第十七話「普通の都市伝説」
結城の高熱騒動も落ち着き、クラスは平穏な日常が戻っていた。
この人がいると、一部の人は時々鬱陶しいと思うようだが、結局何かあるとみんな相談しに行くという構図が出来上がっていた。
7月。
今年は早く梅雨が明けて、この夏は酷い暑さになるという長期予報が出ている。
その予報の通り、朝8時時点で30度を超えている。
そんな日曜の日中、ほとんどの人が熱中症警戒アラートを見てエアコンの効いた部屋に引き篭もる中、私は家業の手伝いをしていた。
田んぼのど真ん中にやたら派手な色使いの景観ぶち壊しのメルヘンな建物。
いわゆるラブホテルという施設である。
ターゲットがこの施設で「ご休憩」を終えて出てくる瞬間を、300mm望遠レンズ装着のEOSで激写する。
それが今回のミッションだった。
(…暑い!)
出てくるタイミングがわからない相手を待つ以上、油断はできないというのに、意識が朦朧とする暑さ。
鞄に突っ込んできた2リットルのペットボトルのスポーツドリンクが一瞬で空っぽになってしまった。
ターゲットがご休憩施設に入って40分、流石にまだ出てこないだろう。
ふと私は田んぼにカメラを向けた。
変わり映えのしない田んぼ。
のはずだった……。
――!?
その中に、ぐにゃぐにゃと動く白い影が見えた。
「…これは…」
望遠の倍率を上げる。
人の形をしている。
「……くねくね!?」
それはまことしやかに語られるネットミーム。
田んぼの中で動く白いくねくねしたものを双眼鏡で見てはいけない。
――もし双眼鏡で見てしまうと、激しい頭痛と吐き気に襲われ、それが何かを理解すると精神に異常をきたすという。
今すぐカメラを背けろという本能的直感と、正体を確かめたい知的好奇心が拮抗して、体が動かない。
…
……
………
その白い人影が近づくにつれ、冷や汗と共に頭痛と吐き気が出てきた。
(…あ、やばい…)
あんな都市伝説、信じているつもりはなかったのに…。
私は限界でその場にしゃがみ込んだ。
…
……
その人影が、朦朧としていても視認できる距離まで近づいてきた。
(…精神を壊される…?)
…やがて…。
「朝倉さん、こんなところで、何をしているのかしら…。」
くねくねした人影の正体は、麦わら帽子に白のキャミソールワンピースという、ザ・夏という衣装纏った結城雪だった。
安心した私は一部始終を話した。
「大丈夫よ、落ち着いて。望遠で視認だけで精神崩壊なんて絶対にないわ。」
向日葵畑の中を走っていそうな幼女っぽい装いの中に、不思議な大人っぽい落ち着いた雰囲気を滲ませている。
「望遠だと陽炎による像の変化も大きいわよね。あのネットミーム、だいたい都会の子供が夏に視界の開けた田園でくねくねに遭遇するパターンが多いのよ。都会の遠くが見えない街中で育った子供は、陽炎で人影がぐにゃぐにゃになってるの見てビビるわよね。」
「でも、実際に頭痛と吐き気が出てきたのは…。」
「え、頭痛と吐き気?それ熱中症よ、今すぐ冷やさないと。」
「え、でも…仕事が…。」
「じゃぁ、こうしましょう?」
結城の提案で、私の今日のミッションは、結城の作った即席遠隔望遠撮影装置が引き継いだ。
探偵とは、人を疑うのが仕事だ。
結城は信用はできるが、腹の中がわからないと思っていたが、この一件で疑うのをやめた。
――いや、私が男だったら惚れてしまっていたに違いない。
なるほど、これがYaaSに依存した高島の心境だったのか。




