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『【農具箱】で最強スローライフ!〜ハズレスキルと現代農業知識を合わせたら、厄災も魔王軍もスコップ一つで定時退社できました〜』  作者: 月神世一


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EP 5

天界マネーで作る、農業用特設ステージ

翌朝。

寝不足で重い瞼をこすりながら、俺は定時である朝八時に畑へと向かっていた。

昨晩の「ファミレス・ドリンクバー論争」のせいで、俺の布団の周りには三人の美女が川の字(というか俺を包囲する形)で寝る羽目になり、俺は一晩中、寝返りを打つことすら許されなかったのだ。

「ふぁぁ……。定時退社しても、家の中がブラックな労働環境(接待)じゃ意味がない……」

愚痴をこぼしながら村の広場を通りかかると、そこには朝から異様な光景が広がっていた。

「さぁ、ポポロ村のみんなぁっ! 今日も元気にいくわよ! 朝のスマイル、ゼロ円ですわぁっ!」

広場のど真ん中。

どこから拾ってきたのか、ボロボロになった『みかん箱(段ボール製)』をひっくり返してその上に立ち、小豆色の芋ジャージ姿で満面の笑みを振りまいている人魚姫――リーザの姿があった。

彼女の目の前(観客席)にいるのは、広場でエサをついばんでいる数羽の鳩と、昨日リーザに投げ飛ばされた角付きの野良犬、そして竹箒を持って広場の掃除パシリをしている極道邪神デュアダロスの、計三名(と数匹)のみである。

「……あいつ、こんな朝っぱらから何やってんだ」

俺が呆然と立ち尽くしていると、ハンモックから這い出してきたリンがあくびをしながら隣に立った。

「地下アイドル特有の『朝活路上ライブ』だろ。ルナミス帝国にいた頃からの日課らしいぜ。……まぁ、観客が鳩と犬とヤクザしかいねぇけどな」

リーザはマイクの代わりに、畑で採れた細長い『キュウリ』を握りしめ、ポーズを決めている。

「みんなの視線を独り占め! だけどお賽銭スパチャは独り占めさせないでね! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザ、いきまーす!」

彼女が歌い出そうと、みかん箱の上で勢いよくステップを踏んだ、その瞬間だった。

『メシャッ!!』

「あびゃっ!?」

湿気を含んで脆くなっていた段ボールのみかん箱が、彼女の体重とステップの衝撃に耐えきれず、無惨にもペシャンコに潰れた。

リーザはそのままバランスを崩して地面に倒れ込んだが、長年の極貧サバイバルで培われた見事な『受け身』をとり、無傷で転がった。

「くっ……! この程度のアクシデント、ステージの演出の一部ですわ! みんな、今のわたくしのドジっ子アピールに、スパチャをお願いしますの!」

リーザは地面に這いつくばったまま、キュウリをマイクにして必死に笑顔を作っている。

だが、鳩はバサバサと飛び去り、野良犬は呆れたようにそっぽを向き、デュアダロスは「姐さんのお友達、ちょっと痛い子やな……」と哀れみの目を向けていた。

「…………」

俺は、激しい頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

前世で、予算ゼロの企画を押し付けられて、段ボールで手作りの展示ブースを作らされた新人時代を思い出してしまったのだ。あの時の、客に見向きもされない惨めさと、自分の労働の無価値さへの絶望。

「……おい、リン。天界マネーの口座残高、まだ余裕あるか?」

俺が低く静かな声で尋ねると、リンはエンジェルすまーとふぉんを操作して頷いた。

「おう。お前がビニールハウス作った後も、ワイズのチャンネルからの横流しスパチャが止まらねぇからな。金貨九千枚はくだらねぇぜ。……何だ、また何かポチるのか?」

「あぁ。俺のホワイト農場の景観コンプライアンスに、あんな惨めな段ボールステージは似合わない。あいつが俺の『業務委託(食品廃棄)』を受けている以上、俺にはあいつの労働環境を整える義務プロデュースがあるからな」

俺は腕をまくり上げ、【URスコップ】と【UR鍬】を腰に帯びた。

「スアイ、キャルル! 昨日のビニールハウスのパイプの余りを持て! デュアダロス、お前は力仕事だ!」

俺の号令に、朝食の片付けを終えたスアイとキャルル、そして掃除中のデュアダロスが一斉に集まってきた。

「ハルト、今度は何を作る気?」

「おやつを作る施設なら、私、また安全靴でパイプ打ちのキックをやるわよ!」

「おうハルトのダンナ、俺の極道パワー、存分に使うてくれや!」

俺は広場の開けた場所を指差した。

「あそこに、リーザのための『農業用特設ライブステージ』を建設する!」

     * * *

まずは基礎工事だ。

俺はURスコップを構え、「俺が平らだと思えば、ここは完璧な基礎だ!」と念じながら広場の土を削り取った。一瞬にして、コンクリートのように硬く平らな長方形の土台が完成する。

「リン! 地球の農業用資材を呼び出せ! まずは『2トントラックの荷台フラットタイプ』だ!」

「あいよ! 農村の祭りといったら、軽トラや2トントラックの荷台をステージにするのが最強のソリューションだからな!」

空間が歪み、真っ白な2トントラックの巨大な荷台部分だけが広場にドスンと出現した。

「よし! 次はビニールハウス用の単管パイプで、ステージの骨組み(トラス)と屋根を作るぞ! キャルル、打ち込め!」

「任せて! 『月影流・安全靴スタンプ』!」

ドスッ! ドスッ!

キャルルが特注の安全靴でパイプを蹴りつけ、トラックの荷台の周囲に完璧な精度でステージの骨組みを組み上げていく。

「スアイ、デュアダロス! 荷台の上に、スリップ防止用のゴムマットと、装飾用の真っ赤な『防草シート』を敷き詰めろ!」

「防草シートをレッドカーペットの代わりに使うなんて、相変わらず農家らしい発想ね」

スアイが笑いながらシートを風魔法で広げ、デュアダロスがそれをタッカーでバチンバチンと固定していく。

「よし、土台は完成だ。だが、アイドルステージの命は『光と音』だ! リン、照明器具を出せ!」

俺の指示でリンが取り寄せたのは、アイドルのライブ用機材などではない。

「ほらよ! 『害獣撃退用・超高輝度LEDストロボ(農業用)』と、『カラス除け・大音量超音波スピーカー』だぜ!」

「完璧だ。これをステージの四隅と上部に設置しろ!」

農業用の害獣撃退LEDは、本来、熊やイノシシを追い払うために、赤、青、緑の原色光をランダムかつ強烈なスピードで点滅させるという凶悪な仕様になっている。これがステージの骨組みに取り付けられると、まるで最新鋭のサイバーパンクなクラブハウスのような、ド派手なレーザー照明設備へと早変わりした。

「電源はどうするの?」

キャルルが尋ねると、俺はリンを指差した。

「俺が自家発電(数億ボルト)してやるよ。スピーカーの魔力変換も俺の雷でやってやるから、音響も最強だぜ」

「音響、照明、ヨシ! スアイ、お前には『特殊効果スモーク』を頼みたい。ライブが盛り上がったタイミングで、氷魔法でステージの足元に冷気を這わせて、ドライアイスの霧を作ってくれ」

「ふふっ、魔将軍の魔法を舞台装置に使うなんて贅沢ね。いいわ、やってあげる」

わずか二時間。

天界マネーとUR農具、そして農業用資材の暴力的なまでの相乗効果により、ポポロ村の広場に『ポポロ村農業用特設ライブステージ(仮)』が爆誕した。

トラックの荷台をベースにしながらも、単管パイプで組まれた重厚なトラス構造。四隅から放たれる害獣撃退LEDのド派手な照明。そして、スアイの魔法によるひんやりとしたスモークが足元を漂う、謎のプロフェッショナル感が漂う空間。

「……ハルト様、これは……」

みかん箱の残骸の前で呆然としていたリーザが、震える足でステージの前に歩み寄ってきた。

「お前の新しい職場だ。俺の畑で採れた野菜の廃棄処理業務(食事)の合間に、ここで好きに歌え。ただし、定時(17時)以降の音出しは禁止だぞ。近所迷惑だからな」

俺が麦わら帽子を直しながら言うと、リーザの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。

「ハルト様……っ! いや、プロデューサー様ぁぁぁっ!!」

リーザは芋ジャージのまま、俺の胸にダイブしてきた。

「うおっ!? 鼻水つけるな!」

「わたくし……わたくし、ずっと夢だったんですの! ルナミス帝国でも、こんな立派な自分だけのステージなんて持てませんでしたわ! ずっと、橋の下や、デパートの屋上の隅っこで、怒られながら歌ってましたの……っ!」

リーザは俺の服をギュッと掴み、子どものようにしゃくり上げた。

「防草シートのレッドカーペット……害獣を追い払うほどの強烈なスポットライト……これぞまさに、地下アイドルから地上へと舞い上がるための、最高の舞台ステージですわ! ハルトP、一生ついていきますのぉぉっ!」

「だからプロデューサーじゃねぇって。俺は農家だ」

俺は溜息をつきながらも、泣きじゃくる人魚姫の頭をポンポンと撫でてやった。

「あらあら。またハルトの『無自覚な餌付け』が発動したわね」

「本当よ。胃袋の次は、夢のステージまで与えちゃうんだから。ハルト、本当に罪な男ね」

スアイとキャルルが、腕を組んでジト目で俺を見ている。

「おうおう、姐さんのお友達、良かったのぅ。俺も裏方(警備スタッフ)として、しっかりこのシマの平和を守ったるからな」

デュアダロスも、いつの間にか黒服の警備員のようにサングラスをかけ、腕を後ろに組んでステージの横に立っている。完全にスタッフの顔だ。

「よし! ならば、早速テスト配信ライブといくぜ!」

リンがステージの横に立ち、エンジェルすまーとふぉんを操作して『ゴッドチューブ』の配信準備を整えた。

「電源オン! 照明、最大出力!」

バチィッ!!

リンの雷エネルギーが流れ込むと、害獣撃退用LEDが赤・青・緑の極彩色の閃光を放ち、広場をライブ会場へと変貌させた。スアイの氷魔法によるスモークが、ステージ上に幻想的な霧を作り出す。

リーザは涙を拭い、トラックの荷台の階段を一段一段、踏みしめるように登った。

そして、ステージの中央に立つ。

先ほどまでのみかん箱の上とは、表情が全く違っていた。芋ジャージ姿でありながら、その姿は紛れもなく、海を統べる誇り高き『人魚姫』であり、スポットライトを一身に浴びる『アイドル』だった。

「テステス……あー、あー! マイクの感度、良好ですわ!」

リンが用意したマイク(今度はキュウリではない)を握りしめ、リーザがニヤリと笑う。

「ポポロ村のみんなー! そして、配信を見てるかもしれない未来のパトロン(ATM)たちー! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザのステージへようこそですの!」

リーザの透き通るような声が、超音波スピーカーを通して村中に響き渡る。

俺は左腕の魔導時計を見た。

時刻は12時00分。ちょうど昼休みの時間だ。

「よし。俺のプロデュース(業務外労働)はここまでだ。あとは好きにやれ」

俺がステージ下で見守る中、リーザは大きく息を吸い込んだ。

ここから彼女の、あの強烈な持ち歌が披露され、リンとデュアダロスが厄介なオタクへと変貌していくのだが……。

それは、昼飯を食べた後の午後のお楽しみである。

「とりあえず、今日の昼飯は、塩むすびと卵焼きにするか」

俺は眩しいストロボの光を背に受けながら、平和なホワイト農場のキッチンへと向かうのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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