第十二話「普通の修羅場」
最悪の状況というのはこういうことか。
そう思わせる光景が、まさに目の前に広がっている。
駅から徒歩12分。朝倉探偵事務所と線路を挟んで反対側にある開発に失敗した新興住宅地。
高度経済成長期に、小規模な不動産屋が小規模に近郊にバラバラに住宅地を乱立させ、中途半端に終わってしまった典型例といえるような場所に、目立つRC構造4階建アパートがあった。
このアパートの部屋は、立地の悪さからRC構造にしては安い。さらにエレベーターなしの4階となると、更に相場は下がる。
その家賃の安さから、両親がそのアパートの4階に居を構えている。つまり、私の家である。
そのドアを開け、2DKの部屋のうちの片方の和室、私と父が使っている部屋のとを開けると、最悪の状況になっていたのだ。
「会社と秘密保持契約を結んでパートナーになってくれませんかね?」
父がいきなり言ってきた。
畳の上に広がる地獄を見たら、無理もないと思うが…。
「…また職場炎上しているのね…。でもコンプライアンス的にそれは無理があるわよ。同じ部屋にいても画面保護フィルム外さないで貰えるかしら。」
新幹線で移動中とか、カフェとかでちょこっと仕事してるサラリーマンの必需品、覗き見防止のフィルムを付けさせる。
「なら、直接雇用なら問題ないよな?社長に直談判して炎上している時だけスポットで手伝ってくれるアルバイト採用でできないか掛け合ってみる」
我が父ながら発想がおかしい。
「お父様、それは超えては行けない閾値を7個くらい超過しているわ。」
釘を刺しておくのだが…。
「社長が『本人がOKなら』って言ってる…ので…。」
社長がOKしてしまった!?
「…全く…あの社長は…家族ぐるみの付き合いがあるとは言え…。」
社長は私のことを気に入ってしまっているらしい。会うたびに「うちの会社に来い」という。
「ってことでこの書類読んでサインして。」
いや勝手に話進めるなよ。
「…じゃなくて、ここに割く工数で手を動かしなさいよね!」
とは言ったものの、畳の上の地獄をもう一度見る。
「で、何よこれ!」
「UTP、通称LANケーブル。ストレート114本、クロス8本。」
「そう言うことは聞いていないわよ。六畳間の畳一面に何でケーブル並べてるのよ。」
(48ポートスイッチ4台カスケード接続とパッチケーブルか…。)
ケーブルの種類と本数で即座になんとなく構成がわかってしまう。
「明日までにこれ全部にケーブルタグ貼らないといけなくて…。」
それはわかったが、畳に並べるのは…。
「布団敷くスペースを実効支配して、寝床使えない状態にして手伝わせる魂胆ね!」
手伝わざるを得ない状況を作ってきてる。やり方が汚い。
「…って言いながら手伝ってくれるんでしょ?」
…やはり最初から計算済みか。お互いの思考回路が手に取るようにわかってしまう。…何この社畜な親子の絆は。
「…で、タグはどこ?」
と聞いたら、父が無言でテプラを差し出してきた。
まだ印刷していないから印刷するところから手伝えということらしい。
「そこからかーい!タグ情報にホスト名載せるのに構成図とか見なきゃじゃないのよ、完全にアウトよ!」
タグを貼るくらいなら完全アウトな機密情報に触れることもないと思ったのだが、タグ印刷のためにその情報を確認するとなると、機密情報を見なくてはならない。
「じゃぁ寝られなくて良いと?」
「…。」
私は、渋々アルバイト雇用契約書と機密保持誓約書にサインをしたのだった…。




