砂の上へ倒れた。


 開始から、わずか数分。


 獣の眼と鎚の眼の二人は、どちらも意識を失っている。


 しかし、生きていた。


『しょ、勝者――戦士の眼、鎖の眼!』


 試合終了の太鼓が鳴る。


 観客席から大歓声が降り注いだ。


 戦士の眼は両腕の籠手を消した。


 青白い光の欠片が風に流され、砂へ溶けていく。


 男は歓声へ応えなかった。


 倒れた二人の呼吸を確認すると、静かに出口へ向かう。


「待て」


 鎖の眼が追いつき、肩をつかもうとする。


 戦士は振り返らなかった。


「勝った」


「手加減したな」


「二人とも動けない。それ以上、何が必要だ」


「上の方々は、お前が人間をどこまで壊せるか見たがっている」


 鎖の眼が水色の髪飾りを見せる。


「次も命令に逆らえば、妹が代わりに痛みを受けることになる」


 戦士の足が止まった。


 握られた拳へ眼力が集まり、青白い籠手が形を作りかける。


 鎖の眼は笑った。


「俺を殺せば、妹の居場所は永遠に分からない」


 戦士は眼を閉じた。


 指先から力が抜け、作りかけた籠手が消える。


「……次も勝つ」


「それでいい」


 二人は並ぶことなく、離れたまま闘技場を出ていった。


 光留と伊織は、しばらく何も言えなかった。


 戦士の眼が作った武器は、すべて眼力でできている。


 黒の眼なら吸収できる。


 だが、今の光留が黒の力を使えるのは、自分の拳と黒水だけだ。


 槍を吸収している間に斧へ持ち替えられる。盾を消して籠手を作られれば、次の攻撃へ間に合わない。


 黒の眼を父の刀や忍術へ乗せられなければ、あの武器の変化には対応できない。


 伊織も同じことを考えていた。


「俺の火を盾へ残しても、あいつは盾ごと消せる」


「ああ」


「身体を焼こうとしても、その前に別の武器で止められる。しかも、武器を全部消しても、あの拳が残る」


 伊織は悔しそうに奥歯を噛んだ。


「勝てないな」


 光留はすぐには答えなかった。


 慰めるような言葉を口にしても意味はない。


 戦士の眼の強さを見たうえで、今の自分たちが勝てると言うのは、勇気ではなく思い上がりだった。


「今の俺たちでは、勝てない」


 光留は認めた。


「未来の眼と熱の眼にも、戦士の眼にも届いてない」


「じゃあ、どうする」


「届くところまで強くなるしかない」


 光留は腰に差した刀へ手を置いた。


 父から受け継いだ刀。


 この刀へ黒の眼を流すことができれば、戦士の武器を斬りながら吸収できる。


 忍術へ黒を乗せられれば、攻撃、防御、拘束のすべてで対抗できる。


 だが、方法が分からない。


 前の試合では、三式・縛へ黒の力を流した瞬間に術が崩れた。


「次の試合まで、三日だ」


 伊織が対戦表の横に書かれた予定を見た。


「三日で、あそこまで行けると思うか?」


「分からない」


 光留は戦士が消えた通路を見つめた。


「でも、やるしかない」


「相変わらずだな」


 背後から声がした。


 二人が振り返る。


 地下から戻った蓮が、通路の壁へ寄りかかっていた。衣服には砂と血が付着していた。


「蓮!」


「大声を出すな。ここは敵の中だ」


 蓮は周囲へ視線を走らせてから、声を落とした。


「地下に牢があった。大会の敗者や、価値のある眼を持つ人間が閉じ込められている」


「鉄の眼と針の眼もか?」


「ああ。それだけじゃない」


 蓮は闘技場の出口を見た。


「水の眼を持つ少女がいた。今戦っていた男の妹だ」


 光留と伊織の表情が変わる。


「戦士の眼は、妹を人質に取られている。勝たなければ妹を殺すと脅されているらしい」


「それで、あんな戦い方を……」


 伊織が拳を握る。


「助けられないのか?」


「牢には特殊な錠と見張りがある。俺一人で動けば、少女を先に殺される可能性が高い」


「なら三人で行く」


「今は駄目だ」


 蓮が即座に止めた。


「地下の通路は、砂漠の奥まで続いていた。どこに誰がいるのか、まだ分からない。正面から踏み込めば、捕まっている全員を別の場所へ移される」


 光留は悔しさを抑え、うなずいた。


 ここで感情のまま動けば、救える者まで失う。


「まず外へ出るぞ」


 蓮が言った。


「ここでは話せないことが多すぎる」


 三人は人混みに紛れ、コロシアムの出口へ向かった。


 外では、砂漠の太陽が少しずつ西へ傾いていた。


 赤い光を受けた町の向こうに、終わりの見えない砂丘が広がっている。


 光留は歩きながら、父の刀の柄を握った。


 戦士の眼へ勝つため。


 地下に囚われた者たちを救うため。


 残された時間は三日。


 今のままでは、何も守れない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。