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真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第三章 砂漠の島と力の世界

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第二十五話 鉄壁と針雨


『第一回戦、第五試合!』


 太鼓の音が、コロシアム全体を震わせた。


『東門より、黒の眼――葛城光留! 火の眼――橘伊織!』


 光留と伊織が闘技場へ足を踏み入れる。


 頭上から降り注ぐ日差しは強く、砂は足裏を焼くほど熱せられていた。円形の観客席を埋め尽くした人々が、二人の眼を見て歓声を上げる。


『対する西門! あらゆる攻撃を阻む鉄の眼! その守りの陰より急所を射抜く針の眼!』


 反対側の門から、巨漢と細身の男が現れた。


 鉄の眼の男が一歩進むたび、砂の中へ深い足跡が刻まれる。その後ろを歩く針の眼の男は、すでに両手の指へ何本もの針を挟んでいた。


「黒の眼は俺が潰す」


 鉄の眼が光留を指さした。


「火の眼は任せる」


 針の眼が短く答える。


 試合が始まる前から、二人は迷うことなく役割を決めていた。


「随分と慣れてるな」


 伊織が刀の柄へ手をかける。


「あの二人は互いの動きを理解してる。別々に戦わされたら、相手の思うつぼだ」


「なら、離れないようにするか?」


「いや」


 光留は鉄の眼と針の眼の位置を見た。


「離れても戦えるようにする」


 伊織が一瞬だけ驚いたあと、笑った。


「分かった。合わせる」


 二人の間に、それ以上の言葉は必要なかった。


 開始を告げる太鼓が打ち鳴らされる。


『始め!』


 最初に動いたのは、鉄の眼だった。


「鉄の眼――鉄殻!」


 全身へ灰色の眼力が流れ、皮膚が鈍い金属の光沢を帯びる。男の身体は一回り大きくなったように見えた。


 鉄の眼は砂を蹴り上げ、光留へ一直線に突進する。


 速い。


 重い身体からは想像できない速度だった。


「忍術――一式・壁!」


 光留が両手を前へ出す。


 眼力が面状に広がり、半透明の壁となって二人の前へ立ち上がった。


 直後、鉄の肩が壁へ激突する。


 轟音とともに壁全体へ亀裂が走った。


「軽い!」


 鉄の眼がさらに踏み込む。


 壁が砕け、光留の身体が後方へ押し飛ばされた。


 その瞬間、鉄の眼の背後から針の眼が両腕を振り抜いた。


 数十本の針が、砕けた壁の隙間を縫って飛来する。


「伊織!」


「分かってる――燃!」


 伊織が刀を抜くと、刃を赤い炎が包んだ。


 燃え上がった刀を回転させ、正面から迫った針を次々と弾き落とす。


 だが、すべてではない。


「後ろだ!」


 光留が叫ぶ。


 正面を通り過ぎたはずの針が空中で向きを変え、伊織の背中へ迫っていた。


「炎!」


 伊織が振り向きながら刀を横へ薙ぐ。


 刃から放たれた扇状の炎が針を呑み込み、その軌道を逸らした。焼けた針が砂の上へ降り注ぐ。


「曲がるのかよ」


「俺の針は、狙った場所を外さない」


 針の眼が次の針を構える。


 その前へ鉄の眼が立った。


 二人の姿が重なり、針の眼の手元が完全に隠れる。


 光留から見えるのは、鉄に覆われた巨体だけだった。


「来るぞ」


 鉄の眼が拳を振り上げる。


 光留は横へ跳んだ。


 拳が地面へ突き刺さり、大量の砂が巻き上がる。衝撃によって足元が揺れ、光留の体勢が崩れた。


 そこへ鉄の肩越しから、三本の針が飛ぶ。


「二式・爪!」


 光留の指先から短い眼力の爪が伸びた。


 左右の爪を連続して振るい、二本の針を切り落とす。


 残る一本が右肩へ突き刺さった。


「ぐっ……!」


 針は深くは入っていない。


 だが、抜こうとした瞬間、右腕へ鋭い痺れが走った。


「ただ刺してるんじゃない」


 光留は右腕を押さえた。


「筋の動きを狙ってる」


「一か所ずつ、動かなくしてやる」


 針の眼が新たな針を作り出す。


「まず右腕。次は左脚。その次は眼だ」


 再び無数の針が放たれた。


「煙!」


 伊織が刀の炎を砂へ押しつける。


 火が一瞬で黒い煙へ変わり、闘技場を広く覆った。観客席から二人の姿が見えなくなる。


「隠れたところで無駄だ!」


 針の眼が煙の中へ針をばらまく。


 針は適当に放たれているのではない。足音と砂が擦れる音を拾い、光留たちがいる場所へ正確に飛んでいた。


「忍術――五式・霧」


 光留の眼力が、煙の内側へ薄く広がった。


 伊織の煙が姿を隠し、光留の霧が気配を消す。


 音だけを頼りに飛んでいた針が、二人のわずかに横を通過した。


「気配が消えた?」


 針の眼の表情が初めて変わる。


「伊織、右へ回れ。俺が鉄を止める」


「ああ!」


 二人は煙の中で左右へ分かれた。


 鉄の眼が巨腕を振り回し、煙を吹き飛ばそうとする。


「小細工を!」


 光留はその背後へ回り込み、両手を組んだ。


「三式・縛!」


 縄状の眼力が砂の中から伸び、鉄の眼の両腕と両脚へ巻きついた。


 光留は縛へ、黒の眼の力を流そうとする。


 忍術へ黒水を重ねられれば、縛りながら鉄の眼の眼力を吸収できる。相手の硬化を内側から弱められるはずだった。


 しかし、黒い眼力が縄へ触れた瞬間、整っていた形が大きく歪んだ。


 縛の表面が黒く濁り、繊維のようにほどけ始める。


「まだ駄目か……!」


 忍術と黒の眼。


 光留は二つの力を使えても、それらを一つにはできない。


 西島の上級忍者たちのように、眼の能力を忍術へ乗せることは、今の光留にはできなかった。


 無理に黒の力を流せば、術そのものが崩れる。


 光留はすぐに黒い眼力を切り離し、純粋な忍術だけで縛を維持した。


「そんな細い縄で、俺を止められるか!」


 鉄の眼が全身へ力を込める。


 縛が一本ずつ引きちぎられていく。


「止める必要はない」


 光留が答える。


「一呼吸あれば十分だ」


 煙の向こうから伊織が現れた。


 すでに刀の切っ先を砂へ触れさせている。


「燎!」


 伊織が鉄の眼の周囲を走りながら、刀で砂へ細い円を描いた。


 赤い火線が鉄の眼を囲む。


 縛を引きちぎった鉄の眼が一歩踏み出すと、円から炎が立ち上がった。


「この程度の火で!」


 鉄の眼は構わず炎の輪を越える。


「なら、もっと熱くしてやる――熾!」


 伊織が刀の柄を強く握る。


 火の輪が赤から青白い色へ変わった。


 熱波が闘技場を駆け抜け、観客席の最前列にいた者たちが顔を腕で覆う。鉄の眼の身体が熱せられ、灰色だった右脚が薄く赤みを帯びた。


「うおおおっ!」


 それでも鉄の眼は止まらない。


 伊織へ向かって拳を振り下ろす。


「一式・壁!」


 光留が伊織との間へ壁を作る。


 鉄の拳が激突し、壁が大きくへこんだ。


 耐えられない。


 光留は壁を正面から支えず、右側だけ眼力を薄くした。


 鉄の拳が壁を突き破り、その勢いのまま右へ流れる。鉄の眼の身体が傾き、熱せられた右脚が砂へ深く沈んだ。


「今だ!」


「灼!」


 伊織の刀を、一本の白い火線が走った。


 広がる炎ではない。


 すべての熱を刃の一点へ集中させた、細く鋭い火だった。


 伊織が鉄の眼の右膝を斬り抜く。


 甲高い金属音が響いた。


 刃は完全には通らなかった。しかし、赤く熱せられていた鉄の表面へ、わずかな亀裂が生まれる。


「俺を忘れるな!」


 針の眼が煙を抜けて姿を現す。


 十本の針が、伊織の背中へ向けて放たれた。


「四式・刃!」


 光留が左手を振るう。


 薄く長い眼力の刃が空を走り、針の軌道を横から切り裂いた。七本が砂へ落ちる。


 残り三本。


 一本が伊織の左脚へ刺さり、二本目が脇腹をかすめた。


 伊織の動きが鈍る。


 三本目が首へ迫る。


「煌!」


 伊織の全身から、太陽を直視したような閃光が放たれた。


 針の眼が反射的に眼を閉じる。


 光を受けた最後の針が軌道を失い、伊織の頬を浅く切って通り過ぎた。


「眼を閉じたな!」


 伊織が負傷した脚で砂を蹴る。


「烽!」


 刀を振り上げると、針の眼と鉄の眼の間から巨大な火柱が立ち上がった。


 二人の視界と進路が、炎によって完全に分断される。


「離れるな!」


 鉄の眼が叫ぶ。


 だが、針の眼の前にはすでに光留がいた。


「二式・爪!」


 左右から繰り出された短爪が、針の眼の手元を連続して襲う。


 針の眼は後退しながら針で爪を受ける。一撃、二撃、三撃。細い針と眼力の爪がぶつかるたび、白い火花が飛び散った。


 四撃目。


 光留の右腕が、肩に刺さった針の痺れによって止まる。


「もらった」


 針の眼が光留の顔へ針を突き出した。


 光留は避けなかった。


 左手だけで三式を組む。


「三式・縛!」


 短い縛が針の眼の手首へ巻きついた。


 針先が光留の左眼の直前で止まる。


 光留は身体をひねり、縛った腕を引き寄せた。


「何っ――」


 体勢を崩した針の眼の腹へ、光留の膝が入る。


 男の身体が浮き、砂の上を転がった。


 針の眼が離れたことで、鉄の眼の動きが一瞬止まった。


 その右膝には、伊織がつけた小さな斬り傷が残っている。


 伊織はさらに踏み込み、鉄の眼の右肩へ刀を滑らせた。


 硬い表面を削り、浅い傷を刻む。


 二つの傷へ、小さな火種が残った。


「何度やっても同じだ! そんな傷では俺は倒せん!」


「傷の深さは関係ない」


 伊織が刀を納め、右手を握った。


「火種さえ残ればな」


 右膝と右肩の亀裂が、内側から赤く輝く。


「刻まれし傷よ、焔となれ――烙!」


 二つの傷から同時に炎が噴き出した。


「ぐああああっ!」


 鉄の眼が叫ぶ。


 外側の鉄を焼いたのではない。


 亀裂へ残された火種が、硬化の内側で燃え上がっていた。


 右膝の硬化が解け、巨体が砂へ沈む。右腕も動かなくなり、鉄の拳が地面へ落ちた。


「光留!」


「ああ!」


 光留が両手を砂へ向ける。


「三式・縛!」


 今度は黒の力を混ぜない。


 純粋な眼力だけで作られた縄が、鉄の眼の両腕と胴へ幾重にも巻きついた。


 鉄の眼は力を込める。


 一本目が軋み、二本目へ亀裂が入る。


 だが、右肩と右膝の硬化を失った状態では、すぐに引きちぎれない。


 伊織が刀を鉄の眼の首へ突きつけた。


「まだやるか?」


 鉄の眼は歯を食いしばった。


 その視線の先では、針の眼も光留の縛によって両手を封じられている。


 二人は初めて、互いに離れた状態で動きを止められていた。


「……降参だ」


 鉄の眼の言葉と同時に、試合終了の太鼓が鳴った。


『勝者――葛城光留、橘伊織!』


 大歓声がコロシアムを包み込んだ。


 伊織は刀を下ろした直後、その場へ片膝をついた。


「さすがに……使いすぎたな」


 燃、炎、煙、燎、熾、灼、煌、烽、そして烙。


 短い試合の中で火の技を連続して使った代償に、伊織の呼吸は乱れ、刀を握る手も震えていた。


「でも勝った」


 光留も右肩へ刺さった針を抜き、伊織の隣へ立つ。


 忍術へ黒の眼を乗せることはできなかった。


 それでも、一式から五式までを正しく使い分ければ戦える。光留は勝利の喜びと同時に、自分に足りないものを改めて理解していた。


 観客席の上段では、熱の眼の若者が腕を組んで二人を見下ろしていた。


「爺さん。黒い眼は最後まで黒の力を使わなかったぞ」


「使わなかったのではない」


 白髪の老人が答える。


「使えなかったのじゃ。あの少年の中では、黒の眼と忍術がまだ別々に流れてると見た」


「なら、大したことないな」


「そう思うか?」


 未来の眼の老人は細い眼をさらに細めた。


「混ぜられぬと分かった瞬間、あの少年は迷わず二つを切り離した。できぬことに執着せず、今できることで勝つ道を選んだ」


 老人は立ち上がり、杖を手にした。


「未完成な者は、未来が変わりやすい。だから面白いのじゃ」


 その頃、係員たちが敗北した鉄の眼と針の眼を担架へ乗せていた。


 試合中の傷だけを見れば、二人とも意識はあり、自力で歩くこともできる。


 それでも係員たちは二人の身体を革帯で担架へ固定した。


「おい、何をしている!」


 鉄の眼が身体を起こそうとする。


「治療所へ運ぶだけだ」


「この程度の傷で治療など――」


 係員が鉄の眼の口元へ白い布を押し当てる。


 巨漢の身体から力が抜けた。


 針の眼も同じように意識を失い、二人を乗せた担架が観客から見えない通路へ運ばれていく。


 地下通路の暗がりから、その様子を蓮が見ていた。


 担架が向かう先は治療所ではない。


 さらに地下へ続く、鍵のかかった鉄扉だった。


「勝者だけじゃないのか」


 蓮は小さく呟く。


 この大会で選別されているのは、優勝者だけではなかった。


 敗北しても価値のある眼を持つ者は、誰にも知られず地下へ運ばれている。


 鉄扉が開く。


 その奥から、生温かい風と濃い血の匂いが流れ出した。


 二台の担架を追って暗闇の中へ進んだ。


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