第三十三話 ~一人目【武田 仁】(後編)~
『東一局』 親:『志信』 ドラ:『⑧』
【武田の配牌】
二六七①⑥138西白発発発南
始まった東一局。第一ツモを手中に収めた武田は、生徒達の意図を考えていた。
(さて、第一戦を終えてのこの対局。当然何かしらの作戦を練ってきたと考えるべきですが……)
とりあえず武田は不要牌の「西」を捨てることにした。武田が牌を切ったのを見て、遥がツモ山に腕を伸ばす。
(とりあえずは今の打ち方のまま様子を見ることにしましょうか。幸い「発」が暗刻であるこの手牌。ダマで待つには格好の手といえますし、ね)
武田を含む、全員がそれぞれの想いを持って手を進めていく。そうして迎えた四巡目、親である志信が点棒入れに腕を伸ばした。
「リーチ!」
【志信の手牌】
四五六七⑤⑥⑦789東東東
志信は不要牌の「北」を横に向けると、リーチを宣言した。次の番である武田が志信の捨て牌に視線を落とす。
(谷本のあの手……明らかにピンズの出が早すぎる。有効牌を引き入れてのリーチのようですし、変則的な待ちではありませんね)
志信は一巡目に「③」、二巡目に「⑦」を切っていた。これは、余程早い段階で手が出来ていない限りは、周囲のピンズを所有していないための捨て牌といえる。
武田は志信の待ちにピンズはないと決め打ち、自身の不要牌である「⑥」を切った。
【武田の手牌】
四四六七八①③138発発発
(私の手は安いとはいえイーシャンテン。「発」を使えば鳴いてアガリに行くことも可能。ここは、うまく立ち回って、谷本の親を蹴る)
武田がそう考えていた時、美緒が無造作に切った「四」を見て、志信が宣言する。
「ロン! リーチ、一発、ダブ東でマンガン!」
【志信の最終手】 裏ドラ:「④」
四五六七⑤⑥⑦789東東東
志信のアガリを見た武田は、一瞬呆気に取られていたが、すぐにこのアガリの意図を悟ったようだ。
(いくらなんでも親のあのリーチに、いきなり「四」を捨てることは考えにくい。これは……図られましたね)
この対局は武田VS生徒達三人の対戦だ。極端な話、自分が勝たなくても他のメンバーがトップを取れば勝ちとなる。この点に注目した美緒は、恐らく『ワザと』志信のアガリ牌を切ったのであろう。
「あっちゃー、やっちまったぜ。まさかこんなところで待たれてるとはなぁ……」
美緒は悔しそうにしているものの、表情は明らかに笑っていた。このワザとらしい演技を見た武田は、自身の考えが間違いでないことを悟った。
(これは……早い内になんとかする必要がありそうですね)
次局、武田は何とか平和のみで志信の親を蹴ることに成功する。そして場は東二局を迎えていた。
【現在の点数】
美緒:13,000 志信:37,000 武田:26,300 遥:23,700
『東二局』 親:『武田』 ドラ:『白』
【武田の配牌】
二五②④⑥⑦⑦11456東南
(配牌は悪くありませんが、ダマで行く戦略は見直す必要がありそうですね……)
武田が心配している事、それは「トップとの点差」だった。本対局は点棒がなくなったら終了する「トビ終了」が採用されている。もし美緒が意図的に仲間へのトス役に回っているのであれば、早い段階でトップになっておく必要があるからだ。
(美緒さんがもう一度マンガンでも振り込もうものなら、残り点数は四桁になってしまう。極端な話、自分の点棒を全部仲間に渡して飛んでしまえば、それで勝ちが確定する……)
仮に美緒の点棒が残り千点にでもなってしまえば、それは武田にとって最悪の状況と言える。なぜなら、仮に自分がツモあがりしても、アガリ点でトップになれていなければ、その時点で負けが確定してしまうからだ。
美緒が取った戦術は、この対局のルールを活かした最善手と言えるだろう。武田にとって勝機があるとすれば、その前になんとしても点棒を集めておくしかなかった。
「……リーチ」
九巡目、武田は不要牌の「二」を切ってリーチを宣言した。その動きを見た生徒達が警戒心を強める。
【武田の手牌】
②③④⑤⑥⑥⑦⑦11567
武田のリーチに対して、とりあえず遥は現物の牌を切って様子を見る。さすがの美緒も、先ほどのように危険牌を切ってくるわけにもいかないのだろう。現物切りで危険を回避し、志信もそれに倣った。
四巡後の十三巡目、「⑤」を引いてきた武田は、手牌を倒して宣言した。
「……ツモ。リーチ、ピンフ、ツモ、イーペイコー、裏ドラ一でマンガン。四千オールです」
【武田の最終手】 裏ドラ:「④」
②③④⑤⑥⑥⑦⑦11567⑤
武田のアガリを見た生徒達は、四千点ずつ武田に点棒を支払った。最高の形でアガリを迎えた武田だったが、その表情は晴れなかった。
(……いくらなんでも消極的すぎますね。私のリーチ以降、誰も危険牌を切ってこない。これも何かの作戦というところでしょうか)
武田が気になっていたのは、自分のリーチに対する生徒達の捨て牌だった。いくら親のリーチとは言え、危険を回避するためにはある程度勝負する必要がある。例えフリコミを避けたとしても、今回のように引きあがられてしまえば、全く意味がないからだ。
(一応ここまでは……美緒の作戦通りだ)
志信は倒した牌を両手でかき混ぜながら、対局前の美緒とのやり取りを思い出していた。
★
「じゃあ美緒、お前は全くアガリに向かわない、そういうのか?」
志信の問いに、美緒はあっさりと頷いた。そしてやれやれという感じで両手を上げる。
「このルールでまともに勝負するなんざ、バカのやることだぜ。どんな方法であろうと最終的に勝ちゃそれでいいんだろ?」
美緒の立てた作戦はシンプルなものだった。アガリ役は志信と遥に任せ、自分はとにかく仲間のサポートに回る。そうすればとりあえず早い段階でリードを奪えるだろうと美緒は言った。
「そのまま勝ち切れればそれでよし。だが、あのおっさんもバカじゃねえ。恐らく早い段階でアタシの狙いに気づくはずだ。そしたら間違いなくリーチをかけて、攻勢に出てくるだろうよ」
美緒の狙いに気づいてしまえば、より多くの点棒を取るために攻めてこざるを得ない。それは志信や遥も容易に想像がつくことだった。
「そこでいくつか取り決めをしておくぜ。とりあえずおっさんのリーチに対しては、基本勝負に行かないこと。その結果ツモられたら、それはそれで仕方ねえさ」
美緒は両手をあげたまま首を左右に振った。そして笑うのを止めると、真剣な顔つきで二人に告げた。
「おっさんがリーチ攻勢に出てから運悪く接戦になっちまった場合、とにかく場を流すことを優先させる。勝負は終盤だ。おっさんのリーチに追っかけリーチで対抗する。その時の手牌の形を予め決めておくんだ」
美緒は右手の人差し指をちょいちょいと曲げると、志信と遥を傍まで引き寄せた。そして小声で二人に「あること」を告げる。
「こいつが決まれば、100%勝てるぜ。ここは一発、あのおっさんをペテンにかけてやろうじゃねえか」
★
第一戦の時とは異なり、武田と生徒達の立場は完全に逆となった。武田の手がまとまる前に、生徒達は早い手で場を流しにかかる。武田は、この動きを不審に感じたものの、本当の狙いまではわからなかったようだ。
小競り合いが続く中、場は終盤の南三局に突入していた。
【現在の点数】
美緒:10,000 志信:35,000 武田:36,300 遥:18,700
『南三局』 親:『遥』 ドラ:『中』
七巡目に差し掛かり、武田は引いてきた牌を手元に引き寄せると、手牌に目を落とした。
【武田の手牌】
一二三三四五六七⑦⑧567三
(テンパイはしましたが、どうしたものですかね……)
武田はアガリ役であろう遥と志信の捨て牌を一瞥した後、顎に手を当てた。
(二人ともテンパイはしてないようですが、明らかに終盤にかけて何か罠を張っている様子。一体狙いは何なのか……)
武田は美緒達の狙いをもう一度考えなおしてみた。とりあえず美緒が仲間のトス役に回っているのは間違いない。現状トップとは言え、僅差なので、再び仲間のアガリ牌を切って差し込むことも可能だ。
まずはそうさせないように、動くべきだろう。
(とりあえずここは、ダマで行きますか。点棒を取るよりも、テンパイされる前に局を終えることを優先すべき……)
そう結論付けた武田は、不要牌の「一」を手に取り、河へと捨てた。
「……あめぇな、おっさん。その牌だぜ」
対面の美緒が、クックッと笑いながら、手牌を前に倒した。
【美緒の最終手】
二三④⑤⑥⑨⑨567中中中
「中ドラ三でマンガン」
自分の手を度外視し、ずっとサポートに回っていた美緒だったが、この局のみ武田に悟られぬように手を進めていたのだ。リーチをかけずにダマで待っていたことも、武田にとっては災いした。
しかし武田はさほど驚いた様子を見せずに、小さくため息をついた。
「……それがあなたの狙いでしたか。散々アガル気がないように見せておいて、終盤の一瞬の隙をついて刺す。なるほど、よい作戦です」
「お? いやに余裕あるじゃねえか。まさかこの展開も予想済みってことか?」
「明らかに何かを狙っているのは、わかってましたからね。惜しむべきは、これがオーラスでなかったことです。厳しい状態にはなってしまいましたが、これでオーラスは誰もがアガリに行くだけです。むしろ、わかりやすくなったと言えるでしょう」
武田は美緒にしてやられたのは確かだが、この言葉が本心であることも間違いはなかった。
(確かに中々の策士ですが、得意のすり替えを使う気はなさそうですね)
武田は美緒の得意技がすり替えであることを知っていたため、ある程度警戒しながら局を進めてきた。しかし策を打ってはきたものの、どうやら彼女にその意思はなさそうである。
(まあ、それも仕方ないことでしょう。なんせ『バレたら即帰宅』と脅されている状態です。そうそうリスクを犯せるはずもない……」
武田は今回の対局において、一切イカサマを使う気はなかった。以前黄泉との対局で痛い目を見たということも要因の一つではあるが、本当のところは自分なりのプライドを持っていたからである。
対局を何度も行えば、例えプロでもトップを取り逃すことは出てくる。つまりずっと勝ち続けることは、そもそも困難なのだ。ならば無理に勝ちには行かず、生徒達に自分の技量を見せることで、成長を促したくなったのである。
これは、黄泉との対局で彼が得た、教訓とも言える内容だった。
「さて、オーラスです。参りましょうか」
【現在の点数】
美緒:18,000 志信:35,000 武田:28,300 遥:18,700
『南四局』 親:『美緒』 ドラ:『北』
まだ一局残されているにせよ、現時点での武田の不利は圧倒的だった。なんせ、生徒達の中から誰か一人でもアガリが出れば、それで終わりである。極端な話、誰かがリーチをかけたら、残り二人は差し込み役に回ればよいのだ。
武田が勝つためには、誰よりも早くテンパイし、マンガン以上の手を作る必要があった。
(今までの私なら……イカサマに逃げていたでしょうね)
武田は自分の不利を感じると、苦笑するしかなかった。しかしここで卑怯な手を使ってまで、勝ちに行く必要がどこにあるというのだろう。もしイカサマをしようとして阻止されてしまった場合、これほど惨めな負けがあるだろうか?
(例え負けても構わない。私は最後まで自分の麻雀を貫く!)
九巡目、有効牌を引き入れた武田の手はテンパイに達していた。
【武田の手牌】
二三四四五六5667⑦北北8
「……リーチ!」
武田は不要牌の「⑦」を捨て、リーチを宣言した。オタ風でドラの「北」が二枚あるこの手は、既にマンガンが確定している。アガれば文句無しで逆転の手である。
それは生徒達もわかっているのだろう。真剣な表情で武田の手牌を読んでいるようだ。
(今回は差し込みを考える余裕もないでしょう。危険と知りつつ、前に出てくるしかありませんよ)
武田は高揚する心を抑えるかのように、右手を自身の胸へとあてがった。そういえばリーチ後の高揚感など、ここ何年も忘れていた気がする。武田はそう感じていた。
それから三順後の十二巡目。有効牌を引き入れた遥はテンパイに達していた。
(……来ました。しかもこの形、『予定通り』です)
【遥の手牌】
四五七②③④45678東東3
遥はチラッを美緒の方を見た後、点棒入れに手を伸ばすと宣言した。
「リーチ」
不要牌である「七」を切り、遥が追っかけリーチを宣言する。武田は一瞬遥の捨て牌を見たが、アガリ牌ではなかったので、すぐに視線を切った。
(渡瀬のおっかけリーチ。先にアガられれば終わりですが、私のリーチがあるので、アタマハネを考えると、簡単に危険牌を切ることもできないでしょう)
志信や美緒が遥に差し込むために危険牌を切り、その牌が武田のアガリ牌だった場合、武田のアガリが優先されてしまう。ピンポイントで遥のアガリ牌を特定できれば話は別だが、通しは禁止されているし、遥のアガリ牌が武田のアガリ牌でない保証もなかった。
そのような状況の中、続いての美緒の番、彼女はゆっくりとツモ山へと手を伸ばした。そして次の瞬間、自分のツモ牌を手にした美緒の指が一瞬ブレる。
(……なっ!?)
武田がその動作に気づいた時には既に手遅れだった。素早く手元に腕を戻した美緒は、持ってきた牌を見て不気味に笑う。そして二人に対する現物を選んで河へと置いた。
(……やられた!)
武田は気づくと歯を食いしばり、拳を強く握っていた。そして直後思い知らされる美緒の「本当の狙い」。彼女の今までの行動は、すべてこの時のための伏線だったのだ。
志信は美緒と同様、二人に対しての現物を河へと置く。武田は一縷の望みを託してツモ山へと手を伸ばしたが、アガリ牌を掴むことが出来ず、持ってきた「西」をそのまま河へと置いた。
「……ツモ!」
直後、告げられる遥の声。手牌を倒した彼女はアガリを宣言していた。
【遥の最終手】 裏ドラ:「8」
四五②③④345678東東六
「リーチ一発ツモ平和、裏ドラ一で……マンガンです」
【最終点数】
美緒:14,000 志信:33,000 武田:26,300 遥:26,700
ガックリと肩を落とした武田を見て、美緒はゆっくりと立ち上がった。
「いやー、参った参った。まさか一発でツモアガっちまうたぁ……」
美緒は言いながらもニヤニヤしていた。その様子を見た武田が思わず口を開く。
「……白々しいことを。渡瀬のアガリ牌は、『あなたがすり替えた』のでしょう?」
「さぁー、なんのことかねぇ」
あの一瞬で起こったこと。それは美緒によるツモ牌の『すり替え』だった。美緒はツモ山に手を伸ばす際、手の中に遥のアガリ牌である「六」を仕込んでおく。そしてツモ牌を手にしたその瞬間、持っていた「六」を遥の次のツモ牌とすり替えたのである。
対局前の美緒が志信と遥に伝えた追っかけリーチの条件とは、『リーチ宣言牌の裏スジで待つ』ということだった。それにより、待ち牌がわかっていた美緒は、遥のアガリ牌を置いてくることが出来る。
結果、遥の一発ツモが生まれる――そういうカラクリである。
「まぁ、言えることは一つだけだ。アタシの方がおっさんより性悪だった。そんだけのことさ」
黄泉が提示した特別練習第一戦、こうして生徒達の勝利で幕を閉じたのだった。
プチ麻雀講座
・捨て牌の「裏スジ」について
「4」を捨てた場合のスジ(比較的安全な牌)は「1」と「7」であることは以前紹介したのだけど、それとは逆に、捨て牌による比較的危険な牌が存在するよ!
その一つが「裏スジ」といって、遥が最後にアガった形を例に見てみよう。
四五七②③④45678東東3
この形だと、最後の不要牌は「七」で、待ち牌は「三」と「六」だよね?
捨てた牌の隣のスジ(今回の場合は「三」と「六」)を裏スジって言って、比較的危険なスジになるんだ。
美緒はこの仕組みを使って、「通し」なしで、味方のアガリ牌を特定することにしたんだ。ほんと、ズル賢いよね!




