EP 3
幻の聖獣は、美味い農家飯の匂いに釣られる
縁側に並べたのは、森で採れた『肉椎茸』と『醤油草』のタレを使った熱々の絶品ステーキ丼。
「ぐきゅるるるるるるるるっ!」
雷鳴かと思うような凄まじい腹の虫の音が、見知らぬ銀髪イケメンの腹から鳴り響いた。
「誰だお前っ!?」
スアイが即座に立ち上がり、立てかけてあった鎖斧を手に取って構えた。元魔将軍である彼女の顔に、冷や汗が伝っている。
「何者よ……この非常識なプレッシャー。ただの人間じゃないわね!」
縁側に立つ男。ハイブランドのストリート系ファッションを気崩し、ジャラジャラとシルバーアクセサリーを鳴らしている。銀色の髪から覗く瞳は、ひどく気怠そうだった。
第六の聖獣、幻の麒麟――世界の神々でさえ頭を悩ませる高次元の存在であることを、俺はこの時知る由もなかった。
「あー……ガオンの奴ら、またドロドロの痴話喧嘩して出社拒否してんのかよ。マジだるい。……てか、おい」
銀髪のイケメンは、スアイの放つ殺気や警戒を完全に無視し、七輪の上でジュージューと焼かれている肉椎茸のステーキに釘付けになっていた。
「おい、そこの農家。信じられないくらい美味そうな匂いがするじゃねぇか。一口よこせ」
スアイが「近づくな!」と威嚇の声を上げるが、俺はトングで肉椎茸をひっくり返しながら、深々とため息をついた。
「お前、人の家の敷地に勝手に入ってきて、挨拶もなしに飯を寄こせとは。ずいぶんと非常識なヤツだな」
「は? お前、俺が誰だか……」
「食いたきゃ、そこの水道で手を洗ってこい。泥だらけの手で飯を食うのは、農家の誇りとして許さんぞ」
「…………」
イケメンは呆気に取られた顔で俺を見つめた後、毒気を抜かれたように肩をすくめ、素直に庭の水道へ向かってゴシゴシと手を洗い始めた。ヤンキー風のすさまじい威圧感はどこへやら、ただの腹ペコな近所の兄ちゃんにしか見えない。
「ちょっとハルト! あいつ、絶対に危険よ! 追い返さないと――」
「まぁいいだろ。飯の用意はできてるんだ。俺は前世で、昼休みに飯を食う時間すら削られるブラック企業にいたからな。腹を空かせてる奴を追い返す気にはなれない」
俺は炊きたての『米麦草』のライスを丼に盛り、肉の圧倒的な厚みとキノコの旨味を併せ持つ肉椎茸のステーキを豪快に乗せた。ワサビと刻み海苔を散らし、仕上げに醤油草から絞った特製ダレを回しかける。俺特製、『肉椎茸ステーキ丼』の完成だ。
手を洗って戻ってきたイケメンの前に、どんぶりをドンと置く。
「ほら、食え」
「……ちっ、偉そうに」
イケメンは文句を言いながら箸を持ち、肉椎茸とご飯を大口で放り込んだ。
その瞬間。彼の目がカッと見開き、動きが完全に停止した。
「……っ!? な、なんだこれ!? 分厚い肉の脂の甘みと、キノコの強烈な旨味が……っ! それにこのタレ! 鼻を抜けるワサビの刺激が完璧に調和して……ヤバい、箸が止まらねぇ!!」
彼はヤンキーの威厳など完全に投げ捨て、ガツガツと猛烈な勢いで丼を掻き込み始めた。
「おかわり!」と三杯を平らげた後、彼は満足そうに腹を叩いて縁側にゴロンと寝転がった。
「あー、最高だ。俺、今日からここに住むわ。名前はリンな。よろしく」
「はぁ!? 勝手なこと言わないでよ! あんたみたいな正体不明の――」
スアイが噛み付こうとしたが、リンはおもむろに懐からゴツいハードケースに入ったスマートフォン――『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
「まぁまぁ、家賃代わりに設備投資してやるからよ」
リンが画面を適当にフリックすると、空間が歪み、次々と荷物が落ちてきた。
最新型の大型バーベキューグリル、地球の高級調味料セット、ふかふかの最高級ハンモック、そして極上のポポロコーヒーの豆袋。これらはリンが、天界システムのバグを利用して『限度額無制限の不正通販』でポチったものだ。
「なっ、なんだこれ!?」
「ただのネット通販だ。気にすんな。ああ、俺はあそこのハンモックで寝るから、明日からのメシも頼むわ、ハルト」
「……まぁ、食費と設備を負担してくれるなら、俺は文句はないか。スアイもいいだろ?」
スアイは高級な地球の調味料と立派なグリルを見て、元魔将軍のプライドと実益を天秤にかけ……「……まぁ、料理のレパートリーが増えるなら、仕方ないわね」とあっさり陥落した。
サビ残も理不尽な上司もいない、ふかふかの極上の畑。
一緒に農作業を楽しんでくれる、理解のある元魔将軍のスアイ。
そして、なんかヤバそうなオーラを出しているが、美味い飯さえ食わせれば大人しい、便利な用心棒のリン。
俺の思い描いていた『定時退社スローライフ』の拠点が、ここに完璧な形で完成したのだ。
「よし。明日は早起きして、あの極上の土に太陽芋の種を蒔くぞ。もちろん、定時の17時には上がって、このグリルで宴会だ」
* * *
一方その頃、次元を超えた天界の一室。
無数のモニターが並ぶ神界の配信ルームで、スタイリッシュなタンブラーでカプチーノを飲んでいた青年神――炎上神ワイズが、苛立ちに顔を歪めていた。
『なんだ、このヌルいほのぼの配信は……! 全然視聴率(PV)が取れないだろうが!』
ワイズがモニターを睨みつける。そこには、肉椎茸丼を美味そうに食うハルトたちの姿が『ゴッドチューブ』で配信されていた。
本来なら、ポポロ村は土壌が死に絶え、過酷な環境で苦しむはずの村だ。そこへ悲劇を投下し、炎上させるのがワイズの描いたシナリオだったのだ。
『俺の完璧な炎上悲劇プロットを、ただの農家飯テロ配信で上書きしやがって……!』
ワイズは冷酷な笑みを浮かべ、手元のエンジェルすまーとふぉんを操作した。
『よし、契約勇者ゼロスの出番だ。あの村に魔獣の大群を差し向け、地獄の炎上で燃やし尽くしてやろうじゃないか』
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