第二十八話「普通の要件定義」
研修二日目の夜。
消灯までの自由時間、男女間の部屋の移動は制限されておらず、他の人たちも自由に行き来していた。
僕と高島は、結城の部屋にいた。
一つは、日中の疲れ果てた結城が心配だったから。
「まぁ、体力は大丈夫よ。寝れば何とかなるわ。」
もう一つは、クイズ大会の労を労いたかったから。
「たまたま知ってることが問題になってただけよ。補足が毒舌?ちょっと大人気なかったかしら…知ってることを自慢したい自己顕示欲が暴走したのよ。見苦しいところを見せちゃったわね…。」
いや、最大の理由は、結城が間宮に変なことをされているのではと気になったからかもしれない。
「…それは否定できないわね。」
「ひどいですー!」
言葉とは真逆に照れる間宮。
何で喜んでいるんだ、この人。
結城は「普通ではない」が、間宮は「変」だ。
そして、その変な間宮に普通ではない結城が言った。
「あ、さっきは運んでくれて、ありがとうね。助かったわ。」
「いえ、役得でしたからー」
「そんなに間宮さんは結城さんをおぶりたかったの?」
気になって聞いてみた。
「ええ、昨晩とても仲良くなりましたのでー」
「仲良かったっけ…いや昨日の夜のことは思い出したらまた今日も寝られなくなっちゃう…」
…朝倉が震え始めた。
高梨は寝ていたのでよくわかっていないらしい。
頭の上にはてなマークを浮かべている。
「そう、なら、この研修の目的は達成ね。」
…はて。
研修の目的なんて、何一つ聞かされた覚えはない。
どちらかといえば目的がない中ひたすら20kmの道のりを歩かされた虚無感さえある。
「目的?」
僕がそう聞くと、結城は顔色ひとつ変えずに説明し始めた。
得意げになったり、僕を馬鹿にしたりすることなく、むしろ真剣な表情だ。
「入学一ヶ月のこの時期に宿泊研修なんて、まずお互いをよく知って信頼構築をするというアイスブレイクでしょう。私も間宮さんが私以上に変な人だとは思ったけど、信頼できると判断したからおぶってもらったわ。疲れていたとはいえ、嫌だったら朝倉さんの背中にしがみついて、マダニのように離れなかったわよ?」
言われてみれば。
20kmなんて普段歩かない距離を歩かされ、一人では愚痴だらけだっただろう。
高島と話しながらであったから苦痛は感じなかった。
もっとも、高島の話題はいかに結城が普通でないかという点に終始していたが。
小学生の時、弱い者いじめをする悪ガキ男子だった高島と止めに入った優等生キャラの女子で喧嘩になった際にその仲裁に結城が入り、正義感だけで動くと痛い目を見ると優等生女子を諭していた話とか。
クイズ大会とて、お互いの得意分野が分かるように関連する教科は満遍なくチョイスされていた。
例外的に僕らのチームは結城一人が無双していたが。
「要件定義に失敗すると、『顧客が本当に欲しかったもの』の絵みたいになっちゃうのよ。」
そこで結城が荷物から取り出したノートパソコンで見せてくれた『顧客が本当に欲しかったもの』の風刺画が、脳裏に焼き付いたのだった。




