第三十五話 ~二人目【堀部 孝子】(後編)~
『東一局』 親:『衿』 ドラ:『1』
【絵美の配牌】
五九九九①3567東北北中⑧
(第一戦を見てる限り、リーチの張り合いで勝てないことは、よくわかった)
とりあえず絵美は孤立牌の「五」を捨てることにした。この形であれば①、⑧、字牌あたりを切り飛ばすのもありだが、絵美はこの局をアガリに行く気はなかったのである。
三巡目、有効牌を引き入れた孝子が「七」を横向けると宣言した。
「行くよ! リーチ!!」
【孝子の手牌】
③③⑤⑤⑦⑦⑧77南南白白
あまりにも早い先制リーチである。恐らく前局の良い流れを引き継いでいるのだろう。さすがにこの段階で待ちを特定出来ない絵美は、比較的安全そうな「9」を切ることにした。
同巡、衿が捨てた「北」を見た絵美が宣言する。
「ポン!」
【絵美の手牌】
五九九九①②567東 北北北
「北」は絵美の風牌ではあったが、安手による親流しを狙ったものではなかった。絵美の目的は、『孝子のツモをズラす』ことである。
(リーチ後、本来のツモ牌じゃなくなった場合……どうなる?)
そこから四巡後の七巡目。引いてきた牌を叩きつけた孝子は宣言した。
「ツモ! リー、ヅモ、チートイツ……チェッ! 裏ドラは無しか! 三千二百、千六百!」
【孝子の最終手】
③③⑤⑤⑦⑦⑧77南南白白⑧
裏ドラが乗らなかったことに納得が行かないのか、孝子は舌打ちした。その姿を見た絵美は、少なからず驚かされていた。
(とりあえずツモずらしは効果無し……か。大したツキだよ)
絵美はすぐに気持ちを落ち着かせると、孝子のアガリ系と捨て牌に注目した。
(孝子さんは一巡目に「8」、二巡目に「6」、三巡目のリーチ宣言で「⑦」を切っている。いずれも手出しだったから、順子(数牌の並びのこと)や暗刻に目もくれずに、真っすぐ七対子に向かったってことか……)
その選択は正しかったのだろう。だからこそツモアガリ出来たし、結果として最短のアガリだったとも言える。
(この人のツキの理由……偶然か勘かはわからないけど、アガリに向かって真っすぐルートを選べることにありそうだ……)
麻雀におけるビギナーズラックとは、何も考えないことに起因することが多い。例えば先ほどの形であれば、少しでも麻雀を知ってる者なら、確率の高さを考えて順子に受けてみたり、四暗刻も考慮して暗刻を残したりするだろう。
結果、裏目を引いて手を遅くしてしまうことが、ままあるのだ。
(けど真っすぐ来るだけなら、対処方法は……ある!)
次の東二局、十一巡目に絵美がリーチをかけるも、実らず流局。孝子がノーテンだったため、親は流れ、次が東三局となる。崩した牌の山をかき混ぜながら、絵美は東二局の状況を振り返っていた。
(孝子さんが俺のリーチに手を回した様子はない。揃え方をミスっただけかもしれねぇけど、孝子さんにとっての不要牌に、俺のロン牌はなかったんだ……)
誰かのリーチに対し、真っすぐ勝負に向かった場合、切られる牌は当然、アガリに向かう際の不要牌となる。絵美も同様に真っすぐ手を作ったため、「孝子が絵美のアガリ牌を掴む流れになかった」とも言える。
(この人を崩すためにはまず、『本来とは異なる牌の流れを作る』必要がありそうだな)
絵美はここまで得られた情報を冷静に整理していた。熱血漢に見られる彼女ではあるが、その根本は『冷静な分析力』が支えていた。強気の行動は、分析の結果得られたものなのである。
【現在の点数】
絵美:23,900 衿:23,300 孝子:29,900 司:21,900
『東三局』 親:『司』 ドラ:『6』 リーチ棒:一本
(一生懸命考えちゃってまあ……)
孝子は序盤からの絵美の視線に気づいていた。恐らく自分の打ち筋をじっくり見ることで、対応策を考えているのだろう。
(ああいう必死なところ見ると、昔の自分を思い出しちゃうんだよねぇ……)
昔から孝子は、黄泉につっかかっていっては、負けてばかりだった。そのため、どうすれば勝てるのか色々考えて実践してきた。
しかしその結果、本来の自分のフォームを崩し、結果、更なる惨敗を招くことになってしまったのだ。
(結局アタシの場合、考えすぎちゃダメだったんだよね。とにかく迷わず指が選んだ牌を切って手を進める。それが一番だって気づいたんだ)
孝子のスタイルは、自身の経験から得られたものだった。確かに素人臭くは感じるかもしれないが、一切の迷いを断ち切った『完成されたフォーム』とも言えるのだ。
四巡目、司が切った「中」に対し、孝子は「ポン」を宣言した。その二巡後、有効牌を引き入れた衿はテンパイに達していた。
【衿の手牌】
五五②③④⑥⑧12357東⑦
(本当は、手替わりさせたいところなんだけどね~)
衿の手はテンパイはしてるものの、待ちはドラの「6」カンチャンという、決してよい待ちではなかった。その上、タンヤオもピンフもつかないリーチのみの手。つまり「アガリにくく」、「得点の低い」形なのである。
(開始前に絵美ちゃんに『テンパったら即リーして欲しい』って言われてるしねー。今回は行っちゃいましょうか!)
「リーチだよ!」
衿は結局不要牌の「東」捨て、リーチを宣言した。その捨て牌を見た孝子が、宣言する。
「ポン!」
【孝子の手牌】
一①②③⑥⑧白白 東東東中中中
孝子は不要牌の「一」を捨てたことで、「⑦」待ちテンパイとなった。待ちは悪いものの、ホンイツ、東、中でマンガン確定の手である。
そのやり取りを見ながら、自分のツモ牌を引いてきた司は、どうすべきか考えていた。
【司の手牌】
一三八八⑦⑧⑨69東北北北7
(うーん、悩ましいっすねぇ……)
勘が鋭い司は、孝子が先ほどのポンでテンパイしたことを感じ取っていた。とりあえず真っすぐ行って、フリコミそうな気配はないので、本来であればアガリに向かうところである。
(けど、開始前、絵美さんに頼まれちゃってるんすよねぇ……)
司は、右手で頭をかきながら、対局前のやり取りを思い出していた。
★
「衿さんがリーチをしたら、自分がそれに打ち込むんすか?」
司の復唱を受けて、絵美は両手を合わせながら頭を下げると、懇願するようなポーズを取った。
「頼む! 通しが禁止されている中、ピンポイントで仲間に差し込めそうなのは、この中では司くらいなんだ!」
絵美の作戦はこうだった。まともな張り合いは分が悪いため、テンパイ合戦は味方の差し込みによって制しよう、ということだ。
「理屈はわからなくもないんすけど……衿さんの調子が悪かったり、自分がアガった方が良い場合もあると思うっすよ」
「それはそうだけど! こっちが迷っちゃいけないと思うんだ! それに衿さんなら、流れの有無に関わらず、ある程度手を作れると思うからさ!」
衿の勝負強さについては、生徒達の中でも群を抜いている。絵美の作戦を実行するなら、確かにこのメンバーがベストだろう。しかし司はまだ納得できないようだった。
「そうなるとたぶん、衿さんの『ロン』と孝子さんの『ツモ』合戦になると思うっす。それだと得点的に不利だと思うっすよ」
ツモはそれ自体の役や、全員から点棒を取れるため、基本的にロンより点数が高くなることが多い。同じ回数ずつアガったと仮定した場合、司の言う通り、得点差で負けてしまうことになるだろう。
「そこは俺がなんとかする! たぶん後半になると思うけど、勝負所で孝子さんから直撃さえ取れれば、流れは一気にこっちに傾くはずなんだ!」
懸命に頼む絵美の姿に、司はため息をつくと、そのまま頷いた。
「……わかったっす。絵美さんを信じるっすよ。とりあえず自分は衿さんがトップでない限り、ハコテンにならない程度に打ち込むことにするっす」
「すまない、恩に切るよ!! それともう一つだけ頼みがあるんだけど……」
絵美は司と衿を呼び寄せ、「願い事」を伝えた。二人は一瞬顔を見合わせたが、とりあえず頷いてくれたようだった。
★
司は目を閉じると、全神経を鋭く研ぎ澄ました。自身の直感により選ばれた「6」を河へと置いた。
「ロンッ! リーチ一発ドラ一で、三千九百点だよ!」
【衿の最終手】
五五②③④⑥⑦⑧12357
点棒を渡す様子を見ていた孝子は、顎に手を当て、その狙いを考えていた。
(さすがにリーチ一発目で、ドラは切らないよねぇ。しかも司ちゃんは親だし……。明らかに何かの作戦ってことか……)
孝子は実らなかった手牌を崩しながら、ため息をついた。
(まあいいさ。どうせアタシがやることは変わらない。最後まで自分のスタイルを貫くだけさ!)
その後、司の読み通り、場は衿の『ロン』と、孝子の『ツモ』による戦いになった。孝子も毎回リーチをかけられたわけではなかったが、司も毎回一発で差し込めたわけではなかったので、持ち点の差が徐々に生じ始める。
南四局のオーラスを迎えた時、各自の点数は以下のようになっていた。
【現在の点数】
絵美:20,900 衿:32,200 孝子:41,800 司:5,100
『南四局』 親:『絵美』 ドラ:『4』
【絵美の配牌】
六八①④445567白中中⑤
(サンキュー、司に衿さん。孝子さんとの点数は射程圏に留まってはいるし、二人の派手なやりあいのおかげで、自分の存在を目立たなくすることも出来たよ)
何よりラス親で、この点差と手牌である。絵美が仕掛けるなら、ここしかなかった。
(漠然と手を作っちゃダメだ。最終系を想定して待ちを絞るんだ……)
この形、普通に考えれば「④⑤⑥」、「456」辺りのメンツができやすいだろう。逆にいえば、「六八」辺りでメンツは構成されにくい。意を決した絵美は、第一打にドラの「4」を切ることにした。
(ふーん、中々面白いじゃない)
第一ツモを引いてきた孝子は、絵美の初手ドラ切りについて考えていた。当然ここはアガリには来るだろうが、いきなりドラを切らなければならないあたり、あまり手格好は良くないのだろう。
【孝子の配牌】
二四五⑥⑧⑧35677発中二
(アタシのこの形……とりあえずファンパイは無視してよさそうだ。順子の流れが強いから、最終的にはマンズかソーズ待ちになりそうだね)
そう感じた孝子は、第一打に「中」を切ることにした。これは絵美のポン可能牌だが、これを絵美はあえてスルーする。
(普通に考えれば、俺の手は中ドラドラが濃厚……。けど、あえてその逆を行く!!)
ポンの声を飲み込んだ絵美は、必死に高ぶる感情を抑え込んでいた。
そして十一巡目、有効牌を引き入れた絵美はテンパイに至っていた。
(……来たぜ。待ちに待ったこの形が!)
【絵美の手牌】
五五六七八八④⑤45567③
「リーチ!」
絵美は迷わず不要牌の「八」を掴むと、そのままリーチを宣言した。その様子を見ていた司が、自身の手牌へと視線を落とす。
【司の手牌】
八八③④⑤44東東東北北北
(絵美さんのリーチ。一応予定通りっすけど……)
ちなみこの「八」は、司のアガリ牌だった。逆転できずに終了してしまうため、当然ロンアガリの選択肢はない。
誰も反応しないのを見て、次の順番である衿が、自分のツモ牌を引いた。
【衿の手牌】
一一五六七②③④⑥⑦123②
実は衿も、三巡前からテンパイしていたのだが、意図的にリーチをかけないでいた。それは絵美が司と衿に「オーラスはテンパッてもリーチをかけないでほしい」と頼まれていたからである。
(まあ、リーチピンフしかないこの状態だと、リーチはかけ辛いんだけどね~)
衿はさして気にする様子もなく、不要牌の「②」を選んで切った。孝子が真っすぐ手を進めてリーチをかけようとしているなら、まだテンパイしていないと思われるからである。
それから二巡後、有効牌を引き入れた孝子が、テンパイへと達していた。
【孝子の手牌】
三四五⑥⑥⑧⑧⑧356778
(まさに予定通りの形だ。これはもらったね)
孝子はここまでの流れから、自分の余り牌がロン牌にならないことを感じていた。事実、その読みは正しかったのだが……。
「さあ、これで最後だ。決着をつけるとしようか!」
意を決した孝子が、不要牌の「3」を切り、リーチを宣言しようとした。しかしその直後、絵美が手牌をゆっくりと前に倒す。
「悪いな孝子さん……その牌だ! リーチ、ピンフ、タンヤオ、ドラ一で、一万一千六百!!」
【絵美の最終手】
五五六七八③④⑤45567
「……なっ!?」
孝子は驚きの余り、立ち上がっていた。自分の余剰牌が、絵美のロン牌になったことが、信じられないようだ。
「この局、普通にやってりゃこの形のアガリはなかった。もしかしたら、他の誰かがアガってたかもしれねぇ。それでも俺は……この局に賭けたんだ」
絵美のラス親とは言え、通常のアガリではそのまま対局が続行される。司や衿にしても、中途半端なアガリでは、むしろ自分達の負けを確定させてしまう。
そういう意味では、本来この局は孝子のモノであったかもしれない。しかし絵美は、「あえて逆を行く」ことで見事にひっくり返したのだ。
「なるほど。アタシの余剰牌を読み切ったのか」
孝子は、絵美が切った第一打の「4」の意味をそこで知った。少しでも点数が欲しいこの場で、メンツの出来ているドラを落とす行為は本来愚行と言える。
しかし、孝子がアガリに真っすぐ向かうのであれば、「最後にアガリになりえない場所」を切ってくるはず――。絵美はそこに着目し、孝子の余り牌に待ちを合わせたのだ。
「アタシの負けだよ」
【各自の最終点数】
絵美:32,500 衿:32,200 孝子:30,200 司:5,100
絵美は最後の一撃で、孝子をまくってトップになっていた。絵美は大きく息を吸うと、そのままゆっくりと吐き出した。
こうして特別練習第ニ戦も、生徒達の勝利で幕を閉じたのだった。




