EP 13
極道邪神のカチコミと、ホワイト農家の怒り
死蟲機の大群を片付けた翌日のポポロ村は、嘘のように平和な朝を迎えていた。
空は青く澄み渡り、俺が【UR鍬】で完璧な団粒構造に仕上げた畑の黒土は、朝露を弾いてキラキラと輝いている。
「ハルト、こっちの死蟲機の下処理終わったわよ。綺麗に装甲を剥がして、中身の身だけ取り出しておいたわ」
スアイが袖をまくり上げ、大量の透明なエビのむき身をタライに山盛りにしていた。元氷魔将軍の彼女だが、今ではすっかり手際の良い農家の女将さんだ。
「サンキュー、スアイ。昨日は流石に疲れたからな。今夜はこいつを片栗粉で揚げて、月見大根の餡をたっぷりかけた『特大エビの中華丼』にして、大豊作の宴会だ」
「おう、エビマヨも作ってくれよ。俺、あれ好きなんだわ」
ハンモックで揺れているリンが、あくびをしながら注文をつけてくる。
「はいはい。労働(定時内)を頑張った分、美味いメシが食える。これがホワイト農場の基本だからな」
そんな、のどかなスローライフの空気が流れていた、その時だった。
『チャララーラー、チャラララララー……♪』
どこからともなく、地球の昭和の任侠映画で流れるような、ドス黒くも哀愁漂うトランペットのBGMが聞こえてきた。
「……ん? なんだこのBGM」
俺が首を傾げると、村の入り口を塞いでいた『鋼鉄の茨』のバリケードが、突如として音もなくサラサラと塵となって崩れ落ちた。
「なっ……! 私の氷魔法もハルトのトラップも、一瞬で消滅したわ!?」
スアイが顔色を変え、すぐさま鎖斧を構える。ハンモックのリンも、わずかに目を見開いて身を起こした。
砂煙の中から、ゆっくりと革靴の足音が近づいてくる。
現れたのは、仕立ての良いアルマーニ製の最高級ブラックスーツを完璧に着こなした、長身のイケメンだった。前髪をオールバックに撫でつけ、首元からはチラリと『昇り龍』の刺青が覗いている。
その男が放つプレッシャーは、昨日の合成死蟲将軍機など比較にならないほど濃密で、圧倒的な『神気』と『殺気』が入り混じっていた。
男は懐から太い葉巻を取り出すと、指先を軽く鳴らした。
パチンッ。
それだけで指先に小さな火が灯り、葉巻に火をつける。彼は紫煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「……ワレェ。ここがワイズの小僧が言っとった、俺のシマ(神の管轄)を荒らしとる外道の村か」
男の口から出たのは、ドスの効いた極妻顔負けの巻き舌だった。
「……誰だ、あんた。農協の回し者か?」
俺が麦わら帽子を直しながら尋ねると、男はギラリと目を光らせた。
「俺ァ、元・第3種惑星創造神格公務員……邪神デュアダロスだ。久々にシャバ(ダンジョン外)の空気を吸ったと思ったら、てめぇらみてぇなチンピラが、俺の可愛いペット(死蟲機)をエビフライにして遊んでるたぁ、ええ度胸やのぅ」
「邪神デュアダロス……! かつてルチアナ様と世界を二分して戦ったっていう、あの伝説の!?」
スアイが絶望的な声を上げた。
だが、俺の耳には『邪神』という響きよりも、もっと許せない部分が引っかかっていた。
デュアダロスは、俺たちの畑にズカズカと足を踏み入れたのだ。
それも、わざわざ作物が育つために高く盛った『畝』の上に、高級な革靴でドカッと乗り上げて。
「おい、ちょっと待て」
俺の声は、地を這うように低かった。
「あ? なにメンチ切ってんだワレ。三秒で塵にして――」
「他人の畑の畝に、土足で乗ってんじゃねぇ!!」
俺の怒鳴り声に、デュアダロスがビクッと肩を揺らした。
「畝ってのはな、作物が呼吸しやすくするために、農家が腰を痛めながら丁寧に土を盛って作る神聖な場所なんだよ! そこを踏み荒らすのは、農家への最大の侮辱だ! 降りろ、今すぐ!」
俺は【URスコップ】を構え、邪神相手に一切の容赦なく説教をかました。
「な……な、なめとんのかワレェ! 俺は邪神やぞ! かつて世界を恐怖に陥れた極道中の極道……!」
「極道だろうが神だろうが関係ねぇ! 農業のコンプライアンスを守れない奴は、ただの常識知らずの迷惑系反社だ! 土に謝れ!」
「誰が反社じゃ! 俺は筋は通す漢や! ……って、なんで俺が農家に説教されとんねん!」
デュアダロスが顔を真っ赤にして激昂し、指をパチンと鳴らす。
「消え失せろ! 『物質崩壊』!」
神の権能による、対象の分子結合を破壊する絶対的な即死攻撃。
だが、俺は冷静に【UR鎌】を横に薙いだ。
「俺の畑に、害悪な気合は不要だ!」
シュンッ!
デュアダロスが放った不可視の崩壊エネルギーは、俺のUR鎌によって『雑草』として概念ごと刈り取られ、空中で霧散した。
「……はぁ!? 俺の崩壊権能を、草刈り鎌で斬ったやと!?」
「当たり前だ。俺は定時で帰って美味いエビの中華丼を食う予定なんだ。お前みたいな面倒な残業案件に構ってる暇はない」
俺がスコップと鎌を構えてジリジリと間合いを詰めると、デュアダロスはチッと舌打ちをし、スーツの懐に手を入れた。
「ええ度胸や。なら、こいつの味を教えてやるわ」
彼が懐から取り出したのは、神の力で生成した黒光りする『トカレフ(自動拳銃)』だった。
ファンタジー世界に似つかわしくない、完全なる現代の凶器。
デュアダロスはニヤリと笑い、銃口を俺に向けた。
「あのハゲ(オリン)の上司やルチアナのババアが持ち込んだ『任侠映画』で学んだんや。このチャカ(銃)の前に、剣も魔法も無力なんやで! 死ねやァ!!」
パンッ! パンッ! パンッ!
乾いた破裂音が響き、音速を超える銃弾が俺の眉間と心臓に向かって飛んでくる。
「ハルトォッ!!」
スアイが悲鳴を上げる。
だが、俺の目は銃弾の軌道をはっきりと捉えていた。
極限のサビ残を生き抜いた営業マンにとって、理不尽な上司からの罵声や飛び交う灰皿を避ける反射神経は、必須スキルだった。
「俺の休日に、鉛玉を撒き散らすな!」
俺は手首を返し、【URスコップ】の広い面を盾のように構えた。
――『URスコップ:所有者が土だと思ったものは、すべて土として掘削可能』
「この鉛玉も、鉱石から精製されたもんだろう。なら、根源は『土』だ!」
ガキィィィィンッ!!!
銃弾がURスコップの表面に激突した瞬間、それは硬い金属としての性質を失い、ただの柔らかい『泥団子』となってボシャッと潰れ、地面に落ちた。
「な、なんやてぇぇぇっ!?」
デュアダロスがトカレフを持ったまま、目をひん剥いて硬直する。
俺は潰れた泥団子をスコップで器用に掬い上げると、そのまま野球のスイングのように全力でデュアダロスの顔面に向かって打ち返した。
「農家の反撃(泥投げ)だ、食らえ!」
「ブォッ!?」
見事なコントロールで射出された泥団子が、アルマーニのスーツを着たイケメンヤクザの顔面にクリーンヒットする。
高級なサングラスが吹き飛び、端正な顔が泥まみれになった。
「あーあ、やっちまったなハルト。あのオッサン、メンツを何より気にするタイプだぜ」
ハンモックの上で、リンがポテトチップスをかじりながら楽しそうに笑っている。
「リン、お前あいつのこと知ってるのか?」
「そりゃな。昔、俺たちがボコボコにしてダンジョンにぶち込んだ元同僚(神)だからな」
泥を顔に受けたデュアダロスは、プルプルと震えながら肩を怒らせた。
「……ワレ。俺の、この特注のアルマーニを、泥まみれにしよってからに……!」
彼の背中から、ドス黒いオーラが噴き出し、背中の『昇り龍』の刺青がまるで生きているかのように蠢き始める。
「許さん……絶対に許さんぞォ! 極道の恐ろしさ、その身に刻んでやるわァァァァッ!!」
怒髪天を衝く勢いの邪神。
しかし俺は、時計をチラリと確認して息を吐いた。
「厄介なクレーマーだな。……スアイ、エビの下処理はそのまま頼む。リン、ちょっと手を貸せ。こいつをサクッと『土下座』させて、宴会の準備を再開するぞ」
ホワイト農業を愛する限界社畜と、任侠映画に感化された昭和極道邪神。
絶対に交わらない二つの信念が、ポポロ村の畑を舞台に激突しようとしていた。
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