↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第三章 砂漠の島と力の世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/70

第二十六話 三秒先の勝者


 鉄の眼と針の眼との試合を終えた光留と伊織は、闘技場の脇に設けられた簡易治療所へ運ばれた。


 光留の右肩には針の眼が放った針が深く刺さり、伊織の左脚にも細い針が残っていた。


「動くなよ」


 治療師が光留の肩から針を引き抜く。


 針の先端には、わずかに返しがついていた。抜ける瞬間に傷口が広がり、光留の肩から新たな血が流れる。


「思ったより痛いな……」


「お前でも痛いって言うんだな」


 隣で脚の手当てを受けていた伊織が笑った。


「当たり前だ」


「黒の眼なら痛みも吸えるんじゃないのか?」


「吸えるのは眼力だ。痛みまで消せたら苦労しない」


 軽口を交わしながらも、光留は自分の右手を見つめていた。


 忍術と黒の眼。


 どちらも自分の力でありながら、同時に扱おうとすれば互いの形を崩してしまう。鉄の眼との戦いでは、黒の力を切り離したことで勝利できた。


 だが、いつまでも別々に使っているだけでは、さらに上の相手へ届かない。


「考えるのはあとにしろ」


 伊織が立ち上がった。


「次の試合が始まるぞ」


 二人が選手用の観覧席へ戻ると、白髪の老人と若い男が闘技場へ入ってくるところだった。


『続いて第六試合! 未来を見通す白髪の老兵――未来の眼! そして、触れたものへ灼熱を与える若き闘士――熱の眼!』


 白髪の老人は、長い杖を手に砂の上を歩いていた。


 その足取りは遅い。


 隣を歩く熱の眼の若者が老人へ速度を合わせているため、二人が入場するまでに少し時間がかかった。


 しかし、老人に焦りはない。


 観客の声にも相手の姿にも反応せず、これから起きることをすでに知っているように、静かに中央へ進んでいく。


『対するは、目にも留まらぬ速さで敵を打つ速の眼! その身体を大地へ縫い止める重の眼!』


 反対側から二人の男が現れた。


 速の眼は小柄で、身体の余分な肉を極限まで削ぎ落としている。踵を何度も浮かせ、開始の合図を待ち切れない様子だった。


 重の眼は大柄だが、鉄の眼ほど筋肉質ではない。黒い布で覆った両腕を胸の前で組み、熱の眼の若者だけを見つめていた。


「速さで老人を狙い、重さで若い方を止めるつもりか」


 伊織が言った。


「分かりやすいけど、効きそうだな」


 未来の眼が攻撃を予測できても、本人の身体は年齢相応に衰えている。避けられない速度で攻め続ければ、いずれ捕まえられる。


 その間、攻撃役である熱の眼を動けなくしておけばいい。


 速の眼と重の眼は、老人の弱点を正確に狙った組み合わせだった。


「どう思う?」


 伊織が尋ねる。


「まだ分からない」


 光留は老人から眼を離さなかった。


「ただ、あの老人も同じことは分かっているはずだ」


 開始を告げる太鼓が鳴る。


『始め!』


 重の眼が真っ先に右手を開いた。


「重の眼――重圧!」


 熱の眼の若者を、黒い眼力が包み込む。


 若者の両脚が砂へ沈んだ。


「ぐっ……!」


 突然、体重が何倍にも増えたように膝が曲がる。踏ん張ろうとした足がさらに沈み、腰の辺りまで砂が盛り上がった。


「まず一人!」


 同時に、速の眼が地面を蹴った。


 姿が消える。


 次に見えたときには、すでに老人の眼前へ迫っていた。


 速の眼の右拳が、老人の顔へ伸びる。


 しかし、老人は攻撃が始まる前から左へ身体を傾けていた。


 拳が白髪を揺らし、空を切る。


 老人は杖の先を、速の眼の前足へ軽く当てた。


「なっ――」


 全速力で走っていた男の足が、わずかに外側へずれる。


 それだけで十分だった。


 速の眼は自らの勢いを制御できず、老人の横を通り過ぎて砂の上を転がった。


「遅い身体で速さに勝った……?」


 伊織が身を乗り出す。


「違う」


 光留には見えていた。


「あの老人は、相手が動くより前に避け始めていた」


 速の眼が砂を蹴り、すぐに立ち上がる。


「偶然だ!」


 再び姿が消えた。


 今度は正面からではない。


 老人の周囲を高速で走りながら、何度も方向を変える。砂煙によって円が描かれ、どこから攻撃するのか分からなくなる。


 老人の右眼が、淡い銀色へ変わった。


 瞳の奥に、細い輪が三つ浮かぶ。


「右後ろ」


 老人が呟く。


 振り向かずに杖を背中へ回す。


 直後、速の眼が右後方から現れた。


 突き出した拳が杖へ当たり、軌道を上へ逸らされる。


「左、低い」


 老人が半歩下がる。


 速の眼が姿勢を低くし、左側から足払いを放った。老人の足がそこにあったのは、ほんの一瞬前までだった。


「次は上じゃ」


 速の眼自身が聞くより早く、老人の杖が持ち上がる。


 振り下ろされた踵が杖へ受け止められた。


 老人は速くない。


 力も強くない。


 それでも、すべての攻撃に間に合っていた。


 攻撃が来る場所へ、来るより先に杖を置いている。


「三秒か」


 光留が呟いた。


「何が?」


「あの老人が見ている未来だ。動き出してから攻撃が届くまで、大体三秒。その間に立つ場所を変えている」


「三秒先が見えるだけでも十分厄介だぞ」


「ああ。普通に攻めるだけなら、触ることすらできない」


 速の眼は攻撃を続けていた。


 右、左、正面、背後。


 拳、蹴り、砂を使った目潰し。


 攻撃方法を変えるたび、老人の銀色の眼に浮かぶ輪が揺れる。


 老人の動きは最小限だった。


 首を傾ける。半歩ずれる。杖を置く。


 そのわずかな動きだけで、速の眼の攻撃をすべて外していく。


 だが光留は、老人が未来を視るたびに呼吸を一瞬止めていることに気づいた。


 速の眼が攻撃を変化させるほど、老人が未来を視る時間も長くなっている。


「未来が一つじゃないからか」


 相手が右から来ると決めていれば、未来は読みやすい。


 しかし、右、左、上、下と選択肢が増えれば、その数だけ未来も枝分かれする。


 すべてを同時に見ようとすれば、老人の眼と頭へ大きな負担がかかる。


「おい、爺さん!」


 砂へ沈んだ熱の眼が叫んだ。


「そろそろ反撃していいか!」


 老人は速の眼から攻撃を受け流しながら答えた。


「右の手のひらを、砂へつけろ」


「もうつけてる!」


「なら七つ数えろ。七つ目で、すべて放て」


「分かった!」


 熱の眼は身体を持ち上げようとするのをやめた。


 重さへ逆らわず、右手を砂の奥へ押し込む。


 腕から赤い眼力が流れ出した。


 砂の中へ熱が広がっていく。


 表面に変化はない。


 熱は地中へ蓄えられ、少しずつ闘技場の下を進んでいた。


「何をしている?」


 重の眼が異変に気づく。


 熱の眼へ向けていた力をさらに強めた。


 若者の身体が肩まで沈む。


「一つ」


 熱の眼は笑っていた。


「二つ」


 老人へ攻撃を続けていた速の眼が苛立ちを見せる。


「避けてばかりで、勝てると思うな!」


 速の眼が左右へ大きく動いた。


 老人の未来を分岐させ、眼へ負担をかける。その狙い自体は正しかった。


 銀色の瞳に浮かぶ輪が激しく揺れ、老人のこめかみを汗が伝う。


「四つ」


 重の眼が老人の異変を見逃さなかった。


「そっちも動けなくしてやる!」


 熱の眼へ向けていた右手を老人へ向け直す。


 黒い眼力が老人を包む。


 身体へ突然強い重さがかかり、老人の両脚が砂へ沈んだ。


「捕まえた!」


 速の眼が正面から突進する。


 今度こそ老人は動けない。


「六つ」


 老人は杖を地面へ突き、倒れそうになる身体を支えた。


 速の眼の拳が胸元へ迫る。


 老人は避けなかった。


 ただ、静かに告げた。


「七つじゃ」


「熱の眼――焦土!」


 地中へ蓄えられていた熱が、一斉に解き放たれた。


 闘技場の砂が赤く輝く。


 強烈な熱気が足元から噴き上がり、速の眼の視界が大きく揺らいだ。踏み込んだ足の下で砂が崩れ、体勢が前へ傾く。


 重の眼も足元の熱に耐えられず、集中を切らした。


 老人へかかっていた重さが消える。


「未来どおりじゃ」


 老人が身体を半歩だけ横へずらす。


 速の眼の拳は老人を外れ、そのまま前へ伸びた。


 老人は杖の先を男の腹へ当てる。


 力は込めていない。


 突進の方向を、ほんのわずかに外側へ変えただけだった。


 速の眼は自らの勢いによって場外線を越え、闘技場の壁へ激突した。


『速の眼、場外!』


「くそっ!」


 重の眼が熱の眼へ力をかけ直そうとする。


 だが、もう遅い。


 身体の重さから解放された若者が、熱せられた砂の中から飛び出していた。


 一気に間合いを詰め、重の眼の右手首をつかむ。


「捕まえた」


 熱の眼の腕が赤く輝く。


 重の眼の手首から白い煙が上がった。


「あ、熱いっ……!」


「まだ皮膚だけだ。このまま続ければ、次は肉、その次は骨まで熱が届く」


 若者がさらに温度を上げようとする。


「そこまでじゃ」


 老人の声が飛ぶ。


 熱の眼は不満そうにしながらも、それ以上は力を強めなかった。


「降参しろ。爺さんが止めろって言わなきゃ、もっと熱くしてるところだ」


「こ、降参だ!」


 重の眼が叫んだ。


 試合終了の太鼓が鳴り響く。


『勝者――未来の眼、熱の眼!』


 大歓声の中、白髪の老人は杖をついてゆっくりと出口へ向かった。


 試合時間は、わずか一分にも満たない。


「強いな」


 伊織が素直に認めた。


「若い方だけじゃない。あの老人が全部動かしていた」


 光留は老人の背中を見つめていた。


 熱の眼が力を解放する場所も時機も、速の眼が踏み込む方向も、重の眼が狙いを変える瞬間も、老人はすべて先に見ていた。


「でも、限界はある」


「あの眼の負担か?」


「ああ。それに、見ていたのは三秒ほど先だけだ。未来の数を一度に増やせば、すべてを追い切れなくなる」


「だったら、俺が百個くらい技を出せばいいな」


「その前にお前が倒れる」


「さっきは九つ使っても勝っただろ」


「今、脚を引きずってるけどな」


 伊織が言い返そうとしたとき、退場口へ向かっていた未来の眼の老人が足を止めた。


 ゆっくりと振り返り、遠く離れた光留と眼を合わせる。


 老人の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


 まるで、自分の能力の限界へ光留が気づいたことまで、見通していたかのようだった。


     ◇


 その頃、蓮はコロシアムの地下を進んでいた。


「忍術――五式・霧」


 身体を薄い眼力の霧で覆い、気配と足音を消す。


 忍術だけでも見張りの眼を避けることはできた。


 前方では、鉄の眼と針の眼を乗せた担架が運ばれている。


 地下通路の壁には、地上のコロシアムとは異なる古い石が使われていた。所々に細い水路の跡が残っているが、水は完全に枯れ、底には乾いた砂が積もっている。


 通路はコロシアムの真下だけでは終わっていなかった。


 さらに島の内陸へ向かって伸びている。


「鉄の眼、硬化強度は高。針の眼、精密操作に優れる」


 担架の横を歩く男が、手元の板へ文字を書き込んでいる。


「二人とも一回戦敗退だぞ。買い手がつくのか?」


 もう一人の男が尋ねる。


「勝敗は関係ない。必要なのは眼の価値だ」


「鉄の眼は兵士用、針の眼は暗殺用と言ったところか」


「上へ送って判断させる。値がつかなければ、眼だけ抜けばいい」


 蓮の表情から笑みが消えた。


 やはり、ここは治療所ではない。


 大会そのものが、価値ある眼を探し出すための選別場になっている。


 男たちは鉄の扉を開き、担架を奥へ運び込んだ。


 蓮も霧で気配を消したまま、その隙間を抜ける。


 扉の先には、広い地下空間があった。


 左右の壁に鉄格子が並び、その中には何人もの人間が閉じ込められている。腕や脚に包帯を巻いた者、眼を布で覆われた者、薬によって意識を失っている者。


 試合で敗北した者だけではない。


 子供や老人、明らかに戦士ではない者まで囚われていた。


 格子の前にはそれぞれ木札が掛けられている。


 眼の種類。


 推定される眼級。


 用途。


 そして売却先。


「胸くそ悪い場所だな」


 蓮は声を殺して呟いた。


 鉄の眼と針の眼が別々の牢へ入れられる。


 二人はまだ意識を失ったままだった。


「次の試合で、また二人増える」


「今夜中に奥へ運ぶぞ。砂漠の水路を使えば、人目につかずに済む」


「優勝者は?」


「優勝者には、あの御方が直接会う」


 男たちの声が遠ざかっていく。


 蓮はさらに奥へ進もうとした。


 そのとき、足元へ一滴の水が転がってきた。


 地下に残る水路は枯れている。


 天井にも、水が染み出した跡はない。


 それでも透明な水滴は、砂の傾きに逆らって蓮の足へ近づいてきた。


「こっち……」


 かすかな声が聞こえる。


 蓮が振り向く。


 一番奥の牢に、一人の少女が座っていた。


 長い髪は砂と埃で汚れ、細い両腕には黒い枷がはめられている。顔を上げた少女の右眼は、透き通った水のような青色をしていた。


 水滴は少女の指先へ戻り、空中で小さく震えた。


「水の眼か」


 蓮が牢へ近づく。


 砂漠では、水は命そのものだ。


 その水を生み、操る眼がどれほどの価値を持つのか、考えるまでもない。


「声を出すな。見張りに気づかれる」


 蓮が言うと、少女は小さくうなずいた。


「助けに来た人ですか?」


「今のところは、ただの侵入者だ」


「それでも……お願いします」


 少女は鉄格子へ手をかけた。


「兄を止めてください」


「兄?」


「兄は、私を助けるために大会へ出ています」


 少女の眼から一筋の涙が流れた。


 その涙は頬から落ちず、指先へ集まって小さな水の球になる。


「あの人たちは、兄に言いました。大会で勝ち続ければ、私を解放するって。でも、嘘なんです」


「どうして分かる?」


「聞いたんです。兄が優勝したら、兄の眼も奪うって。私と一緒に、砂漠の奥へ運ぶって……」


 少女が鉄格子を握る手へ力を込める。


「兄は、私が殺されると思っているから降参できません。相手が倒れても、動かなくなるまで戦い続けます」


 地上から、次の試合を告げる太鼓が鳴った。


 地下空間の天井から砂が落ちる。


 続いて、観客の歓声と拡声器を通した男の声が、細い通気口から響いてきた。


『次なる試合! その身一つで百の武器を打ち砕く男!』


 少女の顔から血の気が引く。


『南の島が誇る、戦士の眼!』


「兄……」


 少女が震える声で呟いた。


 地上から、獣の咆哮にも似た雄叫びが響き渡る。


 蓮は頭上を見上げた。


 戦士の眼の試合が、始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。