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『【農具箱】で最強スローライフ!〜ハズレスキルと現代農業知識を合わせたら、厄災も魔王軍もスコップ一つで定時退社できました〜』  作者: 月神世一


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EP 2

元氷魔将軍のDIY開拓女子と、チートな鍬

ポポロ村の端、のどかな風が吹き抜ける広大な開拓予定地。

「……なんで、なんで育たないのよっ!」

美女が苛立ち任せに地面を蹴ると、周囲の土が絶対零度の冷気でカチカチに凍りついた。

鬱蒼とした異世界の森を抜けた俺の目に最初に飛び込んできたのは、そんな極めてファンタジーかつ、農業的には最悪の光景だった。

空は地球よりも少しだけ彩度の高い青色をしており、遠くにはのどかな風車が回っている。だが、俺の視線は風景よりも、目の前の奇妙な光景に釘付けになっていた。

絶世の美女、という言葉が安っぽく聞こえるほど整った顔立ち。腰まで伸びた美しい銀髪。しかし彼女が着ているのは、俺と同じ謎のホームセンター『タローマン』のロゴが入った、極めて頑丈なデニムのオーバーオール(作業着)と泥だらけの長靴だった。

溢れ出る色気と、ガチの農作業スタイルのギャップに脳がバグりそうになるが、問題はそこではない。

「あー、ちょっとすいません」

俺はたまらず声をかけた。

「誰っ!?」

美女が鋭く振り返る。その瞬間、彼女の全身から凄まじいプレッシャーと殺気が放たれた。普通の人間ならその場にへたり込むか、最悪ショック死するレベルの『魔将軍の覇気』というやつだろう。

だが、前世で「今日中にこのデータ1万件手打ちでまとめとけ。あ、残業代は出ないからな」と笑うブラック企業の営業部長の笑顔に比べれば、物理的な殺気などそよ風に等しい。

俺は殺気を完全にスルーし、彼女の足元――先ほど彼女が怒り任せに蹴りつけ、白く凍りついた地面の土を無造作に掬い上げた。

「おい、何をしているの。私の畑に勝手に入らな――」

「やっぱりだ。土壌のpH値が極端に酸性に傾きすぎてる。それに、あんた今、魔法の冷気で地面を凍らせただろ? それが一番ダメだ。土の中の有用なバクテリアや微生物が全部死滅して、土の『団粒構造だんりゅうこうぞう』が完全に崩壊してるぞ」

「……は?」

殺気を放っていた美女が、ポカンと口を開けた。

俺は構わず、農学部卒にして元・農業資材メーカー営業の早口オタクモードに入っていた。

「いいか、植物が育つためには、土の粒と粒の間に適度な隙間……つまり水と空気が通る『団粒構造』が必須なんだ。あんたの畑は冷気魔法の霜柱で土の構造が破壊されて、ただの泥の塊(単粒構造)になってる。これじゃあ水はけも通気性も最悪だ。いくら表面に水や魔法をかけても、根腐れして終わりだね」

「なっ……!」

美女は図星を突かれたのか、顔を赤くして反論してきた。

「わ、私だって色々試したわよ! でも、この村の土は元々魔力が少なくて、私の氷魔法で少し冷やして引き締めないと――」

「農業に魔力による力技は不要だ。必要なのは、土への理解と適切なアプローチだよ」

俺はため息をつきながら、見習い女神リリスから押し付けられたハズレスキル【農具箱】を念じた。

空間が歪み、俺の手に握られたのは、使い込まれた銀色の『くわ』と、謎の『肥料袋』。

「……何よ、それ。ただの鍬じゃない。そんな鉄くずで、私の氷魔法でもどうにもならなかったこの荒れ地をどうにかできるって言うの?」

「まぁ、見てなって」

――『UR鍬:所有者が耕すと決めた大地を、瞬時に理想の土壌へと物理的に変換する』

脳内にインフォメーションが流れる。

俺は肥料袋から一握りの肥料を荒れ地にパァッと撒き、大きくUR鍬を振りかぶった。

「サビ残なし、休日出勤なし! 俺は定時で帰って美味い飯を食うホワイト農場を作る!」

労働基準法への切実な祈りと共に、UR鍬をカチカチに凍りついた酸性の土へ振り下ろした。

ザクッ!

その瞬間、目を疑うような光景が広がった。

鍬が入った起点を中心に、カチカチの凍土がまるで意思を持ったかのように波打ち、みるみるうちに反転していく。酸性で赤茶けていた土が、一瞬にしてふっくらとした黒々とした極上の土へと変貌していく。

さらに撒いた肥料の成分(窒素・リン酸・カリ)がUR鍬の理不尽判定によって瞬時に土壌と完璧なバランスで結合。

わずか数秒で、数十坪の荒れ地が、まるで高級ベッドのようにふかふかで、命の匂いがする『究極の黒土』へと作り変えられたのだ。

「……えっ? 嘘、でしょ……?」

美女が膝から崩れ落ち、震える手でその黒土に触れた。

「あたたかい……。それに、この土の柔らかさ……。私がいくら魔力を使っても、あんなにカチカチだったのに……!」

彼女は両手でふかふかの土を掬い上げ、まるで宝石でも見るかのように目を輝かせた。その頬は興奮で赤く染まり、先ほどまでの恐ろしい覇気は完全に消え去っていた。

「どうだ? 完璧な団粒構造だろ。これなら水はけも保肥力も最高だ。明日からでも種が蒔けるぞ」

俺が鍬を肩に担いで笑うと、彼女はガバッと顔を上げ、すさまじい勢いで俺に詰め寄ってきた。

「あ、あんた! いったい何者なの!?」

「ただの、定時退社を愛する農家だよ」

「……決めたわ。あんた、今日から私の家に住みなさい!」

「はい?」

「私はスアイ! 実は前までブラックな軍(魔王軍)で氷魔将軍なんてアホくさい管理職やってたんだけど、あいつら極寒の戦場で露出度の高いビキニアーマーとかいうセクハラ装備を強要してくるのよ! だから辞表叩きつけて、この村で最高のDIY農場を作るって決めたの!」

スアイは俺のタローマン製の作業着をガシッと掴み、目を血走らせて言った。

「あんたのそのチートな鍬と知識があれば、最高の畑ができるわ! 家賃も食費もタダでいい! だから私の専属農家パートナーになりなさい!」

住み込み、家賃・食費無料。おまけに農業の裁量権は俺にある。

何より、トップが「ブラック労働とセクハラを親の仇のように憎んでいる」という、完璧なホワイト職場の条件が揃っていた。

「……いいだろう。ただし、俺の定時は17時だ。それ以降の農作業(残業)は絶対にしないぞ」

「交渉成立ね! ふふっ、最高の土……あぁ、早く何か植えたいわ……!」

元魔将軍という肩書きが嘘のように、スアイは土に頬ずりして恍惚の表情を浮かべていた。

極上の土に満足し、二人でスアイの家(手作りの立派なログハウスだ)の縁側で夕食の準備を始めようとした、その時だった。

俺が森で拾ってきた、分厚いステーキ肉のような『肉椎茸』を七輪で焼き、醤油の香ばしい匂いが漂い始めた瞬間。

「……おい。信じられないくらい美味そうな匂いがするじゃねぇか」

背後の縁側の影から、とてつもないプレッシャーと神気を放つ声が響いた。

スアイが弾かれたように立ち上がり、鎖斧を構える。

だが、その圧倒的な声の主の腹からは――。

『ぐきゅるるるるるるるるっ!!』

雷鳴かと思うような、凄まじい腹の虫の音が鳴り響いていた。

お読みいただきありがとうございます!


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