お手伝いは人力で
一週間以上淳二さんの姿を見ていなかったのだが、朝食の際にタイミングが合わなければそう言うこともよくあったのだ。ただ、今回は伸一さんも姿を見かけないので二人でどこかへ行っているのだろうか。飛鳥君の事で何かいいアイデアが無いかと相談したいのだが、直接会えない事には何も始まらないのだ。執事の宇佐美さんを通してそれとなく話をしてもらってはいるのだけれど、神谷家の人達はいつも忙しそうにしているのであまり無理を言って時間を割いてもらうことなんて出来なかった。
綾乃もそれとなく話をしてくれて入るようなのだが、学校外で飛鳥君の話をすることも無くなったのはあまり期待をしない方がいいという事なのだろうか。
俺も璃々も飛鳥君が心配ではあるのだが、ただの高校生と中学生に出来ることなんてたかが知れているし、今はみんなで農作業の中でも人力で出来る事を手伝うだけなのだ。最初は虫を怖がっていた女子たちも直接的な害があるわけでもないと気付いてからは積極的に触ったりはしないまでも、必要以上に怖がることは無くなっていたのだ。
いつの間にか休みの日はほぼ飛鳥君の家の仕事を手伝うようになっていたのだが、毎回参加しているのは俺と璃々の他には正樹君と沙緒莉さんだけになっていた。お手伝いは強制じゃないし手伝いたい人だけが参加してくれればいいと思っていたのだけれど、ここまで少ないと自分たちが手伝っていることが逆に迷惑になってはいないかと心配になっていた。
免許も無い俺達は延々と手作業で雑草を抜いたり車の入れない場所に荷物を持って行ったりするだけなのだが、色々と見て回っている時にあまり手が入っていないのではないかと思えるような畑が増えてきているのは少し気がかりであった。
「あんまりこんな事は言いたくないけどさ、飛鳥君の家ってもう野菜を作るのを諦めてたりしないよね?」
誰もが気になっていた事なのだが、沙緒莉さんはそれを我慢出来ずに言葉に出してしまった。俺も璃々も正樹君も沙緒莉さんの言葉に反論したいのだが、実際に手を入れていない荒れ気味の畑を見てしまうと何も言えなくなってしまっていた。
「わかんないけどさ、今は忙しくて手が回ってないってだけなんじゃないかな。ほら、これだけ広い農地の全てを見て回るのには時間も無いんじゃないかな」
「それはそうかもしれないけどさ、去年まではそんな事なかったって聞いたよ。今は去年に比べて一日当たりの従業員数が半分くらいまで減ってるって言ってたし、そう言うのも関係あったりすると思うんだよね。どうにかして前みたいに美味しい野菜をたくさん作って欲しいんだけど、今の状況じゃそんな贅沢は言ってられないかもね」
沙緒莉さんの言っていることはきっと何も間違ってはいないのだろう。正しいのか正しくないのかはわからないが、飛鳥君の家の事を心配しているからこそマイナスな面が目に入ってしまうのかもしれない。駐車場から俺達が草むしりをしている間に畑も半分くらいは手入れが行き届いてないと感じるような状況なのだ。
「こんなこと言うのは何だけどさ、神谷さんって畑仕事嫌いなのかな?」
「そんなことは無いと思うよ。畑仕事をしているところはみた事ないけど、神谷家の中庭にある花壇の世話はよくやってるのを見かけるけどね」
「将浩君と璃々ちゃんがここに来る時に綾乃ちゃんを誘ったりはしてないの?」
「何度か璃々が誘ったことはあるけどさ、綾乃は綾乃で忙しそうだからここまで来るのは難しいかも。俺にはわからない付き合いとかもあるんだろうしさ。それに、綾乃は綾乃でここで収穫される作物をどうにか出来ないか考えてるみたいだし」
「それはわかるけどさ、一回くらい手伝いに来てもいいんじゃないかなって思うんだよね。だって、綾乃ちゃんが来ないってわかってから手伝いに来なくなった人が多いから。最初から綾乃ちゃんが手伝ってくれたら今だってもっと多くの人が手伝ってくれてるかもしれないんだよ。だから、私は綾乃ちゃんが手伝ってくれさえすればみんなで頑張れるんじゃないかって思うんだけど」
沙緒莉さんの言いたいことは本当によくわかる。だが、綾乃は飛鳥君の事を見離しているわけではないし色々と動いてくれているはずなのだ。ただ、それは俺にもどんなことをしているのかわからないので沙緒莉さんに反論することが出来ないのだが、俺達のクラスで飛鳥君の事を見捨てている人なんて誰もいないと信じているのだ。
「私は思うんですけど、手伝いに来てるって言っても出来ることなんて雑草を抜いたり荷物を少し運んだりするくらいしか出来ないじゃないですか。でも、璃々はそれを意味のない事だって否定したいわけじゃなくて、もっと他に出来ることがあるんじゃないかなって思うですよ。例えば、丸山さんのところで作ってる野菜を使ってくれるお店を探したりする方が有益なんじゃないかって思うんです。でも、この辺にある町は色々なしがらみがあってそのまま話をしても聞いてくれないと思うんですよ。だから、綾乃さん達みたいにここから離れた場所で使ってくれるような店を探すのもありなんじゃないかなって思うんです」
綾乃がそんな事をしているなんて俺は知らなかったのだが、璃々はなぜか知ってるのだ。おそらく、綾乃は俺達に気付かれないように行動をしていたのだろう。まだうまく行くかもわからないような事をみんなに報告して期待を持たせたくないという事なのかもしれないが、それがうまく行った時には丸山農場の将来は安泰とまではいかなくても多少は安定するのではないだろうか。
「綾乃ちゃんがそんな事してるのって本当なの?」
「本当ですよ。今はまだ一件も契約が成立してはいないみたいですけど、丸山農場の事に興味を持ってる人がたくさんいるみたいですよ。ほら、あの外食チェーンはオーガニック食品の取り扱いが話題だったりしますし、今まで長年愛されてきた丸山農場の野菜も評判良いですからね。あの店は野菜に手間をかけずに素材本来の味を活かしてるらしいんで、味の保証もその辺で担保されているとは思うんですけどね。どうも、違約金を支払ってでも契約を破棄されたというのがネックになってるみたいなんですよ。何かとんでもない問題があるんじゃないかって噂になってたりするみたいですから」
「飛鳥君のとこは何も悪くないってのに皮肉なもんだよな。神谷さんとこの執事さんの話では丸山農場を潰して跡地を格安で買いたたこうとしてるって話だけど、そっちの方がよっぽどとんでもない話だと思うんだけどな」
「それはさ、執事さんが言ってるだけで証拠なんて何も無いからね。何か証拠がつかめればそれを使って交渉も出来ると思うんだけど、ここは何も悪いことをしてないのに変な噂をたてられるとそれを否定するのも大変なのね。でも、一度食べてもらえればここの野菜のおいしさも理解出来ると思うんだけどね」
なんだかんだ言いながらも俺達は雑草を抜く手を止めずに何かいいアイデアが浮かばないか考えていた。手を動かしながら頭を使うと何か良い発想がわいてきそうに思えるのだが、みんなが納得するような素晴らしいアイデアは俺の頭では見つけられなかったのだ。
その後も草むしりや荷物の運搬を手伝いながら暗くなるまで働いていた。週末の短い期間しかやっていないのでコレが効果的なのかわからないけれど、俺の体は少し引き締まってきていた。璃々もここに来るまではちょっとしたことで息が切れていたのだが、今ではすっかり半人前には行動できるようになっていた。学校の階段を上るのも少しだけ苦痛じゃなくなったという事らしい。
俺達は帰り支度をしながら迎えの車を待っていた。体力はついてきたとはいえ肉体労働はきついのでみんな車が入ってくる方向をただただ眺めていたのだ。椅子もいくつか用意されているのでみんな座ることが出来るのだが、俺と正樹君はなぜか椅子に座らずに立って待っていたのだ。
正樹君がどうかはわからなけれど、俺の場合は疲れて倒れそうなこの状況で椅子に座ってしまうと迎えが来ても立ち上がって車に乗り込むことが出来ないと思っていた。
「おーい、みんな聞いてくれ。凄い情報が入ってきたよ。みんなのお陰で凄いことになりそうだよ」
いつも見送りに来てくれている飛鳥君がいないのは少し変だと思っていたのだが、飛鳥君は息を切らせながらこちらに向かって走ってきていた。慌てつつも姿勢を綺麗に保って走る姿はさすがだなと思わせてきたのだが、凄い情報とはいったい何なのか気になってしまう。飛鳥君のあの笑顔を見る限りでは、いい知らせだという事は間違いないのだが、どれくらいいい報せなのかとにかく内容を知りたいと心から思っていた。




