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『【農具箱】で最強スローライフ!〜ハズレスキルと現代農業知識を合わせたら、厄災も魔王軍もスコップ一つで定時退社できました〜』  作者: 月神世一


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EP 6

ブラック企業(レオン王国)の愚痴と、労基法

17時00分。

俺の左腕に巻かれた魔導時計の秒針が12を指した瞬間、俺は手にしていた【UR鍬】をピタリと止めた。

「よしっ! 本日の業務、終了! これよりプライベートタイム(宴)に移行する!」

「お疲れ様ハルト! 縁側に温かい陽薬草茶と、昨日作った赤面ベリーのショートケーキを用意してあるわよ!」

「最高だ、スアイ! 今行く!」

夕暮れ時のポポロ村。農作業でかいた汗を首のタオルで拭いながら縁側に向かうと、そこにはすでに定位置を陣取っているウサギ耳の村長――キャルルがいた。

彼女はショートケーキのフィルムを丁寧に剥がしながら、幸せそうな顔で苺を頬張っている。

「ん〜っ! 何度食べてもこの甘さ、最高ね! ハルトの作った苺とスアイのケーキ、悪魔的な美味しさだわ!」

「それはどうも。村長としての激務、お疲れ様」

俺が隣に座って陽薬草茶を啜ると、キャルルは急に「はぁぁっ」と深く、深く、人生のすべてを呪うような特大のため息をついた。

「激務……ええ、確かに村の書類仕事は多いわ。でもね、ハルト。こんなの、私がレオンハート獣人王国にいた頃の『アレ』に比べたら、ピクニックみたいなものよ」

「アレ?」

キャルルはフォークを置き、遠い目をしてポツリと語り始めた。

「私、王国の第三姫君で、近衛騎士隊長候補だったって言ったでしょ?」

「ああ。超絶エリート武闘派設定でビビった記憶がある」

「エリートなんて名ばかりよ。実態はね……『休みなしの24時間365日オンコール待機』の地獄だったのよ」

「……は?」

俺が持っていた湯呑みが、ピタッと止まった。

「姫としての公務が朝から夕方までビッシリ。それが終わったら、今度は近衛騎士としての修行と見回り。夜中に王城で少しでも物音がしたら、叩き起こされて異常確認。休みの日なんて概念は存在しなくて、『王族たるもの、四六時中、国のために身を粉にして働くのが当然』っていう同調圧力。……プライベートの時間なんて、1ミリもなかったわ」

キャルルの声に、悲痛な怒りが混じり始める。

「おまけにね、一番許せなかったのが……『お給料(お金)』の話よ」

「給料が安かったのか?」

「安いどころじゃないわ! 『国のため、民のために働くのに、金銭を要求するなど高潔な騎士の恥だ』って言われて……無給よ! サービス残業どころか、サービス労働100%! 美味しいスイーツを買うお金すら、自由にもらえなかったの!」

「っ……!?」

ガシャンッ!

俺は手から湯呑みを取り落とし、ガタッと立ち上がった。

「なんだと……!? 24時間365日のオンコール待機に、完全無休のサービス労働!? やりがい搾取もいいところだ! それ、完全に労基法違反の極悪ブラック企業(国家)じゃないか!!」

俺の叫びに、キャルルがビクッと肩を揺らす。

「ろ、ろーきほう?」

「労働基準法だ! 労働者の命と尊厳を守るための絶対のルール! 俺の前世の国にもあったが、機能していなかったせいで……俺は殺されたんだ!」

俺は熱くなり、キャルルの両肩をガシッと掴んだ。

「聞いてくれキャルル。俺も前世(昔)は、地獄のような環境にいたんだ。月300時間を超える残業。家に帰れるのは週に一度風呂に入る時だけ。残業代は『みなし残業』というふざけた言葉でカットされ、休日だろうが夜中だろうが、上司からの電話一本で会社に駆けつけなきゃならなかった……!」

俺の脳裏に、終わらないエクセルのデータ入力と、鳴り止まない社用スマホの着信音がフラッシュバックする。

「挙句の果てに、俺は会社のデスクで過労死した。……お前の辛さ、理不尽さ、痛いほどわかるぞ。お前は国から逃げたんじゃない。自分の命と尊厳を守るために、立派に『退職サバイブ』したんだ!」

俺の熱弁を聞いていたキャルルの大きな瞳に、みるみるうちに涙が浮かんでいった。

「ハルトぉぉぉっ……! わかってくれるのね!? 私の苦しみを、この逃げ出した後ろめたさを、肯定してくれるのね!?」

「当たり前だ! 労働者の権利を侵害する組織は、国だろうが魔王軍だろうが滅べばいい! だから俺は、このホワイト農場での『定時退社』を死守してるんだ!」

「ハルト! あなた最高よ! 私たち、魂の双子ね!」

俺とキャルルは、熱い涙を流しながらガッチリと固い握手を交わした。

前世の限界社畜と、異世界の元奴隷姫君。決して交わるはずのなかった二つの魂が、『ブラック労働への憎悪』という一点で完全な共鳴を果たした瞬間だった。

俺の胸の奥から、抑えきれない情動が込み上げてくる。

「……なぁキャルル。ルナミス帝国にいるなら、あの曲を知ってるか? ゴッドチューブから流れてきて、帝国で大ヒットしたっていう、あの神曲を……!」

俺は拳を握り締め、前世でよく聴いていた、そしてなぜかこの異世界でも流行っているというあるアイドルの曲を口ずさみ始めた。

「ガンガンガンガン! アタマガガン! 目覚まし時計の 『キーン』 が辛い……♪」

すると、キャルルがパッと顔を輝かせ、即座に続きを歌い出した。

「月曜日だ 朝からバックレしたい〜! 布団の宇宙から 帰還 したくない〜♪」

「満員列車は嫌だ〜! 寿司詰めギュー詰め!」

「汗と香水の スメルハザード!」

「「ドナドナドナドナ〜 会社に運ばれる! 魂抜けた サラリーマン行進!!」」

俺とキャルルは立ち上がり、夕焼け空に向かって肩を組みながら、朝倉月人の名曲『月曜日の社畜』を熱唱し始めた。

異世界の農村に、現代日本の悲哀に満ちた社畜ソングが響き渡る。

「「電車が 止まってくれれば〜 (あぁ、神様!)」」

「「会社に 隕石落ちてくれ〜 (せめて台風!)」」

俺とキャルルは、天界にいるであろう神々(とくにあの炎上神ワイズ)への怒りを込めてサビを絶唱する。

「せめてコンビニで朝飯〜 癒やしを求めて!」

「誰だよ エビマヨ買い占めた奴ぅ〜 (許せん!)」

「ツナマヨじゃ嫌だ オカカしかねぇ〜!」

「「『ご縁』 しか結べぬ 侘しい 朝だ...!!」」

そして、最後のフレーズ。二人は涙を拭い、拳を天に突き上げた。

「「もう一回だけ、ベッドに戻りたいいいいいいいいっ!!!」」

ビシィッ!!

完璧なハーモニーとポーズで歌い終えた俺たちは、肩で息をしながら互いを見つめ合った。

「はぁ、はぁ……ハルト、あなた歌上手いのね。胸のつかえが全部取れた気分だわ」

「お前こそ、完璧なコールアンドレスポンスだったぞ。やっぱり音楽(社畜ソング)は国境も次元も越えるんだな」

二人の間に、戦友のような熱い絆が生まれていた。

「……なぁ、スアイ」

「……何、リン」

「あいつら、さっきから謎の言語(歌)で盛り上がって、謎の熱い空間作ってんだけど……何アレ?」

「さぁ……。ハルトの前世のトラウマを抉るような呪いの歌に聞こえたけど。でも、なんだかすごく楽しそうだし、放っておきましょうか」

ハンモックの上でポテトチップスを食べているリンと、俺たち用の冷たい麦茶を持ってきたスアイが、ドン引きした顔でこちらを眺めていた。

異世界の住人には、この社畜ソングの真の深さ(ヤバさ)は伝わらないらしい。

「よしっ、キャルル! 俺たちはもう、二度と搾取なんかされないぞ! このポポロ村のホワイトな環境を、俺たちの手で守り抜くんだ!」

「ええ、もちろんよハルト! 私は村長として、あなたは最高の農家パティシエとして! 私たち二人で、甘くて幸せな人生を歩んでいきましょう!」

キャルルは俺の手を両手でギュッと握りしめ、上目遣いでジッと俺を見つめた。

その瞳の奥には、ブラック企業から救い出してくれた(と勝手に解釈している)俺への、とてつもなく重たい依存と愛情が渦巻いていた。

「……ハルト。私、絶対にあなたを手放さないから。もし私を置いて残業(浮気)なんてしたら……」

彼女のタローマン安全靴が、コツン、と床板を叩く。

「その時は、一緒に天国に『定時退社』しよ?♡」

「ヒッ……!!」

俺は背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒を感じ、必死で頷いた。

「し、しない! 残業も浮気も絶対にしないから! 俺は平和に生きたいんだ!」

前世のブラック企業という共通のトラウマを乗り越え、強固な絆(重い愛情)で結ばれた俺とキャルル。

だが、そんな平和な(?)俺たちの村長室へ、明日の朝、空気の読めない極道邪神がカチコミにやって来ることなど、この時の俺は知る由もなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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