第二章 ポポロ村のホワイト農場と、極道邪神のパシリ生活
前章の余韻と、極道邪神のパシリ生活
澄み切った青空の下、ポポロ村の朝は小鳥のさえずりと共に穏やかに幕を開ける。
「オラァ! どこに足踏み入れとるんじゃワレェ! ここは俺のシマじゃボケェ!」
平和な農村の空気を、ドス黒いオーラを纏った極道の怒号が木端微塵にぶち壊していた。
俺、白石春人は、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、畑の畝から顔を上げた。
視線の先には、黒焦げになったアルマーニのスーツを着込んだ大柄な男――昨日、リンの雷撃と俺の【URスコップ】で土下座する羽目になった邪神デュアダロスが、森から迷い込んできた野犬サイズの低級魔獣(角ウサギ)を相手に凄まじいメンチを切っていた。
「……朝からうるさいな。近所迷惑だぞ、デュアダロス」
「あぁ!? 誰に向かって口利いとんじゃい! 俺は邪神やぞ!」
デュアダロスは首をガクガクと鳴らしながらこちらを睨みつける。だが、その頭には見事なタンコブが残っており、威厳もへったくれもない。
「大体な、お前らが昨日俺をボコボコにしたせいで、俺のプライドはズタボロなんや! せめてこのシマ(村)のパトロールくらいさせろや! 俺の存在意義がなくなるやろが!」
どうやらこの邪神、極道映画にかぶれすぎた結果、「一度敗れた相手のシマで下働きからやり直す」という任侠の謎ルールを自らに課しているらしい。俺たちからすれば、ただの柄の悪い不審者が畑の周りをウロウロしているだけなのだが。
「まぁ、害獣を追い払ってくれるなら、案山子代わりにはなるか」
「誰がカカシじゃ! 舐めとったら指パッチンで塵にするぞワレ!」
「はいはい。ほら、昨日の宴会の残りの『特製エビマヨ』だ。タッパーに入れておいたから、パトロールの休憩中にでも食え」
俺が縁側からタッパーを放り投げると、デュアダロスは「おっ」と声を漏らし、極道らしからぬ俊敏な動きでそれをキャッチした。
「……チッ。こんな残り物で、俺が手懐けられると思うなよ。……でも、このマヨ・ハーブの酸味とコンデンスミルクの甘みのバランスが絶妙なんや。スアイの嬢ちゃん、ええ仕事しとるわ」
ブツブツと文句を言いながらも、デュアダロスはタッパーを大事そうに懐にしまい込み、再び「オラァ! 道を空けんかい!」と叫びながら村の境界線へとパトロール(という名の散歩)に戻っていった。
「……何なんだ、あのおっさん」
俺が呆れていると、背後からスアイが苦笑しながら温かいお茶の入った湯呑みを持ってきた。
「おはよう、ハルト。相変わらず変な人に好かれるわね」
「俺はただ、平和に定時退社できる農家ライフを送りたいだけなんだけどな」
俺は湯呑みを受け取り、スアイと共に縁側に腰を下ろした。
この前の激闘――炎上神ワイズが差し向けた数万の死蟲機と、デュアダロスの襲来を乗り越えた俺たちは、無事にポポロ村での平和な日常を取り戻していた。
俺の【UR鍬】で完璧な団粒構造に仕上げられた黒土の畑は、朝日に照らされて命の息吹を放っている。サビ残も、理不尽な上司の罵声もない。俺の裁量で土を作り、作物を育てる。これこそが俺の求めていた真のホワイト職場だ。
「ふぁぁぁ……うるせぇ朝だな。もう少し静かに寝かせろよ」
背後のハンモックから、銀髪のイケメン――第六の聖獣リンが、寝癖をつけながら欠伸と共に起き上がってきた。
その手には、すっかり見慣れた『エンジェルすまーとふぉん』が握られている。
「お前、また天界の不正通販で何か買ったのか?」
「あぁ? いや、ポテチの新作が出てねぇかチェックしてただけだ。それより、さっきから村の中心部が騒がしいぜ。何かイベントでもあるのか?」
リンの言葉に、スアイが「ああ、そういえば」と手を打った。
「今日、村に『新しい村長』が赴任してくるのよ」
「新しい村長? 前の村長はどうしたんだ?」
ポポロ村の村長といえば、この前最後で俺たちに深々と頭を下げてくれた、あの人の良さそうな白髭のお爺さんだったはずだ。
スアイは少し言いにくそうに頬を掻いた。
「それがね……昨日の宴会の後、隣町のゲートボール大会で知り合ったっていうマダムと一緒に、夜逃げ同然で駆け落ちしちゃったのよ。『残りの人生は愛に生きる!』って書き置きを残して」
「ゲートボール駆け落ち!? 異世界のシニア層、アグレッシブすぎるだろ!」
俺は思わず湯呑みのお茶を吹き出しそうになった。どうやらあの穏やかな村長も、心の奥底には熱いラテンの血が流れていたらしい。
「で、村の運営が回らなくなるからって、急遽、冒険者ギルドの『地域応援隊』の依頼を通して、臨時の新村長が派遣されてくることになったの。なんでも、ルナミス帝国に亡命してきた凄腕の元冒険者らしいわよ」
「へぇ。元冒険者か。まぁ、俺たちの畑仕事に口出ししてこない、話の通じる常識人なら誰でもいいさ」
俺はホッと息をついた。
俺はあくまで、チート農具を持っているだけの『ビビりな一般農家』だ。戦闘力なんて皆無だし、リンやスアイがいなければ昨日の死蟲機の一匹にだって食い殺されていただろう。
だからこそ、これ以上厄介なトラブルや、危険な残業案件が舞い込んでくるのだけは勘弁してほしかった。
「新村長ねぇ……。俺の昼寝を邪魔するようなお堅いジジイだったら、雷落として黒焦げにしてやるよ」
「やめろリン。俺たちはこの村の善良な一員として、穏便にスローライフを送るんだ。面倒事はご免だからな」
俺はリンの物騒な発言をたしなめながら、空を見上げた。
今日は天気もいい。新しい村長に挨拶を済ませたら、ゆっくりと新しい作物の種でも選ぼう。
* * *
その頃、ポポロ村の入り口へと続く一本道を、軽快な足取りで歩く一つの影があった。
『バリッ、ボリボリッ』
硬い醤油煎餅を豪快に齧りながら歩いているのは、二十歳ほどの若く可愛らしい女性だった。
頭には、ピクピクと動く真っ白なウサギの耳。
彼女が着ているのは、異世界のドレスや鎧などではない。動きやすい現代風のラフなパーカーにショートパンツという、極めてスポーティな格好だった。
そして足元には、なぜかタローマンで売られている重厚な『特注の安全靴(鉄板入り)』が鈍く光っている。
「ふふーん♪ ここが今日から私が管轄するポポロ村ね。空気が美味しくていいところじゃない」
彼女――キャルル・ムーンハートは、煎餅を飲み込むと、パーカーのポケットから人参柄の手作り刺繍ハンカチを取り出し、口元を拭った。
キャルルは、元・レオンハート獣人王国の第三姫君であり、近衛騎士隊長候補という凄まじい肩書きを持つ月兎族のエリートだ。
だが、王族という『鳥籠』の中で一生を過ごすことに息苦しさを感じ、自由を求めてルナミス帝国へと亡命。冒険者としてシェアハウスに住み、ファミレスの『ルナキン』でドリンクバーを満喫しながら人生を謳歌している、極めて現代っ子な元お姫様である。
「よーし、お仕事お仕事。村の人たちが怪我してたら、私がバッチリ回復させてあげなきゃね! ま、満月じゃないから手加減できるし……うん、大丈夫!」
キャルルは自分に言い聞かせるように頷くと、もう片方の手に持っていた薄い本を開いた。
その表紙には、『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ』という泥沼の恋愛同人小説のタイトルがデカデカと書かれている。
「それにしても、この玄武ちゃんのリスカ展開、最高にエモいわぁ……」
ページをめくりながら、キャルルはうっとりとしたため息を漏らす。外面は高貴な星の王子様のように見られがちだが、彼女の内面は極めて自由で、そして恋愛に関しては少しばかり『重い(ヤンデレ気質)』ものを抱えていた。
「さてと。まずは村の顔役に挨拶に行こうかな。なんか、すっごく美味しい野菜を作ってる農家さんがいるって聞いたし」
ドスッ、ドスッ。
彼女がご機嫌な足取りで歩くたび、特注の安全靴が地面を叩き、小さな地響きを立てる。
ポポロ村のホワイト農場に、極道邪神に続く新たな『規格外の常識破り(ヒロイン)』が、甘いお菓子と少しの狂気を胸に秘めて、ゆっくりと近づいていた。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




