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 いつの間にか彼はそこにいた。

 天も地も定かではない真っ白な空間。

 そこに座り込んでいたらしい。

「え? どこ、ここ?」

 じゃら、と身動きしたとたん腕のあたりから音がした。

 そちらを見ると、手甲が目についた。赤い糸の飾りのついたそれは見覚えのあるものだった。

「なんだ、こりゃ! 朱理の手甲じゃないか!」

 そう叫んでから朱理ははっとした。

「え? 僕が僕の手甲をつけていて何がおかしい?」

 朱理が武装しているのは当然だった。

 憎き敵と戦い、勝ち名乗りをあげて、今まで苦労を共にしてきた味方の方を振り向いたところだったのだ。

「え? なんだ、そりゃあ? 『天恵の朱理』のラストシーンじゃないか!」

 圭が叫んだ。朱理の口で。

「え? 僕、いや俺は、朱理、いや、鉄圭、え? どっち?」

 ()は混乱した「朱理」と「鉄圭」二人分の記憶があった。

 そして唐突に理解した。

 「朱理(しゅり)」は「鉄圭」の創造物であると。

「あ……」

 朱理は鉄圭が頭の中で考えた登場人物であり、漫画という形を与え世に出したものだ。

 朱理が今まで経験してきたもの、生い立ちすべてが架空のものだ。

 涙がこぼれ落ちた。

「……全部……作り物だったんだ……僕の父さんと母さんへの想いも……憎しみも、喜びも……全部偽物だ……」

 ある日唐突に知らされた自分の正体。刺客によって葬られた両親。怒りも憎しみも、すべて物語のための一要素。旅立ち、仲間を得て信頼し合い、苦楽を共にしてきたこともただの物語。

「あはははは……あは……」

 朱理は笑った。笑いながら涙をこぼした。

 この涙と絶望すら本物ではない。何もかもが架空(にせもの)の──

 朱理の中で気まずい感情が起こった。

 なぜか、それが圭の感情だと朱理にはわかった。

 ふと、疑問がわいた。

「僕、なんで存在しているの?」

 鉄圭作「天恵の朱理」は最終回を迎えた。

 憎き敵をこの手で討ち、仲間を振り返って笑った。

 そこで物語は終わったはずだ。

 その後などない。

『呼ばれし勇者よ。これより先はわたくしが説明いたします』

 なにもなかった空間に人影が現れた。

 ほっそりとした黒髪の美しい女性。その眼は閉じられ金色の衣装をまとっている。

 その顔には覚えがあった。

「天照大御神……え? 俺が設定した神じゃねえか!」

 朱理の口で圭が叫んだ。

 朱理を導くためのキーパーソンとして設定した登場人物を立体にしたような姿だった。

『わたくしはこの世界の神。けれどわたくしは形を持ちません。ゆえにあなた方にある神の形をお借りいたしました』

「あなたが、説明してくれるんですか? 僕に何が起きたのかを」

 神と名乗った相手は頷いた。

『あなた方は、わたくしの世界の事情に巻き込まれた被害者です。わたくしには責任があるでしょう』

 朱理は説明を聞く気になった。

『わたくしの世界はあなた方の世界とは隔たった場所にあります。本来なら二つの世界が交わることはありませんでした。このようにいくつもの世界があり、互いに不干渉を貫いてきました。けれど、世界の時間で千年ほど昔、その条約は破られました。異世界からの侵入者があったのです』

 その世界での異物。世界の(ことわり)から外れた存在は、世界の法則には縛られず、住民たちでは歯が立たなかった。

『この世界の理から外れた存在を倒すためだけに、わたくしはやはりこの世界の法則にとらわれない異世界の勇者を招く方法を伝えました』

 世界の住民は神から伝えられた異世界の勇者を召喚する法を使い、侵入物を排除することに成功した。

『そしてわたくしは今後この術は使ってはならぬと禁じました。あまり良いことではないのです。けれど人の子はその禁を破りました』

僕達(・・)を呼んでしまった」

 異世界の神は頷いた。

『そう、異世界からの脅威ではなく、自国のために。本来ならこの世界の出来事は、こちらの世界の住人だけで解決するべきことなのです。それを怠り、神の禁を破ったのです。わたくしはこれを見過ごすことはできません。それゆえ、あなた方をこちらにお呼びしました』

 朱理が訊ねた。

「どうして、僕だったんですか?」

 朱理は実在の存在ではない。

 なのに、なぜ呼ばれたのか?

『呼び出すのは『事態を解決できるだけの能力を持った勇者』なのです。けれど、そちらの現実世界には──』

「勇者と呼べる者がいなかった。そうだな?」

 圭が言う。

 現代の人間で英雄、勇者と呼べるべき人間はいない。

 そんなものは非常の時にだけ存在するものだ。

 数多の兵を率いて国々を征服した将軍も、一人で数多の兵をなぎ倒した英雄も、すべて墓の中。

 平和な時を維持する者が英雄視されることはあっても、それは召喚者が望んだものではない。

 格闘技のチャンピオンや軍の高官でもそれは同じだ。

 もはや現実の世界に召喚者が望む勇者は出現しないだろう。

「それで、漫画の主人公を呼び出したのかよ。そりゃあ、漫画の主人公は英雄足り得るだろうがよ……そっちの世界で実在できるのか?」

 圭の疑問には異世界の神が答えた。

『神の力で実体化します。能力はそのままのはずですわ』

 圭は顔を覆った。

「何でもありだな。それで、俺は? なんで朱理の中にいる? 俺の体はどうなった?」

 こちらに圭がいるということは、あちらの圭一がどうなったのか。

『あなたは「田代圭一」ではありません。あえていうなれば、漫画の中に込められた漫画家鉄圭の魂の一部。分身。残留思念。またはコピー。本元の田代圭一は変わりなく鉄圭として新たな作品を描き、情熱という名の魂を注ぎ続けるでしょう』

 朱理は目を瞬いた。

「えっと、僕の中にお父さんがいても、本当のお父さんは元の世界で前と同じように暮らしているってことですか?」

「誰がお父さんか!」

 即座に朱理の中の圭が「お父さん」を否定した。

 朱理はしばらく考えたのち、提案した。

「お父さんでしょう? 僕を創り出してくれたんですから。それとも、お母さんって呼んだ方がいいですか?」

 圭はしばらく悩んだ。

「……お父さんで」

「はい」

 案外早く妥協した。

「それで、異世界の神は俺たちに何をやらせたいんだ? 元の世界に送り返せるってわけでもなさそうだが?」

『話が早くて助かります』

 元の世界に還せるのなら、わざわざ呼び出したりはしない。還せないか、頼み事があって、一時的にこの空間に引き込まれたのだと圭は推測していた。

『わたくしの世界の住人が、二度と異世界召喚をしないようにしていただきたいのです。わたくしは神託を卸したのですが、やはり月日が経てば、人は畏れを忘れてしまうようです。ですから、それを壊していただきたい』

「それは、物理ですか? それとも心情的に?」

 朱理の問いに神は即座に答えた。

『両方です。わたくしが与えた召喚陣とそれを記した古文書。そして、神の戒めさえ蔑ろにする他力本願な心情を』

「わかりました。その依頼、引き受けましょう」

 朱理が即答する。

「待て! ちょっと待て、朱理! お前、何過激なこと引き受けてんだよ!」

 圭がとめたが、朱理はきょとんとした顔をする。

「だって、どうしても行かなきゃいけないんですよ? 神様が頼んでるんですから、ついでに引き受けてもいいじゃないですか」

 笑いながら朱理は続けた。

「自分達の都合で勝手に人を呼び出すなんて、よくないですよ。それまでのその人の人生を否定するようなものです。都合のいい道具、としか見てないでしょう? 僕はどうせ戻れません。終わった漫画に続きはありませんから。だったら、次なんて無いようにしといてあげた方がいいですよね? 僕、これでも怒っているんですよ?」

 穏やかに怒っていた。

「……そうだった……お前はそういう奴だよ。そういう奴にしたんだ」

 圭が朱理の中で頭を抱えた。

「お父さんも協力してくださいよ。効果的に『もう二度と召喚なんかしない』と思うように誘導しないと」

 ややあって、圭が口を開いた。

「そいつは『厄介だ』と思わせればいいんだな。だったら、最初から威嚇すればいい。そうだな、お前がいつどのような状況であっちに引っ張られたか、朱理として答えれば、怒りにも納得するさ。そこでひと暴れすればいい」

「……積年の敵を討って、これから国造りをしようとしたところでって、事ですね。まあ、そんな日は来なかったんですが……」

 朱理は寂しそうな顔をした。

「……朱理……」

 朱理は顔をあげる。

 先ほどから引っ張られるような感じが強くなってきていたのだ。

『もう、限界のようです。あなた方はわたくしの世界に移動します』

 朱理は微笑んだ。まだ血のついた刀を抜く。

「行きましょうか。僕の戦場に」

「──ああ、『天恵の朱理』異世界編のスタートだな。出だしが肝心だ。ガツンとやってやれ」

『ご武運を』

 そして彼らは光に包まれた。

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