神谷家の力
「淳二さんが丸山君の家を助けてくれたのって、丸山君が綾乃と俺の同級生だからですか?」
夕食後に空いた時間が少しあったようなので俺は淳二さんに疑問をぶつけてみた。本来であればお礼を先に言うべきなのだろうが、俺はいつも以上に焦ってしまって失礼な事をしてしまったかもしれない。
「多少はその面もあるかもしれないね。でも、実際に食べてみたところ美味しかったからって言うのもあるかな。ただ、これは邦宏さんの腕の影響もあるかもしれないけどね」
「ありがとうございます。これで丸山君も丸山君の妹たちも無事に卒業まで安心して学校にいられると思います」
「そうかい。それは良かった。私としても悲しい理由で生徒が去ることにならなくて本当に良かったよ」
俺はもう一度淳二さんにお礼を述べたのだが、忙しい淳二さんは執事の宇佐美さんと一緒に自室へと戻っていった。
飛鳥君の話では来年からとれる農作物は神谷家の抱える学校法人や医療法人、各種企業団体の食堂や弁当工場で取り扱ってもらえることになったそうだ。元々契約していた外食チェーン店のように大量に契約をするということは出来なかったようなのだが、それでも今までに近い水準で取引がされるようになるようだ。
「君達のクラスメイトの件が良い方向へ進んだみたいで良かったね。僕も綾乃も色々調べたりしてたんだけどさ、今日になってやっと話がまとまったみたいなんだよ。正式な契約は週が明けてからになると思うけど、これで一安心だと思うよ」
「ありがとうございます。綾乃が何かしてくれているのは知ってたんですけど、伸一さんまで協力してくれていたとは気付きませんでした。いったいどんな方法を使ったんですか?」
「どんな方法って言われてもね。将浩君が邦宏さんに飛鳥君のところの相談をして料理に野菜を使うようになっただろ。それを食べた父さんが認めたってだけだよ。まあ、邦宏さんが良い出すまでは父さんも母さんもそんなことがあるなんて知らなかったみたいだけどさ。それからは行動が早かったよ。あの外食チェーンの事も調べてたみたいだからね」
「僕たちもたまにあそこに行ってたりしたんですけど、あんなことをするんだったらもう行かないってみんな言ってるんです」
「そう思っても仕方ないけどさ、行かないってのはしばらくの間の話にしてくれよ。近いうちにあのチェーンの親会社を丸ごと父さんの会社が買収すると思うからね。そうなった後にも客足が遠のいていたら買収した意味が無くなっちゃうからね」
「それって、どういうことですか?」
「父さんはね、今回の一件で何が一番得か考えていたんだけど、飛鳥君のところがやられたことを丸ごとやり返してやろうって思ったみたいだよ。飛鳥君のところの野菜が買ってもらえなくなったのと同じように、あのチェーンにおろしている野菜以外の食品が取引できなくなってしまったみたいだよ。父さんはあのチェーンが取引をしているところに丸山農場が突然契約を打ち切られたって話を偉い人にしただけらしいけど、そんな事を言われたらどう思うか想像できるよね」
「それって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思うよ。父さんはあくまでも起こったことを正しく伝えただけだからね。それをどう受け取るかは向こうの自由ってやつだからね」
「もう一つ気になるんですけど、買収ってどういうことですか?」
「父さんはね、かねてより邦宏さんの料理の味を日本中に知らしめたいって思ってたんだよ。こうして我が家と我が家に関わりのある人たちには邦宏さんの料理の腕を知ってもらうことが出来ているんだけどさ、それだけではまだ邦宏さんの腕を知ってもらうには不十分だと思っているんだよ。いつか邦宏さんの腕を知ってもらえる場を作りたいって思ってたそうなんだけど、残念なことに全国規模で外食店を経営するなんて父さんの力をもってしても失敗する可能性が高かったみたいなんだ。でも、あのチェーンを買収できればソレも叶うんじゃないかって思ってるんだってさ。邦宏さんの料理と全く同じとまではいかなくても、レシピさえちゃんとしていれば問題ないレベルで提供できるじゃないかな。僕はそう聞いているよ」
「もしかして、飛鳥君を助けた事が俺の父さんのためにもなってたって事ですか?」
「それはどうだろうね。邦宏さんがそんな風にレシピを公開したくないって言ったらそれまでだけど、どう思っているんだろうね」
ここ数日はそこまで手が込んでいないような料理があったので疲れているのかなと思っていたのだが、それは誰でも簡単に作れて美味しいものを探していたからなのかもしれない。作っているところを直接見たわけではないのだが、伸一さんの話を聞いてみてどこにでもありそうな普通の食材を使っていた理由も納得できた。
「その話ってうまく行くと思いますか?」
「どうだろうね。今はまだ買収のばの字も出てないと思うけど、父さんが本気になっちゃったからそうなると思うよ。邦宏さんも誰でも作れるような料理を考えているみたいだしね。将浩君の同級生も助かったことだし、いい事づくめだと思うけどね」
「一つだけ気になるんですけど、飛鳥君の近くの農家や農協ってどうなるんですかね?」
「その辺は僕もよくわからないけど、農家さん達は今まで通りで何も変わらないんじゃないかな。ただ、農協の方は多少は人が入れ替わるかもしれないけどね。でも、それは父さんが何かをするって事じゃなくて、向こうがそうするかもってだけの話だよ。人事異動ってのはどの業界にもあることだからさ」
翌日、昼過ぎに起きてきた綾乃はいつもと同じようにゆっくりと中庭を散歩していた。それを部屋から見ていた俺に気付いた綾乃は俺に向かって小さく手を振ると、俺はそれに応えるように手を振っていた。
今日も飛鳥君の家の手伝いをしようと思っていたのだけれど、しばらくはゆっくりしていてくれて良いと言われてしまった。飛鳥君の家で働いていた人達が再び仕事に戻ることが出来たからだそうなのだが、俺はそれを嬉しくも思いつつも畑仕事が出来ない事が少しだけ寂しく思えていた。意外と俺は体を動かすことが好きだったのかもしれない。
璃々に誘われて中庭に向かうことになったのだが、璃々はいつものように俺と綾乃の間に座ると、俺にスケッチブックと色鉛筆を渡して席を立って帰って行ってしまった。
「いつもなら何か描けってしつこいのに、今日はどうしたんだろ?」
「さあ、どうしたんでしょうね。でも、せっかくですから何か描いてみたらどうですか?」
「何か描いてみてもって言われてもね。そうだ、綾乃は何か描いて欲しいものとかあったりするかな?」
「描いて欲しいものですか。そうですね、昨日寝る前に見たアニメのシーンを描いて欲しいです。そのシーンをお見せするのでいったん私の部屋に行きましょうか」
「そのシーンって割とすぐだったりするの?」
「そうですね。全十三話の四話目ですからすぐと言えばすぐですね。面白いんで最後まで見ちゃうかもしれないですけど、お時間は大丈夫ですか?」
「今日はやらなくちゃいけないことも無いし、大丈夫だと思うよ」
「それは良かったです。夕食の時間に間に合わなくなっちゃいますから早く行きましょうか」
久々にゆっくりと過ごせる休日の過ごし方がわからなくなっていたのだが、こんな風に綾乃と過ごすのは悪くないなと思っていた。
綾乃の部屋で璃々とメイドさん達と一緒に過ごす時間は悪くないものだった。




