EP 14
この村の土壌は、俺の管轄だ
「……ワレ。俺の、この特注のアルマーニを、泥まみれにしよってからに……!」
ドス黒いオーラがポポロ村の大気を震わせ、青空が瞬く間に極夜のような闇に覆い尽くされた。
邪神デュアダロスの背中に彫られた『昇り龍』の刺青が、服を透かして燐光を放ち、実体を持った巨大な暗黒の龍のオーラとなって彼の背後に顕現する。
本気を出せば巨大な邪龍形態になれるはずの彼だが、「アルマーニのスーツが破けるのは絶対に嫌だ」という強固なヤクザ的こだわりのせいで、オーラだけをスタンドのように発現させていた。
「てめぇら、生かして帰さんぞ! 俺のシマでデカい面しやがって……極道の、神の怒りを骨の髄まで味わえやァァァッ!!」
ビリビリと空気が軋む。かつて世界を滅ぼしかけた邪神の本気の殺気。
だが、俺は左腕の魔導時計をチラリと見て、ふぅと息を吐いた。
時刻は16時55分。定時まで残り五分。
「スアイ、エビの下処理はあとどれくらいで終わる?」
「えっ? あ、あと少しでタライ二杯分が剥き終わるけど……って、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 邪神よ!? かつて世界を二分した……」
「なら、俺たちも五分で終わらせて、急いで夕飯の支度に戻るぞ」
俺が【URスコップ】を肩に担ぎ直すと、デュアダロスのこめかみに青筋がピキッと浮かび上がった。
「なめとんのかコラァ! どこまでも俺をコケにしやがって! まずはその減らず口から物理的に塞いだるわ!」
デュアダロスが両手を広げると、空中に無数の『トカレフ』が魔法陣から錬成された。数百丁の銃口が、一斉に俺たちをロックオンする。
「喰らえや! 『仁義なき暗黒弾幕』!!」
鼓膜を破るような轟音と共に、音速を超える黒い魔弾の雨が降り注ぐ。
「ハルト!」
「慌てるな。農地において、豪雨や強風から作物を守るための基本は『防風林』と『土塁』だ」
俺はURスコップを地面に突き立て、真上に勢いよく跳ね上げた。
「俺が土だと思えば、この大地はすべて防壁になる!」
ズドゴォォォォンッ!!
俺の正面の大地が、まるで巨大な津波のように垂直に隆起し、厚さ数メートルの分厚い『土の壁』となった。
無数の暗黒魔弾が土壁に激突し、爆音と土煙を上げる。だが、土はあらゆる物理衝撃と魔力を吸収・分散する天然のクッションだ。弾幕が止んだ後、土壁はボロボロになりながらも、俺たちを無傷で守り抜いていた。
「チッ、小癪な真似を……! ならば接近戦(タマ取り)じゃ! 脳天から唐竹割りにしたるわァ!」
デュアダロスがアルマーニの裾を翻し、縮地のような超高速で俺の懐へと飛び込んできた。その手には、闇の魔力で形成されたドス(短刀)が握られている。
「農家の朝は早いんじゃ! チンピラが調子乗るなァ!」
真っ向からドスを振り下ろす邪神。
しかし、俺はその攻撃を避ける素振りすら見せなかった。
「スアイ! 俺の足元から直線状に『凍土』を作れ!」
「えっ? わ、わかったわ! 『アイス・パス』!」
スアイが即座に杖を振り、俺の目の前の地面に向かって強力な冷気を放射した。
だが、そこには先ほど俺が隆起させた土壁の残骸(泥)が散乱している。スアイの冷気は泥の表面を凍らせるだけで、足場としてはただの滑りやすいぬかるみだ。
だが、それこそが俺の狙いだった。
「農場における『暗渠排水』の応用だ! 土の下の層をいじって、表面の摩擦をゼロにする!」
俺はデュアダロスが踏み込んでくる直前のタイミングで、URスコップを彼の足元の地面に突き立て、手前に引いた。
スコップの理不尽判定により、凍りついた泥の層が一瞬で『超摩擦ゼロのスケートリンク』へと変貌する。
「しゃぁオラァッ……って、ツルッ!?」
渾身の力で踏み込んだデュアダロスの革靴が、摩擦ゼロの氷泥の上で見事に滑った。
「あ、あわわわわっ!?」
振り下ろそうとしたドスの勢いそのままに、体勢を大きく崩し、空中で手足をバタバタさせる極道邪神。
「隙だらけだぜ、クレーマー。……この畑に、お前みたいな害悪な威圧感は不要だ!」
俺はすかさず、腰から【UR鎌】を引き抜いた。
デュアダロスが纏っている、背中の巨大な暗黒龍のオーラ。それを俺は『農作物の成長を阻害する日照り(雑草)』と明確に認識した。
シュパァァァァァンッ!!
UR鎌の刃が、空間を切り裂く。
金属や肉を斬る音ではない。不要な概念そのものを『刈り取る』音。
「なっ……俺の、俺の邪龍のオーラが……!?」
空中で体勢を崩したデュアダロスの背後から、神の威厳の象徴であったドス黒いオーラが、まるで雑草のように根こそぎ刈り取られ、空中にパラパラと霧散していった。
威圧感も、神気も、すべてを剥ぎ取られたただの『アルマーニを着た滑っているおっさん』。
それが、俺の機転で作った決定的なチャンスだった。
「リン! トドメだ! お前の残業代、きっちり払ってやる!」
「へっ、待ってたぜ。……おいデュアダロス、シャバの空気は美味かったか?」
いつの間にかデュアダロスの頭上に跳躍していたリンが、ニヤリと凶悪なヤンキーの笑みを浮かべていた。
「フェンリル……!? てめぇ、何でこんな所に……!」
「俺の名前はリンだ。……昔の同僚として、引導を渡してやるよ。大人しくダンジョン(ムショ)に戻りな!」
リンの全身から、眩いほどの『聖なる雷』が迸る。それは先ほどの死蟲機を焼いたものとは次元が違う、最高密度の神の裁き。
「喰らいな! 『聖獣流・喧嘩殺法』!!」
リンの両足に収束された数億ボルトの雷撃が、空中で無防備なデュアダロスの顔面にクリーンヒットした。
「ンゴブァァァァァァァァァッ!!??」
アルマーニのスーツが焦げ、完璧なオールバックが爆発し、邪神の口から情けない悲鳴が上がる。
雷の直撃を受けたデュアダロスは、隕石のように地面へと叩きつけられた。
ズドォォォォォォンッ!!
土煙が舞い上がり、やがて風に流されていく。
そこに残されていたのは……。
「……あ、痛ぇ……すんませんした……」
全身を黒焦げにしながら、俺が丁寧に作った『畝』の真ん前で、両手と額を地面に擦り付けているデュアダロスの姿だった。
見事なまでの、ヤクザ映画顔負けの『土下座』である。
「よし。これで農家に対する侮辱への謝罪は受け取ったぞ」
俺がUR鎌をしまいながら言うと、リンもふわりと地面に着地して肩をすくめた。
「まぁ、こいつは元々不死身だからな。このまま丸めて、また天魔窟にでも放り込んどきゃいいだろ」
『ピッ♪』
俺の腰のポーチから、軽快な決済音が鳴った。
討伐完了の合図だ。
俺は手首の魔導時計に目を落とす。
時刻は、17時00分ジャスト。
秒針まで完璧に定時だった。
「よしっ! 本日の業務(防衛戦)、完全定時で終了! お疲れ様でした!」
俺が満面の笑みで宣言すると、スアイが呆れたように、しかし心底嬉しそうに笑ってため息をついた。
「……本当、ハルトの定時退社への執念は、神様以上ね。お疲れ様、ハルト、リン。さぁ、手を洗ってきなさい。最高の中華丼を作るわよ!」
* * *
『…………嘘だろ』
次元を超えた天界の配信ルームで、炎上神ワイズは真っ白な灰のように燃え尽きていた。
新しく取り出したエンジェルすまーとふぉんの画面には、黒焦げになって土下座する邪神デュアダロスと、「定時だ!」と喜んで撤収していく農家たちの姿が映し出されている。
ゴッドチューブのコメント欄は、もはやお祭り騒ぎだった。
『邪神に土下座させてて草』
『アルマーニがボロボロやんけwww』
『これがホワイト農家の力か……俺も転職したい』
『定時退社の神、ここに爆誕』
『【朗報】今日の晩御飯はエビの中華丼』
画面には、視聴者(神々や他世界の住人)からの『投げ銭』が滝のように流れ込んでいる。だが、その投げ銭の宛先はワイズの炎上チャンネルではなく、無自覚に配信をジャックした【ポポロ村のホワイト農家】のアカウントへと直接振り込まれていた。
『俺の……俺の仕込んだ最強のボスが……! コメディのオチに使われて……俺のPVボーナスまで吸い取られて……!!』
ワイズは顔を両手で覆い、発狂したように泣き叫んだ。
『絶対に許さない……白石春人ォォォォッ!!』
神の怒号が天界に響き渡る中。
ポポロ村の俺たちの家からは、胡麻油とニンニクが香る、信じられないほど美味そうな匂いが漂い始めていた。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




