EP 15
極上農家飯と、俺の帰る場所(ホワイト職場)
ジュワァァァァァァッ!!
熱した巨大な中華鍋にごま油とニンニクを放り込むと、食欲を暴力的に刺激する香りが夕暮れの広場に立ち込めた。
「おっしゃ、火加減バッチリだ! スアイ、エビのむき身を全部入れてくれ!」
「はいよっ! そぉれ!」
タローマン製のオーバーオールの上にエプロンを巻いたスアイが、タライに山盛りになった『死蟲機の巨大なむき身』を一気に鍋へと流し込む。
油と絡み合い、透き通っていた身がみるみるうちに鮮やかな紅白色へと染まっていく。プリッ、と身が弾ける音が響くたびに、広場に集まった村人たちから「おおぉっ……!」という感嘆のどよめきが漏れた。
「ハルト、こっちの野菜も切れたわよ!」
「サンキュー! 全部ぶち込んでくれ!」
鍋に投入されるのは、俺たちの畑で育った極上の作物たちだ。
肉にも負けない旨味を持つ『肉椎茸』、熱を通すことでとろけるような甘みを出す『月見大根』、そしてホクホクの『太陽芋』。これらをリンが天界の不正通販で手に入れた地球の鶏ガラスープの素と、特製の醤油草のタレで一気に煮詰めていく。
「よし、最後に水溶き片栗粉でとろみをつけて……完成だ!」
大皿にこんもりと盛られた炊きたての米麦草ライス。その上に、黄金色の餡をたっぷりと纏った巨大エビと野菜を豪快にかける。
「お待ちかね! 特大エビと秋野菜の極上中華丼だ!」
「こっちはリンのリクエスト、特製エビマヨよ!」
スアイが隣で仕上げたのは、カラッと揚げたエビに『マヨ・ハーブ』とコンデンスミルクを絡めた、濃厚でクリーミーなエビマヨだ。
広場に用意された長机に料理が並べられると、村人たちが一斉に群がった。
「う、うめぇぇぇっ!! 何だこのエビ、口の中でブリンッって弾けやがる!」
「肉椎茸の出汁が染み込んだ餡がたまんねぇ……ご飯が無限に食えるぞ!」
「さっきまで俺たちを襲おうとしてた化け物が、こんなに美味いなんて信じられねぇな……!」
村中が歓喜と咀嚼音に包まれる。
「おいハルト! このエビマヨ最高だぜ! マヨ・ハーブの酸味とエビの甘みが絶妙だ。無限にイモッカが飲めるな!」
リンが口の周りにマヨネーズをつけながら、度数40度のイモッカのソーダ割りを豪快に煽っている。ヤンキー聖獣もすっかり胃袋を掴まれたようだ。
「ふふっ、大成功ね、ハルト」
スアイが俺の隣に座り、自分の分の中華丼を頬張りながら嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。やっぱ、定時で上がって美味い飯を食うのが、働くための最大のモチベーションだよな」
「……ええ、本当にそうね」
スアイが少しだけ真面目な顔になり、俺の顔を見つめた。
「ありがとう、ハルト。あんたのそのスコップと鍬がなかったら、私の畑も、この村も、今頃あの気味の悪い虫たちや極道邪神に滅ぼされてたわ」
「よしてくれ。俺は俺の休日と定時を守っただけだ」
俺が照れ隠しに麦わら帽子を目深に被ると、村長をはじめとする村人たちが、酒瓶を手にして俺たちの席にやってきた。
「ハルトさん、スアイさん! 本当に、本当にありがとうございました!」
白髭の村長が深々と頭を下げる。
「最初は、スアイさんが妙な男を連れ込んだと心配しとりましたが……あんたの土壌改良の腕、そして村を囲むあの立派な防壁! あんたは間違いなく、世界一の農家だ!」
「村長……」
「今日から、ハルトさんもこのポポロ村の立派な『家族』ですじゃ。これからも、この村の土と私たちを、どうかよろしくお願いします!」
村人たちが口々に「よろしく頼むぞ!」「ハルト兄ちゃん、また美味いメシ作ってね!」と声をかけてくれる。
その温かい言葉のシャワーを浴びながら、俺の胸の奥で、ずっと凍りついていた何かがゆっくりと溶けていくのを感じた。
前世の俺は、会社の歯車でしかなかった。
どれだけ残業しても、どれだけキャベツのデータをまとめても、誰からも感謝されず、ただ「遅い」「もっと働け」と罵られるだけの日々。過労死した俺の葬式に、会社の上司が来たかどうかもわからない。俺には、本当の意味での『帰る場所』なんてなかったんだ。
だが、今は違う。
俺の作った土を喜び、俺の作った飯を美味いと笑ってくれる仲間がいる。
「……ああ。こちらこそ、よろしく頼む。俺の……俺たちの畑は、絶対に荒らさせないからな」
俺の言葉に、村人たちが「乾杯!!」とジョッキを高く掲げた。
「おっと、ハルト。ちょっといいか?」
宴もたけなわの中、リンがスマホの画面を見ながらニヤニヤと笑いかけてきた。
「どうした? また地球の怪しいキャンプギアでもポチる気か?」
「いや、お前の冒険者ギルドの口座だよ。さっきから『投げ銭』の通知が止まんねぇんだわ」
「投げ銭……?」
「あぁ。どうやら天界の連中、お前の『定時退社・害虫駆除配信』がツボにハマったらしくてな。ワイズの野郎のチャンネルからこっちに視聴者が大移動して、莫大な天界マネーが振り込まれてるぜ。金貨換算で……ざっと一万枚(約一億円)ってとこか?」
「い、一万枚!?」
スアイが中華丼を吹き出しそうになる。
俺も目を丸くした。一億円。ブラック企業で一生働いても稼げない額が、たった数日の害虫駆除で手に入ってしまったのだ。
「まぁ、これで肥料も農薬も買い放題だな。……お前、これで遊んで暮らすか?」
リンの試すような視線に、俺は肩をすくめた。
「冗談だろ。俺は農家だぞ。金がいくらあっても、土を弄らなきゃ生きていけない性分なんだ。……明日は、ゴルド商会のオロチに頼んで、新しい果樹の苗木でも発注するか」
「へっ、違いねぇ」
こうして、俺の異世界での第一章は、最高の宴と共に幕を閉じた。
美味い飯、ホワイトな職場、頼れる仲間、そして莫大な資金。
俺の理想のスローライフは、今まさに確固たる基盤を手に入れたのだった。
* * *
だが、光ある所に影は落ちる。
ルナミス帝国・帝都。
最上級の魔導クリスタルシャンデリアが輝く超高級ホテルのスイートルーム。
煌びやかな純白の聖なる鎧と、ミスリルマントに身を包んだ見目麗しい青年が、高級なソファに深々と腰掛けていた。
勇者、ゼロス・ディバイン。
輝くような白い歯(審美歯科済み)と、整った顔立ち(整形済み)を持つ彼は、苛立たしげに『ポポロシガー』をふかし、灰を高級な絨毯の上に平然とポイ捨てした。
「……どういうことだ、ワイズの野郎。連絡が途絶えたぞ」
ゼロスは舌打ちをし、手元の魔導通信石で『ゴッドチューブ』のランキングを確認する。
彼と炎上神ワイズの契約は絶対だったはずだ。ワイズが魔物を放ち、村人を絶望させ、最後にゼロスが『課金無双』で魔物を一掃する。それによって莫大なPVと利益を山分けするビジネス。
だが、ランキングの1位に表示されていたのは、ゼロスの動画ではなかった。
【定時退社農家、数万の古代兵器を害虫駆除してみた&エビの中華丼レシピ!】
そんな、ふざけたタイトルの動画が、圧倒的な再生数でトップに君臨していた。
動画を再生すると、麦わら帽子を被った男が、スコップで地形を変え、草刈り鎌で邪神のオーラを切り裂いている姿が映し出された。
「……なんだ、この泥臭い農家は」
ゼロスの端正な顔が、屈辱と怒りで醜く歪む。
「俺の……この『課金勇者ゼロス様』の輝かしい再生数を奪うとは、いい度胸だ。所詮は土いじりの貧乏人……俺のユニークスキル【マネー】の力で、その面ごと物理的に買い叩いてやる」
ゼロスは吸い殻を革靴の底で踏みにじり、目を血走らせた。
「俺のビジネスの邪魔をする奴は、絶対に許さん……!」
ポポロ村のホワイト農家と、帝都のブラック課金勇者。
二つの相容れない価値観が交差する時、新たな『残業案件』がハルトを襲うこととなる。
だがそれは、もう少しだけ先のお話である。
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