↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真贋の眼 〜眼の奥に潜む真実〜  作者: えもえもん
第二章 忍びの島と影に映るもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/70

第二十一話 父の術


 夜明け前、里の門に三つの影が並んだ。


 黒の眼を持つ葛城光留。火の眼の橘伊織。そして、血の眼を宿す朱堂蓮。


 霧生朔兵衛は三人の前に一枚の古びた地図を広げた。赤い印がついているのは、里から半日ほど南へ下った山中にある廃社だった。


「鞍馬兵馬の足取りが、そこで途絶えている」


 朱堂要の殺害に関わった五人のうち、いまだ行方の知れない男。元上級忍者にして、鎖の眼の使い手だったという。


「生死を確かめろ。もし寄生の眼に取りつかれているなら――」


 朔兵衛の言葉が止まる。


「連れ戻す」


 光留が代わりに言った。


 蓮は腕を組んだまま、朔兵衛を見ようともしない。


「俺が兵馬を殺すと思って、こいつらを見張りにつけたのか」


「半分はそうだ」


 朔兵衛は言い訳をしなかった。


「もう半分は、お前一人では寄生の眼を追いきれぬと判断したからだ」


「……気に入らねえ」


「仲良くする必要はない」


 伊織が門の外へ踏み出した。


「同じ敵を見失わなければ、それでいい」


 三人は朝霧の中を南へ走った。


 廃社に近づくにつれ、鳥の声が消えていった。折れた竹が道を塞ぎ、土の上には何かを引きずった跡が続いている。光留が黒の眼を開くと、草木の間を細い眼力の残滓が這っていた。


「黒い筋がある。蛇みたいに社へ集まってる」


「見えるのか」


 蓮がわずかに目を細めた。


「輪郭だけだ。中に何がいるかまでは分からない」


「十分だ。先頭は俺が行く」


「待て」


 伊織が二人を止め、小石を一つ拾って参道へ放った。


 次の瞬間、地面から無数の鎖が噴き出した。小石を打ち砕き、周囲の木々を締め上げる。鎖は本物ではない。眼力を連ね、硬い輪に変えた忍術だった。


「鎖の眼……兵馬は生きている」


 三人は鎖の隙間を抜け、崩れかけた拝殿へたどり着いた。


 中には、柱へ自らを縛りつけた老人がいた。腕と胸に何重もの鎖を巻き、右眼を布で覆っている。頬は痩せ、唇は血の気を失っていた。


「鞍馬兵馬だな」


 伊織が問うと、老人はうつむいたまま答えた。


「……朱堂要の息子を、連れてきたか」


 蓮の足が止まる。


「俺を知ってるのか」


「その眼を忘れるものか。あの夜、要も同じ眼で我らを見ていた」


 兵馬の声には、長い年月ですり減った震えがあった。


「私は命令に従った。要を罪人に仕立て、記録から名を消し、処刑場へ引き立てた。寄生の眼に恐れを煽られていたとはいえ……足を動かしたのは私だ」


 蓮の指先から血がにじみ、細長い刃へ変わる。


「なら、話は早い」


「ああ。私を殺せ」


 兵馬が顔を上げた。布の下から、黒い液が涙のように流れていた。


「こいつは私の中で、南へ向かう仲間を呼び続けている。もう抑えきれん。完全に奪われる前に――要の息子、お前が終わらせろ!」


 血刃の切っ先が兵馬の喉元へ向く。


 そのとき、蓮の脳裏に父の文字がよみがえった。


『寄生された者を敵と思うな。撃つべきは、その者の中で笑う眼だ』


 ほんの一瞬、血刃が揺れた。


「蓮、下がれ!」


 光留が叫ぶ。


 兵馬の右眼を覆っていた布が弾け飛んだ。眼球の上にもう一つ、黒い瞳が重なっている。柱を砕いて鎖が飛び出し、蓮の肩をかすめた。


『殺せばよかったものを』


 兵馬の口から、別の声が漏れた。


『父を奪った男だぞ。憎いだろう、朱堂蓮』


「黙れ」


『殲ならば簡単だ。眼も、頭も、罪も、一息に貫ける』


 鎖が拝殿を埋め尽くした。光留は両眼へ眼力を均一に巡らせ、両手を床につく。


「一式――壁!」


 黒い壁が半球状に広がり、三人を包んだ。鎖が幾度も叩きつけられる。以前の光留なら、力の偏った一角から砕かれていた。だが今は、どこを打たれても壁の厚さは変わらない。


「長くはもたない! 伊織!」


「分かっている!」


 伊織の火が糸のように走った。柱や床を焼かず、兵馬の身体から伸びる黒い筋だけを一本ずつ焼き切っていく。


『熱い、熱いぞ! この身体ごと焼く気か!』


「その声は兵馬じゃない」


 伊織は炎をさらに細く絞った。


「人の口を借りなければ叫べない臆病者が、兵馬のふりをするな」


 黒い筋が次々にちぎれた。だが寄生の眼は兵馬の眼窩深くへ潜り込み、鎖を狂ったように振り回す。


 一本が黒い壁を割り、蓮の脇腹を裂いた。


 血が床へ落ちる。


 蓮は傷口を押さえなかった。散った血を霧へ変え、兵馬の周囲へ漂わせる。


「五式――血霧」


 赤い霧が皮膚へ触れ、呼吸に合わせて揺れる。血の一滴一滴が蓮の眼となり、兵馬の身体を巡る眼力の流れを探った。


「見つけた」


 寄生の眼の核は、右眼そのものではない。その奥、視神経へ絡みつく米粒ほどの黒い塊だった。


『撃てるものか』


 寄生の眼が笑う。


『少しでも外せば、この男の頭を貫く。父を殺した男を救うために、そこまで危険を冒すのか?』


 蓮の指先へ血と眼力が集まる。あの日、三人の上級忍者と三重の壁を貫いた力が、赤い光となって脈打った。


「でかいのが来るぞ!」


 伊織が身構える。だが光留は、蓮の指先を見て首を振った。


「違う。小さくしてるんだ」


 壁を貫くためではない。人の内に潜む、たった一点だけを撃ち抜くために。


 蓮の腕が震えた。怒りを込めれば狙いが広がる。憎しみを足せば、兵馬ごと消し飛ばせる。


「お前は三人を倒したとき、あれだけの壁を貫いて、急所を全部外した」


 光留が鎖を押し返しながら言う。


「なら今度は、一つだけを狙える」


「簡単に言いやがる」


「難しいから、お前がやるんだろ」


 蓮は息を吐いた。


 父の顔はもう、ぼんやりとしか思い出せない。それでも、古い紙に残された言葉だけは鮮明だった。


 人を殺すための術ではない。


「六式――」


 指先から放たれたのは、轟音を伴う血の槍ではなかった。


「――殲」


 髪の毛より細い赤い線が、静かに兵馬の右眼へ吸い込まれた。


 一瞬遅れて、黒い瞳だけが大きく見開かれる。


『なぜだ。なぜ、殺さぬ!』


 兵馬の眼から黒い塊が弾き出された。蜘蛛のような脚を広げて逃げようとするが、伊織の炎が床を円く囲む。


「逃がさない」


 火が閉じ、黒い塊を焼き尽くした。


『南……八雲は、すでに……器に……』


 不気味な声を残し、寄生の眼は灰になった。同時に鎖が力を失い、兵馬の身体が前へ倒れる。光留が壁を解いて駆け寄り、その肩を支えた。


「生きてる。呼吸もある」


 兵馬はゆっくりと右眼を開いた。焦点は揺れていたが、そこに黒い瞳はない。


「……なぜ、私を助けた」


 蓮は血に濡れた指を下ろした。


「勘違いするな。許したわけじゃない」


 兵馬を見下ろす眼には、消えない怒りがあった。


「死んで逃げるな。父の名を消したことを、自分の口で里の全員に話せ。誰に命じられ、何を恐れ、何をしたのか、一つ残らずだ」


「……それが、お前の望みか」


「俺の望みは、父の名を取り戻すことだ。お前の死体じゃない」


 長い沈黙のあと、兵馬は弱々しくうなずいた。


「分かった。生きて、証言しよう」


 三人は兵馬を担ぎ、廃社を出た。朝には薄かった光が、竹林の隙間からまっすぐ差し込んでいる。


「父親の術で、一人救ったな」


 光留が言うと、蓮は前を向いたまま答えた。


「父の術だ。俺のじゃない」


「でも、撃ったのはお前だ」


 蓮は何も言わなかった。


 ただ、血刃を作っていた右手を一度だけ見つめ、静かに握りしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。