EP 2
限界ポイ活人魚と、地獄のサバイバル技術
「……で、結局なんでお前は、そんな必死になって村のゴミ捨て場を徘徊してるんだ?」
ポポロ村の外れ。朝霧が立ち込める中、俺は冷や汗をかきながら、トングを片手に必死の形相で何かを探しているリーザを背後から見守っていた。
リーザは芋ジャージの裾を汚すのも厭わず、ゴミ集積所に頭から突っ込んでいる。彼女の目的は、タローソン(コンビニ)が廃棄した『期限切れ間近の弁当』だ。
「ハルト様! 見てください! 廃棄時間の十五分前ですわ! この『海鮮丼』、廃棄の印がついているのに、まだ少しだけ冷たい……! 今ならまだ、お腹を壊さずに美味しく頂けますわ!」
「いや、俺がさっき持ってったトマトがあるだろ! なんでそこまでしてコンビニのゴミにこだわるんだ!」
リーザはキラキラと輝く瞳で、拾い上げた海鮮丼を大事そうに抱きしめた。
「甘えはいけませんの。ファンに夢を売るアイドルが、パトロンの好意に甘えすぎては堕落します。この逞しさこそが、わたくしの生命線ですのよ!」
その時だった。
背後の茂みから、ガウッ!と低く唸るような声が聞こえた。
見ると、野良犬というにはあまりに巨大で、赤く血走った眼をした『角付きの野良犬』が、リーザの持っている海鮮丼を狙って牙を剥いていた。
「あ……。わたくしの海鮮丼が……」
リーザは怯えるどころか、逆に怒りで芋ジャージの肩を怒らせた。
「このドブネズミがぁぁぁ! 人のアイドルの朝食を奪おうなんて、十万年早いですわっ!」
リーザは持っていたトングを武器のように構えると、なんと獣に対して物理的に突っ込んでいった。
「待て馬鹿! それは魔獣だ!」
俺の叫びも虚しく、リーザは信じられない速度で野良犬の鼻先をトングでパチパチと叩き、隙を見せた瞬間に海鮮丼を死守しながら、もう片方の手で野良犬の耳を掴んで投げ飛ばした。
「せいやぁぁぁっ!」
ドスッ!
軽やかな投げ技で野良犬を退けたリーザは、息を乱すことなく「フンッ」と鼻を鳴らした。
「……これぞ、地下アイドル流・海鮮丼防衛術ですの。ハルト様、一つ勉強になりましたわね?」
「……お前、本当に人魚姫なのか?」
俺はあまりの生存能力の高さに、腰から力が抜けるのを感じた。
* * *
その後も、リーザのポイ活サバイバルは止まらなかった。
彼女は俺たちの呆然とした視線を無視して、村の交番へと向かった。
「ハルト様、見ていてくださいまし。ここからが『本番』ですわ」
リーザは交番の前で、突然、意味不明な『反復横跳び』を始めた。
それも、ただの反復横跳びではない。マッハの速度で足を動かし、地面に『残像』を残すほどの超高速反復横跳びだ。
「……何してんだ、あいつ」
「わからないわ……でも、なんかすごく楽しそう……」
スアイがドン引きしながら呟く。
すると、交番の中から慌てて警察官が飛び出してきた。
「な、なんだ君は!? なぜそんなところで人間離れした反復横跳びを……! 職務質問だ! 中へ入りなさい!」
取り調べ室へ連行されたリーザは、数分後――なんと、ホカホカに温められた『カツ丼』を、まるで女王様のように優雅に食しながら出てきた。
「ふふん、取り調べ室のカツ丼は、ソースの味が染み込んでいて絶品ですわ。それに、パトロール中のお巡りさんと世間話をすれば、帰りにポケットティッシュと飴玉も貰えますの。これは『情』と『食』の無限サイクルなのです」
「警察すら餌付けしてるのかよ……」
俺は膝から崩れ落ちそうになった。前世の限界社畜時代、俺がどれほど理不尽に耐え、上司に媚びへつらって生活費を稼いでいたか。彼女はそんな苦労を一切せず、持ち前の図太さと生存本能だけで、人生をイージーモードに変換していたのだ。
「次は銭湯に行きますわ! 湯船に浸かって、そのお湯を『人魚の出汁(良い出汁が出ていますよ〜!)』として、そこらのおじいちゃんに五円で売るんですの!」
「……もうやめてくれ。俺の農家としてのプライドが、お前のその逞しさに押し潰されそうだ」
俺は泣きそうになりながら、リーザの背中を見送った。
* * *
その日の夕方。
ポポロ村の広場で、いつものように宴会が開かれていた。
リーザは、ポイ活でゲットした戦利品(お惣菜や飴玉)をテーブルに並べ、まるで女王様のように胸を張っている。
「キャルルさん、見てください! 今日は近所のおばちゃんからコロッケを三つも貰いましたの!」
「あら、すごいじゃないリーザ。でも、ハルトの作った特製ポテトサラダもあるから、今日はそれとあわせて食べましょう?」
「……ハルト様、このポテトサラダ、まさか捨てられたお芋で作ったわけではありませんわよね?」
「いや、これは俺が朝収穫した最高級の太陽芋だ! 勝手にゴミ認定するな!」
キャルルとスアイ、そしてそこに極道邪神のデュアダロスが混ざり、いつもの賑やかな食卓が広がっていく。
デュアダロスはリーザの隣で、彼女が拾ってきた『五円玉』をせっせと磨いている。
「姐さん、この五円玉、光沢が足りへんで。もっと魂を込めて磨かんと」
「デュアダロス! 磨き方が甘いですわ! この五円玉はわたくしの生命線ですのよ!」
俺はそんな光景を眺めながら、思わず苦笑してしまった。
前世では、こんなふうに誰かと食卓を囲むことすらままならなかった。それが今では、人魚姫に邪神、元将軍にお姫様までが集まって、他愛もない会話で笑い合っている。
「……ま、お前たちが楽しそうなら、それでいいか」
俺は湯呑みのお茶を啜り、夕暮れの空を見上げた。
だが、その平和な風景を影から覗き見ている存在がいた。
リーザの背後、村の境界線の森の奥。
そこには、人魚の鱗を持つ屈強な半魚人の戦士たちが、静かに、そして鋭い眼光でリーザの姿を凝視していた。
「……見つけたぞ。あの方の、愛しきお嬢様を……」
影の中に潜む戦士が、手にした古びた魔導具でリーザの様子を記録する。
「母君(女王リヴァイアサン)のご命令だ。地下アイドルなどという賤業に手を染めるお嬢様を、力ずくで海中に連れ戻す。……たとえ、この地でどんなに『強大な勢力』が守っていようともな」
俺はその殺気に気づくことはなかった。
ただ、夕飯の献立の『肉椎茸』を裏ごししながら、「明日は何を作ろうか」と、未来の平和なティータイムのことだけを考えていた。
俺のホワイト農場の平和は、今日もまた、誰にも気づかれないところで、極貧アイドルと王国の影によって揺らぎ始めている。
読んでいただきありがとうございます。
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