第三章 極貧地下アイドル人魚姫のポポロ村ライブ
村長宅の居候と、極貧サバイバル人魚
レオンハート獣人王国の暗部がポポロ村の境界線まで迫っていたという不穏な気配は、極道邪神デュアダロスが「パトロール(散歩)」のついでに、物理的にボコボコにして追い払ったらしい。
「シャバの空気を濁すドブネズミはお断りや」と凄んだ彼によって、俺たちの平和なホワイト農場ライフは、あっけなく守られていた。
前章でのキャルルによる『満月の夜・強制全回復カチコミ』から数日が経ち、村人たちも極度の健康体を持て余しながら、元ののどかな日常へと戻っていた。
俺、白石春人は、朝の定時内農作業を終え、収穫したばかりの瑞々しい『朝もぎトマト』と『太陽芋』の入ったカゴを提げて、村長であるキャルルの住む集会所兼自宅へと向かっていた。
「おはよう、キャルル村長。今日の分の野菜の納品と、村の備品の決裁書を持ってきたぞ」
俺がノックをして扉を開けると、そこには、異世界の常識を根本から覆すような、あまりにもカオスな朝の光景が広がっていた。
「……ん? ハルト? おはよー! ちょうど朝ごはん食べてたところよ」
広々としたダイニングテーブル。
その上座で、キャルルはグレーのパーカー姿で優雅に朝食を楽しんでいた。
メニューは、俺の畑で採れた新鮮なレタスと特製ベーコンを挟んだ分厚い手作りサンドイッチ。そして、絞りたての人参とリンゴのフレッシュジュースだ。なんとも健康で充実した、QOL(生活の質)の高い食卓である。
だが、問題はその『対面』だ。
キャルルの向かいの席に、見慣れない少女が座っていた。
年齢は十六歳くらいだろうか。透き通るような白い肌に、海の底を思わせる深いアクアマリンの長い髪。その美貌は、間違いなく『絶世』と呼ぶにふさわしい、神秘的で高貴なオーラを放っていた。
――首から上『だけ』は。
「もぐもぐもぐ……ッ、ングッ、かはっ!?」
その美少女は、ルナミス帝国のデパートのワゴンセールで売っていそうな、ダサい小豆色の『芋ジャージ』を上下に着込み、足元には年季の入ったイボイボの『健康サンダル』を履いていた。
しかも、彼女が必死に両手で抱え込んで齧っているのは、パン屋の裏でタダで配られているような『パンの耳』だ。
おかずは、どう見ても公園の隅で摘んできたような『雑草のサラダ』と、硬く茹でられた卵が一つ。
「…………村長。あの、そこの芋ジャージの生き物は、なんだ?」
俺が持っていたトマトのカゴを落としそうになりながら尋ねると、その少女は「ぶふっ!」とパンの耳を吹き出し、バンッ!とテーブルを叩いて立ち上がった。
「し、失礼ですわね! 芋ジャージの生き物ではありませんわ! わたくしは、海中国家シーランの第三王女にして、ルナミス帝国で絶賛バズり中(予定)の絶対無敵スパチャアイドル、リーザですのよ!」
「シーラン国……!? 確か、世界中の海を統べる人魚や魚人たちの国じゃないか!」
第一章でスアイが語っていた、大陸に匹敵する力を持つ強国。その国の王族たる『人魚姫』!?
どう見ても、パチンコ屋の開店前に並んでいるニートか、その日暮らしのプロにしか見えないんだが!
「あ、ハルト。紹介するわね。この子、リーザ。私がルナミス帝国で冒険者やってた時に、シェアハウスで一緒に住んでたルームメイトなのよ」
キャルルがサンドイッチを齧りながら、あっけらかんと言う。
「私がポポロ村の村長になったって手紙を出したら、昨日、突然転がり込んできたの。はいリーザ、ハルトはここの農場主で、とびきり美味しい野菜とスイーツを作れる天才よ」
「天才パティシエ……!?」
リーザと呼ばれた人魚姫は、俺が手に持っている『朝もぎトマト』を、野生の獣のようなギラギラとした目で見つめた。
「じゅるり……」
明らかに生唾を飲み込む音が聞こえた。
「おい、キャルル。ルームメイトなら、なんでお前だけそんな豪華なサンドイッチ食って、その子にはパンの耳と雑草しか食わせてないんだよ! 児童虐待か!?」
俺が非難の声を上げると、キャルルは心外だというように唇を尖らせた。
「人聞きの悪いこと言わないでよ! 私だってちゃんと『食べる?』って勧めたのよ!」
「ふんっ! アイドルたるもの、ファン以外の施しは受けないんですの!」
リーザはふんぞり返り、芋ジャージの襟を正して腕を組んだ。
「わたくしは、高貴な人魚姫! そしてステージの上で輝く星! キャルルさんのような一般ピーポーからの同情で出されたサンドイッチなど、この誇り高き唇が受け付けるはずが――」
「ぐきゅるるるるるるるるるっ!!」
リーザの腹の虫が、雷鳴のような轟音を立てて鳴り響いた。
誇り高き人魚姫の顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
「……食べる? リーザちゃん」
キャルルがニヤニヤしながら、サンドイッチの切れ端をフォークに刺して差し出した。
「食べますぅぅっ!!」
光の速さだった。
「施しは受けない」という先ほどの気高い宣言はどこへやら、リーザは野生の虎のような速度でサンドイッチに飛びつき、一瞬で胃袋へと消し去った。
「はふぅ……んまぁい……パンが柔らかい……野菜がシャキシャキしてる……!」
リーザは涙をポロポロと流しながら、咀嚼の喜びに打ち震えている。
「……おい。一国の姫君が、なんでこんな絵に描いたような極貧生活を送ってんだよ」
俺が呆れて尋ねると、キャルルは困ったように肩をすくめた。
「この子、ルナミス帝国に『友好の親善大使』として留学してきたんだけどね。ルナミスの歓楽街で見た『アイドル』っていう存在に、感激してどハマりしちゃったのよ」
「アイドルに?」
「ええ。人前で歌って、歓声を浴びて、サイリウムが光る……それに魅せられて、自らみかん箱の上に乗って地下アイドル活動を始めちゃったの。でも、今はルナミスでもアイドルブームは去っちゃってて……閑古鳥が鳴いてるのに、意地張って活動を続けてるってわけ」
「お母様(リヴァイアサン女王)には、定期的に『ルナミスでアイドルとして大成功して、毎日ファンに囲まれて最高ですわ!』ってお手紙を書いてますの……」
リーザがもじもじと指を合わせながら白状した。
「だから、国からの仕送りは断っちゃってて……自力で生活するしかないんですの」
「アホだろお前!!」
俺は思わず大声でツッコんだ。
「実家が超大国の太い実家なら、素直に泣きつけよ! なんでパンの耳かじってまで地下アイドルに固執してんだよ!」
「仕方ないじゃないですか! 歌うのが好きなんですの! ステージに立って、みんながわたくしだけを見てくれるあの快感を知ってしまったら、もうお城の退屈な生活には戻れませんわ!」
リーザは芋ジャージの胸を張り、ドヤ顔を決めた。
「それに、わたくしの極貧サバイバル術を舐めないでくださいませ。ルナミスデパートの化粧室にある石鹸で顔を洗い、化粧品売場のテスターでフルメイクを済ませ、マッサージチェアで疲れを癒やす! 食費はスーパーの試食コーナーの往復と、アンケートの粗品でカバー! これが地下アイドルのリアルですの!」
「ただの迷惑なホームレスじゃねぇか!」
「さらに! 公園のラジオ体操でスタンプを貯めて図書カードをゲットし、パチンコ屋の床に落ちている銀玉を店員に見つからないように拾い集めて、食料品と交換する! 完璧なポイ活のエコサイクルですわ!」
「エコサイクルって言うな! 涙ぐましすぎるだろ!」
俺は頭を抱えた。
元・過労死社畜の俺から見ても、彼女の生活は底辺すぎた。定時退社という概念すら存在しない、ただただ生存するためだけに24時間フル稼働するサバイバル。
ブラック企業よりも黒い『夢追い人の末路』が、そこにあった。
「ハルト、笑ってあげて。この子、シェアハウス時代、月末になると家賃が払えなくて、私の部屋のドアの前で毎回『スライディング土下座』してたのよ」
「キャルルさん! それは内緒って約束しましたわよね!?」
リーザが顔を真っ赤にして抗議する。
「……はぁ。わかった、とりあえずこれ食え」
俺は見かねて、持ってきたカゴから真っ赤な『朝もぎトマト』を取り出し、リーザに差し出した。
「えっ、いいんですの!? 施しは……」
「これは納品物の端数だ。廃棄する予定だったから、お前が処理してくれ」
前世の営業時代に培った、相手のプライドを傷つけない「タテマエ」である。
「廃棄野菜! ならばエコアイドルとして、見過ごすわけにはいきませんわね!」
リーザは言い訳を見つけてパァッと顔を輝かせ、トマトにかぶりついた。
「っ!? ~~~~~~ッ!!?」
一口噛んだ瞬間、彼女の動きがピタッと止まり、人魚姫の美しい瞳孔がカッと見開かれた。
「あ、あまぁぁい! なんですのこれ! フルーツ!? 果汁が爆発して、甘みと酸味が奇跡のハーモニーを奏でてますわ! スーパーの試食のトマトとは次元が違いますの!」
リーザは瞬く間にトマトを完食し、俺の足元にスライディング土下座をキメた。
シェアハウス時代に培われた、見事なまでの無駄のないフォームだった。
「プロデューサー(パトロン)様!! わたくし、この村でアイドル活動をいたします! だから、毎日のご飯はこの野菜でお願いしますの!!」
「誰がプロデューサーだ! 俺はただの農家だ!」
俺のホワイト農場に、元近衛騎士のヤンデレウサギ、極道邪神に続き、今度は『極貧の地下アイドル人魚姫』という、新たな規格外の厄介者(残業案件)が転がり込んできた。
俺の平和なスローライフは、またしても騒がしい方向へ向かって全速力で爆走を始めるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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