EP 6
商会のタヌキ親父と、狂気の野菜収穫祭
雲一つない青空の下、ポポロ村の朝の静寂は、下品なまでに金ピカの馬車が立てる車輪の音によって破られた。
『ブルルルルンッ!』
ドワーフ製の魔導エンジンを唸らせて畑の前に横付けされたのは、大陸屈指の大企業『ゴルド商会』の紋章がデカデカと描かれた超大型馬車だった。
「なんの騒ぎだ?」
休日の朝寝坊を満喫していた俺は、麦わら帽子を被り直しながら縁側へ出た。
馬車の扉が開き、中から這い出してきたのは、ド派手な原色のスーツに極太のゴールドネックレスを何重にも巻いた男だった。頭には不自然にテカテカしたリーゼントヘアが乗っている。
蛇のように細い目を持つその男は、昭和のパチンコ屋の社長にしか見えない風貌で、なぜかコテコテの名古屋弁を放った。
「ぎゃあぎゃあ言うとると商売にならんて! おぉ、ここが最近えらい美味い野菜を作っとるっちゅう噂の農場か!」
男は蛇目族のオロチ。ゴルド商会の支店長を名乗る彼は、値踏みするような視線で俺とスアイ、そして豊かに実った畑を舐め回した。
「ワシはオロチ。おみゃあさんがここの責任者か? ええか、この辺の流通はゴルド商会が牛耳っとる。おみゃあらの作った野菜、ワシが安く一括で買い上げたるわ。ありがたく思えよ?」
スアイが不快そうに眉をひそめ、鎖斧に手をかけようとする。
「ちょっとハルト。こいつ、失礼すぎるわ。私が氷漬けにして――」
「待て待て、スアイ」
俺はスアイを制止し、オロチの前に進み出た。
前世で、肥料や農薬を売り込むために何百人というタヌキ親父(頑固な農家や農協の偉い人)を相手にしてきた俺の『営業マンの血』が、久しぶりに騒ぎ出していた。
「買い上げていただけるのはありがたいですね。でもオロチ支店長、まずはウチの『商品』の品質を確かめてから価格を決めても遅くはないでしょう?」
俺は営業スマイルを顔に貼り付け、縁側で七輪の火をおこした。
そこに、今朝採れたばかりの分厚い『肉椎茸』を乗せ、軽く醤油草のタレを垂らす。ジュワァァッという音と共に、極上の肉の脂とキノコの旨味が混ざり合った香りが立ち上った。
「お、おい……なんだその匂いは……」
オロチの細い目が、肉椎茸に釘付けになる。
「どうぞ、試食です」
串に刺した肉椎茸を差し出すと、オロチは警戒しながらも一口かじりついた。
「っ!? な、なんじゃこりゃあ!? 口に入れた瞬間、高級なロックバイソンの肉みてぇな脂の甘みが溢れて……いや、それだけじゃにゃあ! 後からキノコの強烈な旨味が追いかけてきやがる! 噛めば噛むほど美味いがや!」
オロチは目をひん剥き、あっという間に肉椎茸を平らげた。
「これなら王都の貴族連中にも高く売れる! よし、銀貨5枚で全部買い取ったる!」
「銀貨5枚、ですか」
俺は笑みを崩さず、しかし目は全く笑わずにオロチを見据えた。
「オロチ支店長。この肉椎茸の弾力と旨味は、他国の最高級肉にも引けを取りません。例えば、アバロン魔皇国で競馬好きの貴族(ルーベンス様など)が、休日にこれをツマミにイモッカを飲めば、金貨を出してでもリピートするはずです」
「なっ……」
「さらに、うちには魔力と土壌を完璧に管理して育てた『月見大根』や、超速栽培の『太陽芋』もあります。ゴルド商会の流通網を使えば、各国の富裕層に独占的に卸せる。……もしゴルド商会さんがその価値を『銀貨』でしか評価できないなら、残念ですが、別の商会に独占契約の話を持っていくしかありませんね」
嘘である。別の商会のコネなんて一つもない。典型的な相見積もりのブラフだ。
だが、オロチの額には滝のような汗が流れていた。彼は瞬時に頭の中で利益を計算し、俺がただの農民ではなく『底知れぬ商売人』であることを見抜いたのだ。
「……負けたわ。おみゃあ、ただの農家じゃにゃあな。よし、金貨ベースの歩合制で独占契約を結ぼう! ゴルド商会の名にかけて、一番高く売ったるわ!」
「ありがとうございます。末長いお付き合いをお願いしますよ」
俺とオロチは、ガッチリと固い握手を交わした。
これで、俺たちの作った作物が正規のルートで高値で売れ、安定した収入(成り上がりの基盤)が得られることが確定した。
「いやぁ、ええ取引ができたわ! ついでに、あっちに生えとる豆も試食させてもろてええか?」
すっかり機嫌を良くしたオロチが、畑の隅に実っているふっくらとした大豆のような作物を指差した。
「あ、それは『ダイズラ豆』ですね。どうぞ、自分で収穫してみてください」
「おぉ、太っ腹だがや!」
ダイズラ豆。栄養価が高く『畑の肉』と呼ばれる極上の豆だが、一つだけ厄介な特性がある。
オロチが意気揚々とダイズラ豆の莢に手をかけ、プチッと収穫した瞬間だった。
『スポーンッ!!』
豆が弾ける謎の斥力波が放たれ、オロチの頭に乗っていたテカテカのリーゼントが、まるでロケットのように空高く射出された。
「……あ」
オロチの頭は、見事なまでに後光が差すほどのツルッパゲだった。
俺とスアイは息を呑み、ハンモックで寝ていたリンでさえも、ポテトチップスを落として目を丸くした。
「……ワ、ワシの、ワシの青春がぁぁぁぁぁっ!!」
オロチは両手でツルツルの頭を抱え、空高く飛んでいくリーゼントに向かって絶叫した。
「言おうと思ったんですが、それ、収穫した人のカツラやズボンを弾き飛ばす嫌がらせ機能がついてるんですよ。まぁ、味は最高ですから」
「先に言わんかぁぁぁっ! ぎゃあぎゃあ言うとると商売に……いや、ワシの頭がぁぁっ!」
泣き叫びながらカツラを追いかけていくオロチの背中を見て、俺とスアイは腹を抱えて大爆笑した。
「あー、腹痛ぇ……。最高に美味いメシに、面白いオヤジ。退屈しねぇ村だな」
騒ぎが収まり、ハンモックから降りてきたリンが、楽しそうに笑いながら伸びをした。
「なぁ、ハルト。お前、商売の腕は超一流みたいだが、この世界じゃ口だけじゃどうにもならねぇ荒事もある」
リンは首をコキッと鳴らし、ヤンキーのような鋭い目を俺に向けた。
「お前のそのスコップと鍬は、とんでもねぇチート兵器だ。……明日から俺が、実践的な『喧嘩(農業殺法)』を叩き込んでやるよ」
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