第三十四話 ~二人目【堀部 孝子】(前編)~
「……そこまでだ。第一戦は生徒達の勝利とする」
対局を隣で見ていた黄泉が宣言すると、ツカツカと美緒の方に歩み寄ってきた。すり替えの件で何か文句でも言われると思ったのか、美緒が口を尖らせる。
「な、なんだよ? 言っとくけど、イカサマの使用を認めたのはアンタだからな! おっさんに止められたわけじゃねえし、特に問題は……」
「いや、中々見事だった。イカサマそのものよりは、そこに至るまでの『経緯』がな」
どうやら黄泉は美緒のすり替えを咎める気はないらしい。
「最初にトス役に回ったのは、武田に『リーチをさせる』ためか。理由は二つ。『手替わり』と『鳴き』を封じるためだな」
悠然と語る黄泉の言葉を、美緒は驚きながら聞いていた。どうやら一連の対局から、美緒の狙いは完全に把握されているらしい。
「終盤に向けて、罠を張ったお前の目論見通りに対局は進んでいたが、誤算もあったな。それは南三局の時点で武田がトップに立っていたことだ。これにより武田がリーチをかける必要がなくなってしまったからな」
(さすがというかこのオバサン、全部わかってやがる……)
美緒は額に汗を滲ませていた。極力目立ちたくはなかったので、本来であれば自分でアガリには向かわない予定だった。だが、南三局時点で、点数差を考慮してダマテンに切り替えられると困るため、やむなくアガリにいったのだ。
結果的には『美緒の目的はこれだった』という、いい目くらましにはなったわけだが……。
「皆もちゃんと聞いておけ。イカサマ使用は決してホメられたものではないが、今回美緒が取った作戦は、武田を相手にするにあたって最善手だったと言える。この後の対局でも、各自キチンと考えて行動するように!」
生徒達の返事を聞いた黄泉は大きく頷き、美緒の傍から離れていった。しかし美緒は、黄泉が去り際に残した一言を聞いて、寒気を覚えていた。
「……美緒、どうした?」
美緒の異変に気づいた志信が尋ねた。すると美緒は震える口で呟く。
「……志信。あのオバサンが去り際、何て言ったかわかるか?」
「……え?」
志信の聞き返しに、美緒が答えることはなかった。小さく舌打ちした後、後方の壁へと背を預ける。
(『私には通用しないがな』……か。通りでアタシらに有利な条件を提示するワケだ。あのオバサン、この対局に入ってくるつもりだな……)
両腕を組んでため息をついた美緒は、嫌な予感ほどよく当たる――そう思っていた。
★
「さて、無事一人目を突破し、時間もまだあることだし、次の対戦相手を紹介するとしようか」
黄泉は掛け時計の時間を確認しながら言った。現在の時刻は午後三時半。確かにまだ数回半荘を行える時間はありそうだった。
「……いいぞ。入ってこい」
黄泉に促されて入ってきたのは、短髪の女性だった。何故か俯いたまま、バニーガールの衣装を着ている。
「あらー……孝子先生じゃないですか。どうしたんですか? その恰好~」
その姿を見て真っ先に反応したのは、教え子の衿だった。孝子は俯いたまま小刻みに震えており、何も言うことが出来ないようだ。
「賭けに負けた罰ゲームだ。本来はこの格好で雀荘に行かせるつもりだったのが、どうしても嫌だと駄々をこねるものでな」
ため息をつく黄泉に向かって、孝子は勢いよく振り返ると、顔を真っ赤にしてまくし立てた。
「無理に決まってるだろ! こんな格好! ここに来るのだって、どれだけ恥ずかしかったか……」
「何を言っている。お前が言ったんだろう。他の事なら何でもするから、それだけは勘弁してくれと」
「場所の問題じゃない! 恰好の問題を言ってるんだ!!」
二人のやり取りから状況を悟った生徒達は、孝子に同情の念を抱いていた。孝子は一頻りまくし立てた後、フーフーと荒い息を吐く。そのまま麻雀卓の前にやってくると、椅子にドカッと腰かけた。
「チクショー! こうなったらヤケだ! いくらでも相手になってやる! 誰でもいいから、かかってこい!!」
大声で叫ぶ孝子を後目に、生徒達はスススッと一斉に後ずさり、そのまま作戦タイムへと突入した。
(……で、どうする? 次の相手、あの人みたいだけど)
小声で囁く志信に対し、遥は衿に話を振ることにした。
「あの方の実力を知っているのは衿だけです。どのような打ち方をされるのですか?」
質問を受けた衿は、んー、と首を捻った後、口を開く。
「お世辞にも、上手とは言えないと思うよ。でも……すごく強いんだよねぇ」
遥は衿の、一見矛盾する言葉の意味がわからないようだ。その様子を見た衿は、付け加えた。
「やってみればわかると思うよ。この中のメンバーで、比較的『運が良い人』って誰かな?」
衿の発言を受け、遥と佐緒里が、一瞬を顔を見合わせると、それぞれ後方にいた人物の方へと視線を向ける。そこには「良子」と「里香」の姿があった。
「……では一回戦と同様、一旦このメンバーで様子を見ることに致しましょう。他の方々は、対局を見ながら作戦を考えるということで、よろしいでしょうか?」
佐緒里の提案に、遥や志信、他のメンバーも特に異論はないようだ。
メンバーに選ばれた衿、良子、里香の三名は、麻雀卓の前まで来ると、一斉に腰を下ろした。その様子を見ていた孝子が、ペロッと舌で唇を舐める。
「それじゃ始めるか! この『ビギナーズラック』の孝子様の実力、見せてやる!!」
そうして始まった半荘戦、対局者も含め、生徒達はすぐに衿の言葉の意味を知ることとなった。
「あー、もう! どうしてこっちが来るんだよ!!」
孝子は右手で頭を掻きむしりながら、手牌を前へと倒して宣言した。
「……ツモ! リーヅモのみで、千点オール!!」
孝子の手は三色の安目引きによる、ツモあがりだった。一見大したことないように思えるが、問題は『良子と里香がリーチをかけていたこと』である。
孝子の打ち筋は基本的に真っすぐ行ってはリーチをかける、初心者顔負けのスタイルだった。しかし何がどうなっているのか、周りのリーチには全く振り込まないし、なんだかんだ自分のアガリ牌を持ってきては、ツモあがりを宣言する。
ヒキが強いはずの良子と里香のリーチを物ともしないところが、驚きだった。
「どうだ! 私の実力! 思い知ったか!!」
気が付くと、半荘が終了しており、二位と一万点の差をつけて、孝子が一位だった。腰に手を当ててふんぞり帰る孝子の姿を見て、里香がご立腹の様子だ。
「なんなのあの人!? マジでありえないんだけど!!」
里香にしてみればリーチの掛け合いで、これほど一方的にやられた経験がないのだろう。それは良子も同様らしく、肩を落として落ち込んでいるようだ。
「孝子先生って、普段の反動なのかな~。麻雀の時の運が、異様なくらいに良いんだよねぇ。本人は自分の運の良さに気づいてないみたいなんだけど……」
衿の言葉を聞いた遥と志信が、同時にため息を漏らした。
「これはある意味……かなりの強敵ですね。どうします……か?」
佐緒里の問いかけに、一同はシーンと静まり返ってしまった。あまりにも単純なスタイルだけに、攻略法が見えないのだろう。
「思ったんだけどさ。あんだけシロート臭い奴なら、イカサマでどうにかなりそうじゃねえか?」
提案したのは美緒だった。しかし衿が首を横に振る。
「それはやめといた方がいいと思うよ~。『黄泉対策!』って言って、すごくイカサマ対応の練習してたみたいだから」
衿のこの言葉に、美緒は無言のまま下がっていった。もし黄泉のイカサマに対応できるレベルなのであれば、自分の技術は通用しないと悟ったのだろう。しかしそうなると、打つ手はないように思えてくる。
「あー、もしよければなんだけどよ。俺に行かせてもらってもいいか?」
おずおずと挙手したのは、東征学園副部長の絵美だった。
「絵美さん、何か作戦でも思いついたのですか?」
佐緒里の問いに、絵美はうーんと唸っていた。迷うような様子から、決して自信があるというわけではなさそうだ。
「中学の時に対局した相手に、ちょうどあんなタイプがいたんだよ。あそこまで極端じゃなかったんだけどよ……」
ちなみに絵美は、その時の相手に対して対応が取れず、そのまま敗れ去っていた。しかしあまりの悔しさに、色々対策を考えてみたのだった。
「衿さんと司、一緒にメンツに入ってくれるか? ちょっと試してみたいことがあるんだ」
「じ、自分っすか!?」
突然の指名に司は驚きつつも前に出てきてくれた。しかし彼女も自信がないのか、伏目がちに絵美の顔を見上げている。
「実は自分、ああいうタイプ苦手なんすよ。大丈夫っすかねぇ……」
「いいから、ちょっと耳貸してくれ!」
絵美は司の耳元で、「あること」を伝えた。その言葉を聞いた司は、首を捻るばかりだった。
「とにかく行こう! 戦ってみなきゃ何も始まらねえしよ!」
衿と司を引き連れた絵美は、大きく深呼吸をした後、卓に向かって歩いていくのだった。




