EP 7
磨いた五円玉と『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』
「ふざけるな小娘! こんな穴の開いたピカピカの銅貨モドキで、うちの高級卵と特製パンが買えるかってんだ! 舐めてんのか!」
ポポロ村のメインストリート(といっても商店が数軒並んでいるだけののどかな道)に、八百屋兼よろず屋の親父の怒号が響き渡った。
「ど、銅貨モドキではありませんわ! 真鍮の輝きを放つ、立派なゴールドですの! わたくしが昨日の夜から、ピカール(ルナミスの百均で買った研磨剤)で一生懸命ピカピカに磨き上げたんですから、金貨と同じ価値があるはずですわ!」
「あるわけねぇだろ! 帰れ!」
親父の怒りの顔面パンチが繰り出された。
だが、ルナミス帝国での過酷なポイ活とホームレス生活で鍛え抜かれたリーザの動体視力は、その拳を紙一重でスッパリと躱した。
「ひぃっ! 暴力反対ですの!」
リーザはそのまま脱兎のごとく逃げ出し、俺が特設したライブステージ(トラックの荷台)の陰へと隠れてしまった。
「……何やってんだ、あいつ」
昼下がりの農作業の休憩中、麦茶を飲みながらその騒動の一部始終を見ていた俺は、深くため息をついた。
ステージの裏側に回ると、小豆色の芋ジャージを着た人魚姫が、膝を抱えて体育座りをしていた。
その手には、彼女が言う通り、不気味なほどピカピカに磨き上げられた一枚の『五円玉(地球の硬貨)』が握りしめられている。おそらく、天界の通販か何かで紛れ込んだものを拾ったのだろう。
「……ハルト様ぁ」
リーザは俺の顔を見るなり、ポロポロと涙をこぼした。
「わたくし、アイドル失格ですわ……。どんなに自分を磨いても、この五円玉みたいに、本当の『金貨(価値)』にはなれないんですの。キャルルさんのお家にご厄介になり続けるわけにもいかないのに、自分で朝ご飯も買えないなんて……」
彼女の肩が、ヒックヒックと震えている。
普段は強欲で逞しい彼女が、お金(経済力)の壁にぶち当たって完全に虚無に陥っていた。
その姿は、前世の俺が、給料日前の三日間を『塩を舐めてやり過ごす』という極貧生活を送っていた頃の悲壮感と、痛いほど重なって見えた。
「……貧困ってのは、人の心から一番簡単に尊厳を奪っていくからな」
俺は胸の奥がチクッと痛むのを感じた。
「おい、リン。ちょっと来い」
俺はハンモックで昼寝をしていたリンを呼び寄せ、小声で相談を持ちかけた。
「例のゴッドチューブの投げ銭(天界マネー)、まだ山ほどあるんだよな?」
「おうよ。ワイズの奴がまた発狂して、リスナーが面白がってこっちの口座にバンバン振り込んできてるからな。……おっ? もしかして、あいつの機嫌を取るために、金貨でも恵んでやる気か?」
「バカ言え。あいつは『アイドルは施しを受けない』って無駄なプライドを持ってるんだ。ただ金を渡しても、また意地を張って受け取らないに決まってる」
俺は腕を組み、ステージを見上げた。
「だから、俺たちが『システム』を作ってやるんだ。あいつが堂々と、誇りを持ってお金を受け取れる、完璧な集金システムをな」
俺は【UR木工セット】を取り出し、村の裏山から切り出してきた立派なヒノキの木材を加工し始めた。
釘を使わず、木組みだけで組み上げていく。出来上がったのは、神社にあるような巨大で立派な『お賽銭箱』だ。
だが、ただの賽銭箱ではない。
「リン、この箱に魔法のギミックを組み込んでくれ。硬貨や物が投げ入れられたら、ド派手な効果音と光が出るようにな」
「へっ、面白ぇ。任せとけ!」
リンが雷と光の魔法陣を箱の内部に刻み込む。これで、投げ銭が入るたびに「キラキラリーン☆」とけたたましい音が鳴り響き、LEDストロボが発光する『リアル・スパチャ(投げ銭)システム』の完成だ。
俺は完成した巨大な賽銭箱を、トラックの荷台ステージの真ん前にドスンと設置した。
そして、体育座りをして泣いているリーザの襟首をひょいっと摘み上げ、ステージの上へと立たせた。
「ハ、ハルト様? なんですの、この大きな箱は……」
「お前のための『集金箱』だ。いいか、リーザ。アイドルってのは、ただ歌うだけじゃない。客に『お前を応援している』という実感(対価)を払わせる空間を提供してこそ、一人前なんだ」
俺はポケットから、天界マネーの本物の『金貨』を一枚取り出した。
「お前が最高のパフォーマンスを見せたら、俺たちがそれに応える。これは施しじゃない。『正当なビジネス(スパチャ)』だ!」
俺は手にした金貨を、巨大な賽銭箱に向かって勢いよく投げ入れた。
チャリーンッ!
『キラキラリーン☆! ドドドドーンッ!!』
金貨が入った瞬間、賽銭箱に仕込まれたリンの魔法が発動し、けたたましいファンファーレと共に、ステージの四隅から極彩色の光の柱が天に向かって吹き上がった。
箱の正面に取り付けられた電光掲示板(これも魔法)に、『スーパーチャット:金貨一枚! from ハルトP!』という文字がデカデカとスクロールする。
「なっ……!?」
リーザの瞳孔が限界まで開き、その目に映る光景に息を呑んだ。
そして、彼女の瞳の奥で、消えかけていた『強欲の炎』が、太陽フレアのように爆発的に燃え上がったのだ。
「ス、ス、ス、スパチャ……!! 本物の、金貨のスパチャですわぁぁぁっ!!」
リーザは先ほどまでの落ち込みが嘘のように、マッハの速度でマイク(今日は本物のマイクだ)を握りしめた。
「ハルトP! ありがとうございますの! わたくし、今、宇宙で一番輝いていますわ! さぁ、みんな! この御縁(五円)を無限に広げていきますわよーっ!」
リーザは、磨き上げた五円玉を天高く掲げ、満面の笑みでステップを踏み出した。
「聴いてください! わたくしの、魂のアンセム! 『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』」
ダンッ! とリーザがステージを踏み鳴らすと、リンが音響機材からノリの良いユーロビート調のイントロを流し始めた。
『五円!五円!御縁!御縁!ハイ!』
『五円!五円!御縁!御縁!ハイ!』
(キラキラリーン☆というSEが鳴り響く)
「なんだこのコール! キャッチーすぎるだろ!」
俺が驚いている間にも、リーザの透き通るような、それでいてどこか狂気を孕んだ歌声が村中に響き渡る。
『銅でもない 銀でもない』
『狙い打つのは 真鍮のゴールド!』
『穴の向こうに 未来が見える』
『覗いてみてよ 私とキミのディスタンス!』
リーザが五円玉の穴から客席(俺たち)を覗き込むようなキュートな振り付けを見せる。
その完璧なアイドルスマイルに、ステージの下で警備をしていた極道邪神デュアダロスの顔が、瞬時にだらしなくとろけた。
「あかん……! リーザたんの笑顔、五百金貨の価値があるで……!」
『「ちょっと重いかな?」って五十円』
『「重すぎて無理!」って五百円』
『身軽な愛を ジャラジャラさせて』
『私の配信 投げ込み カモン!』
「うおおおおおぉぉっ! リーザちゃぁぁん! 俺の愛を受け取ってくれぇぇぇっ!」
リンが発狂したように叫びながら、自分の懐から金貨を鷲掴みにし、賽銭箱に向かって全力で投げつけた。
『キラキラリーン☆! スーパーチャット:金貨十枚! from 厄介聖獣!』
ド派手なエフェクトが再びステージを彩る。
『スーパーのレジじゃ 嫌な顔(ヤメテ!)』
『お賽銭箱なら ドヤれるの(神様ー!)』
『だったら私の チャット欄』
『「お賽銭」って呼んでも いいでしょ?(いいよー!)』
「いいよぉぉぉぉっ!!」
デュアダロスも法被をはだけさせ、ヤクザのシノギで貯めた(ポポロ村のゴミ拾いで稼いだ)小銭を、涙を流しながら賽銭箱に放り込む。
『チリリン☆ スーパーチャット:銅貨五枚! from 姐さんのパシリ!』
『黄色は 金運のサイン』
『ピカピカ磨いて 愛を証明して!』
リーザの歌声は、ただキャッチーなだけではない。
人魚姫特有の『魅了』の魔力が、ユーロビートの重低音に乗って、ポポロ村の住民たちの脳髄を直接揺さぶっていた。
農作業の手を止めた村人たちが、まるでゾンビのように、手持ちの野菜や小銭を抱えて広場へと集まってくる。
『絶対無敵のスパチャアイドル!』
『五円が積もれば 山となる!』
『御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ』
『推しの生活 支えてちょーだい!』
「もってけ泥棒ぉぉっ! うちの高級卵だぁぁっ!」
さっきリーザを怒鳴りつけた八百屋の親父が、涙を流しながら高級卵のパックを賽銭箱に放り込んだ。
「お小遣いの銅貨、全部あげるぅぅっ!」
村の子どもたちまでが、貯金箱をひっくり返して投げ銭を始めている。
『絶対無敵のスパチャアイドル!』
『穴の数だけ 幸せあげる!』
『五円で繋がる 無限のループ』
『ハイ!ハイ!スパチャよろしく!』
「「ハイ! ハイ! スパチャよろしくぅぅぅっ!!」」
リン、デュアダロス、そして村人たち全員が、発光大根やネギをサイリウム代わりに振り回し、地響きがするような大合唱を返す。
賽銭箱の中には、金貨、銅貨、卵、大根、コロッケなど、ありとあらゆる『推しへの愛(供物)』が雪崩のように積み上がっていった。
「ハァ、ハァ……! みんなぁっ! たくさんのスパチャ(御縁)、本当にありがとうございますのぉぉっ!」
曲が終わり、リーザが深々と頭を下げると、広場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「……ハルト。あなた、とんでもないモンスター(集金マシーン)を解き放っちゃったんじゃないの?」
いつの間にか隣に立っていたキャルルが、呆れたようにため息をついている。
スアイも「……魔王軍の徴税システムよりエグいわね、これ」と戦慄していた。
俺は、賽銭箱の中に山積みになった供物と、それに頬ずりをして歓喜の涙を流している芋ジャージの少女を見て、額の汗を拭った。
「……まぁ、あいつがポイ活でゴミを漁るよりは、よっぽど健全なビジネスモデルだろ」
俺は強がりを言ったが、内心では少しだけ後悔していた。
この圧倒的な『強欲』と『ファンを狂わせる才能』。
極貧地下アイドルは、俺が与えたステージとシステムによって、最悪の形で覚醒してしまったのだ。
「ハルトP! 明日はもっと大きな賽銭箱を用意してくださいませ! わたくし、世界中のお金をこのポポロ村に集めてみせますの!」
リーザが五円玉を輝かせながら、恐ろしい野望を口にする。
「……ほどほどにな。俺は定時で帰るから、集計は自分でやれよ」
俺は逃げるように畑へと踵を返した。
農家の平穏な日常に、資本主義とアイドルオタクの狂気が完全に根付いてしまった、恐ろしい昼下がりであった。




