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『【農具箱】で最強スローライフ!〜ハズレスキルと現代農業知識を合わせたら、厄災も魔王軍もスコップ一つで定時退社できました〜』  作者: 月神世一


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EP 7

極道邪神と、嘘を見抜く姫君の恐怖

「はぁ……なんで俺が、村の書類仕事なんか手伝わされてるんだよ」

ポポロ村の集会所。俺は窓から見える青空を恨めしく睨みながら、山積みの農地台帳の整理を手伝わされていた。

「そう言わないでよハルト! 私、この村の農地の区画とか全然わからないんだもの! これが終わったら、とびきり美味しいお茶を淹れてあげるから!」

新村長であるキャルルは、グレーのパーカー姿のまま、執務机で猛烈な勢いで書類にサインをしている。その傍らには、すっかりお気に入りになった『ハニーかぼちゃのプリン』の空き皿が置かれていた。

彼女が就任して数日。俺のホワイト農場ライフは、このウサギ耳の姫君による『おやつの要求』と『過剰な愛情表現』によって、少しずつ侵食され始めていた。

そんな、のどかでありながらも少しだけ社畜のトラウマを刺激する村長室の空気が、突如として破られた。

『バーンッ!!!』

集会所の重い木の扉が、乱暴に蹴り開けられた。

「オラァ! どこに目ェつけとんじゃワレェ! ここが新入りの村長の事務所か!」

砂埃と共に現れたのは、黒焦げのアルマーニのスーツを自前の魔法で無理やり修繕した、長身のイケメンヤクザ――邪神デュアダロスだった。

前髪をオールバックに撫でつけ、葉巻をくわえたその姿は、昭和の任侠映画からそのまま飛び出してきたようだ。

「げっ……面倒なクレーマー(残業案件)が来やがった」

俺が顔をしかめると、デュアダロスはドカドカと土足で集会所に上がり込み、キャルルの机をバンッ!と叩いた。

「おう、姉ちゃん! 俺はこのシマの治安維持を任されとる(勝手に)、裏の支配者・デュアダロスや! 村長になったからには、俺に挨拶がないのはどういう了見じゃい!」

キャルルは書類仕事の手を止め、ウサギの耳をピクッと動かした。

「……挨拶? あなた、村の住人さん?」

「住人やない! 邪神や! ええか、このシマで平穏に商売(村おこし)したかったら、俺にショバ代(みかじめ料)を払わんかい!」

デュアダロスが凄みを利かせてキャルルを睨みつける。

普通の娘なら泣き出すか、恐怖で震え上がる場面だろう。だが、キャルルは元・レオンハート獣人王国の近衛騎士隊長候補だ。これしきの殺気で動じるはずもない。

「ショバ代って……お金の要求?」

「金やない! 上等の『甘いお菓子スイーツ』や! 毎月、いや毎日俺に上納せんかい!」

「…………」

俺は心の中で強烈にツッコミを入れた。

(ただお菓子が食べたいだけじゃねぇか! 何を極道っぽくオブラートに包んでんだよ!)

キャルルは全く動じることなく、スッと立ち上がり、デュアダロスの目の前まで歩み寄った。

「……あなた、ずいぶんと物騒な喋り方をするのね」

そして彼女は、デュアダロスの厚い胸板に、自分のウサギ耳をピタリと押し当てたのだ。

「な、なんやワレ! 急に女が近づいてきよって……! 俺は硬派な極道やぞ!」

デュアダロスが突然の距離の近さに動揺し、明らかに挙動不審になる。

キャルルは目を閉じ、数秒間彼の心音に耳を澄ませると……やがて、ニッコリと、そして極めて残酷な笑顔を浮かべた。

「ふーん……。なるほどね。あなたの『心音』、全部教えてくれたわよ」

「し、心音やと……?」

キャルルは、デュアダロスの心の中の声を、一切の容赦なく、そして大声で翻訳し始めた。

「『あかん、めっちゃええ匂いする女の子が急に近づいてきた……! 俺、ずっと天魔窟ダンジョンに封印されとったから、こんな可愛い子に至近距離に来られたら緊張してまうやんけ!』」

「!? ちょ、おまっ、何言うとんねん!」

デュアダロスの顔が、アルマーニのスーツよりも真っ赤に染まる。

「『ハルトの奴、こんな可愛い村長とお近づきになりやがって、羨ましいのぅ……』」

「デュアダロス、お前……」

俺が憐れみの目を向けると、デュアダロスは「違う! 誤解や!」と手を振るが、キャルルの読心(翻訳)は止まらない。

「『本当はハルトの家みたいに、みんなでワイワイ縁側でお茶飲んだり、ケーキ食べたりしたいんやけど……俺、邪神やし、一応極道のメンツあるし、素直に「俺も混ぜて」なんて恥ずかしくて言えへんのや……』」

「やめろぉぉぉっ! 俺の心の中を勝手に朗読するなァァァッ!!」

デュアダロスが悲鳴を上げるが、キャルルの無慈悲な暴露は続く。

「『だから、わざとカチコミのフリして、構ってもらいに来たんや。あわよくば、俺の威厳を見せつけて、ハルトが作った美味しいプリンとか、上納品って名目で毎日貰えんかなぁ……俺、ほんまは一人ぼっちで寂しいねん……』」

「ギブ! ギブアップや! 許してくれぇぇぇ!!」

ドサッ。

デュアダロスは両手で顔を覆い、集会所の床にガクンと膝から崩れ落ちた。

「もうやめてくれ……俺の、俺の邪神としての尊厳が、任侠極道としてのブランドが、音を立てて崩れていく……!」

床を叩きながらむせび泣く邪神。その背中に漂っていた暗黒龍のオーラは、もはや見る影もなく萎縮している。

俺は深い、深いため息をついた。

「お前……そんなに寂しかったのか。素直に『お茶飲みたいです、混ぜてください』って言えば、俺だって麦茶くらい出したのに……」

「うるさいわ! 極道には極道の意地っちゅうモンがあるんや!」

「ひーっはっはっは!! 寂しがり屋の構ってちゃんヤクザ!! 傑作すぎるぜデュアダロス! お前のそのメンツ、もう便所の紙より薄いぞ!」

いつの間にか集会所の窓枠に座っていたリンが、腹を抱えて床を転げ回って爆笑している。

どうやらパトロール中に騒ぎを聞きつけて、野次馬に来ていたらしい。

キャルルは冷たい目でデュアダロスを見下ろすと、足元で鈍く光るタローマン製の特注安全靴で、床を『ドンッ!!』と強く踏み鳴らした。

ミシミシッ!!

集会所全体がグラリと揺れ、床板にクッキリと亀裂が走る。

「ヒッ!?」

デュアダロスが悲鳴を上げて身をすくめる。

「いいこと? 私はね、嘘をつく人間が大っ嫌いなの。欲しいものがあるなら、変なプライドなんて捨てて、素直に言いなさい! ほら、復唱して!『お菓子をください、村長様』って!」

キャルルの瞳の奥で、ヤンデレ気質の昏い光がキラリと輝く。

かつて世界を恐怖に陥れた邪神は、ウサギ耳の姫君の圧倒的暴力(安全靴)と精神的蹂躙の前に、完全に屈服していた。

「お、お菓子……ください……村長、いや、あねさん……」

デュアダロスが震え声で呟くと、キャルルは途端にパッと明るい笑顔に戻り、パーカーのポケットからオレンジ色のキャンディを一つ取り出して、デュアダロスの手に乗せた。

「よろしい! じゃあ、この飴玉をあげるから、その辺のゴミ拾いと、ハルトの畑の雑草取りを手伝ってきなさい! あ、定時(17時)までには終わらせるのよ!」

「へ、へい! 姐さん! ありがたく頂戴いたします!」

デュアダロスは飴玉を恭しく両手で受け取ると、ペコペコと頭を下げながら、猛ダッシュで集会所を出ていった。

俺はポツンと残された書類の山を見つめながら、遠い目をした。

「……また厄介なヒエラルキーが完成しちまったな。極道邪神が、ウサギ耳の姫君の完全な下働き(パシリ)に転落するなんて……」

このポポロ村の生態系は、一体どうなっているのだろうか。

「ふふっ、これで村の治安もバッチリね! さぁハルト、仕事の続きをしましょう! 終わったら、ハウスの苺を食べに行きたいわ!」

キャルルがご機嫌に書類仕事に戻る。

俺は「はいはい」と生返事をしながら、再び農地台帳の整理に向き合った。

極道邪神の襲来というイレギュラーすらも、圧倒的な個性の暴力で日常に飲み込んでしまうポポロ村。

だが、そんな平和な日常の裏で、俺の畑に植えられた『ある野菜』が、静かに、そして致命的な変異を遂げようとしていることに、俺はまだ気づいていなかった。

次の日の朝。

俺が畑に向かうと、そこには現代日本の就活生や社会人が最も恐れる『あの絶望』が、青々とした葉を広げて群生していたのだ。

読んでいただきありがとうございます。

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