EP 6
宴会芸『ハゲたぬきのポンポコ節』とオタク化
手早く握った塩むすびと、甘めの卵焼きを乗せた皿を縁側に置き、俺は麦茶を啜りながら大きく息を吐いた。
時刻は午後一時を回ったところ。本来なら静かな昼休みのひとときを過ごすはずだったのだが、今日のポポロ村の広場は、かつてないほどの異様な熱気と、極彩色の閃光に包まれていた。
「さぁ、みんなー! お昼ご飯の後は、わたくしのスペシャルライブで消化を促進させてくださいませーっ!」
俺が天界マネーと農業資材で作った『特設ライブステージ(2トントラックの荷台)』の上で、小豆色の芋ジャージを着た人魚姫・リーザが、マイク代わりのキュウリを握りしめて叫んでいた。
四隅に設置された害獣撃退用LEDが、赤、青、緑の強烈なストロボ光を放ち、スアイの氷魔法によるスモークが足元で幻想的に渦巻いている。
舞台装置だけ見れば、いっぱしのライブ会場だ。
「……で、あいつは何を歌うつもりなんだ。地下アイドルっていうくらいだから、激しいダンスナンバーとかか?」
俺が塩むすびを齧りながら隣に座るキャルルに尋ねると、彼女はウサギ耳をペタンと寝かせて、ものすごく気まずそうな顔をした。
「……ハルト。あの子、ルナミス帝国でアイドル活動をしてたって言ったでしょ。でも、客層は主に、公園で鳩にエサをやってるおじいちゃんとか、銭湯の常連のお年寄りばっかりだったのよ」
「嫌な予感がするな」
「だから、あの子の持ち歌って、アイドルソングじゃなくて……その……」
キャルルが言い淀む中、ステージ上のリーザが大きく息を吸い込んだ。
「それでは聴いてください! わたくしがルナミスの町内会でこの歌を披露した時、おひねりとしてコロッケを三つも頂けたという伝説のキラーチューン! 『ハゲたぬきのポンポコ節』ですのっ!」
「タイトルからしてアイドル要素がゼロだぞ!?」
俺のツッコミを無視して、リーザは信じられない行動に出た。
彼女は芋ジャージのポケットから、午前中に一生懸命ピカピカに磨き上げていた『五円玉』を取り出すと、それをためらいもなく、自分の美しい鼻の穴にスポッと詰めたのだ。
「なっ……!? お前、一国の姫君だろうが! 何を躊躇なく鼻に硬貨を突っ込んでるんだ!」
俺が悲鳴を上げていると、リーザはさらに、先ほど俺の麻婆炒めを限界まで詰め込んでポンポコリンになった自分のお腹を、両手でペチペチと叩き始めた。
「ミュージック、スタートですの!」
(※脳内再生の軽快なお囃子)
リーザが、鼻に五円玉を詰めたアホ面(しかし顔の造形は絶世の美少女)のまま、軽快なステップを踏みながら歌い出した。
『♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!』
『♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~!』
『♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ〜ルマル~!』
(ソレ! ヨイヨイ!)
「……なんちゅう歌だ」
俺は持っていた卵焼きを落としそうになった。
歌詞の品性が最悪すぎる。それを、海の底からやってきた神秘の象徴であるはずの人魚姫が、腹鼓を打ちながら全力で歌い踊っているのだ。
『♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン!』
『♪化けよ~化けで~尻尾は ボーサボサでチョーロチョロ~!』
『♪おヘソはデベソだ~ ターマターマはユーラユラ~!』
(ア、ドッコイ!)
「やめてくれ! 視覚と聴覚の暴力だ! 俺の作った神聖なステージで、ターマターマを連呼するな!」
俺が頭を抱えてしゃがみ込んでいると、隣でスアイも「……魔王軍の拷問より精神に来るわね」とドン引きしていた。
だが、この惨状の中で、全く違う反応を示している者たちがいた。
「……すげぇ」
ステージの最前列(いわゆる最前管理)に陣取っていた、銀髪のイケメン聖獣・リンだ。
彼は、持っていたイモッカのグラスを取り落とし、震える目でステージ上のリーザを見つめていた。
「おい、ハルト……見たかよ。あいつ、一国の姫なんだろ……? なのに、客(俺たち)を笑顔にするためだけに、あんなに美しく気高い顔の鼻の穴に五円玉を突っ込んで、腹を叩いてやがる……!」
リンの目から、なぜか大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
「なんちゅう……なんちゅうプロ意識だ! プライドをドブに捨ててでも、ステージで生きる道を選んだ女の、魂の叫びが聞こえてきやがるぜ……っ!!」
「どこがだよ! ただコロッケが欲しかっただけの生存本能だろ!」
俺のツッコミも、もはやリンの耳には届いていない。
「……おおぉぉっ! 姐さんのダチ(友達)、ただの痛い子やと思うとったが……俺は間違っとった!」
警備スタッフとしてステージ横に立っていた極道邪神デュアダロスも、サングラスを外し、滝のように涙を流していた。
「俺みたいに、アルマーニのスーツが破れたくらいでピーピー泣いとるような半端モンとは、覚悟の決まり方がダンチや! 鼻に五円玉……これぞまさに、仁義なきアイドル道(極道)やで!!」
デュアダロスは、アルマーニの残骸を無理やり縫い合わせて作った『法被』のような謎の衣装を羽織り、リンの隣に並び立った。
『♪と、と、トックリ抱えて グイグイグイグイ!』
『♪酒よ~酒で~目玉は クルークルのパーラパラ~!』
『♪足元フラツク~ ターマターマはブーラブラー!』
(ソレ! モヒトツ!)
「うおおおおぉぉぉっ! リーザちゃぁぁぁぁぁんっ!!」
「最高や! リーザたん、最高やでぇぇぇっ!!」
リンとデュアダロスが、野太い声で絶叫しながら、凄まじい勢いでオタ芸を打ち始めた。
その両手には、光る棒が握られている……いや、違う。
「お前ら! なんで俺が夜間収穫用に品種改良した『発光大根』を振り回してんだ! 食べ物で遊ぶな!」
俺が怒鳴りつけるが、完全に厄介なドルオタへと変貌した聖獣と邪神は、緑色に怪しく光る大根を両手に持ち、完璧なシンクロ率で激しいオタ芸のステップを踏み続けている。
「リーザちゃん! 俺の全財産(天界マネー)をスパチャさせてくれぇぇっ!」
「俺のショバ代(お菓子)も全部リーザたんに上納するでぇぇっ!!」
『♪み~んな合わせて 腹太鼓~!』
『♪ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!』
「「フッフゥゥゥーーーーッ!!!」」
ジャーン! とリーザが腹を叩いてポーズを決めると同時に、リンとデュアダロスが発光大根を天に突き上げ、狂喜乱舞の歓声を上げた。
害獣撃退LEDの極彩色ストロボが、彼らの狂態をチカチカと照らし出している。
「ハァ、ハァ……! ありがとう、みんな! 最高のコールでしたわ!」
リーザは鼻から五円玉をスポンッと抜き取り、汗だくの顔で満面の笑みを浮かべて手を振った。
「これが、わたくしの地下アイドルとしての生き様! どうですハルトP! わたくしと彼らの間に生まれた、この完璧なグルーヴ感は!」
「地獄の底みたいなグルーヴ感だな」
俺は疲労困憊で縁側に倒れ込んだ。
さらにタチの悪いことに、リンがステージの横に設置していた『エンジェルすまーとふぉん』のゴッドチューブ配信画面には、天界の神々からのコメントと投げ銭が滝のように流れ込んでいた。
『鼻に五円玉で草』
『姫君の尊厳破壊ライブたまらんwww』
『ターマターマはブーラブラー!』
『最前列で発光大根振ってる聖獣と邪神で腹筋崩壊した』
『【スーパーチャット:金貨500枚】お前の覚悟、見届けたぞ!』
「あぁぁ……。俺の口座に、またしても意味のわからない金貨(天界マネー)が振り込まれていく……」
俺の左腕の魔導時計と連動している口座アプリから、『チャリーン♪』という軽快な入金音が鳴り止まない。
「すごいわ、リーザ……。まさか、あのポンポコ節でここまで熱狂を生み出すなんて……」
キャルルが信じられないという顔で呟き、スアイも「世界って広いのね……」と遠い目をしていた。
「リーザちゃぁぁん! 次は握手会やってくれぇぇぇっ!」
「俺、物販でその芋ジャージの切れ端が欲しいでぇぇっ!」
リンとデュアダロスが、ステージの下で発光大根を振りながらリーザに群がっている。
「ふふん! 握手は一回につき、畑の廃棄野菜三つと交換ですのよ! 列に並んでくださいませ!」
リーザはすっかりアイドル(強欲)の顔になり、客をさばき始めた。
俺は麦わら帽子を目深に被り、深くため息をついた。
「……俺はただ、静かな村で、平穏に定時退社して、美味い飯を食いたかっただけなんだ」
魔王軍の残党よりも、王国からの刺客よりも、今この村で一番厄介な存在。
それは間違いなく、この極貧地下アイドルと、彼女に魅了されてしまった『重度のアイドルオタク(聖獣&邪神)』たちであった。
俺のホワイト農場に、毎日のようにコールとオタ芸が響き渡るという、新たな『騒音問題』が発生した瞬間だった。
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