EP 12
17時ジャスト。残業はしない主義なんでね
森の木々がドミノ倒しのように砕け散り、土煙の中から現れたのは、先ほどの死蟲機たちとは明らかに格が違う『死蟲将軍機』だった。
体高五メートル。かつて倒した死蟻機や死甲虫機の残骸を、魔法で強引に継ぎ接ぎして組み上げた、醜悪なキメラの怪物だ。全身からドロドロとした酸が溢れ出し、右腕には数本の死蟷螂機の鎌が、左腕には自爆機能を持つ死放屁虫機の腹部が融合している。
『ギィィィィィィィィィィッ!!!』
将軍機が叫ぶと、周囲の空気が振動し、村の建物がミシミシと悲鳴を上げる。
「うわ……マジでボスキャラのお出ましね。しかも、さっき倒した奴らの死体を再利用するなんて、趣味が悪すぎるわ」
スアイが斧を構え直し、その表情から笑顔が消える。
「リン、こいつ、今までの連中とは魂の密度が違うぞ。手加減したらこっちが消し炭にされる」
「わかってるよ。ったく、とんだ休日出勤だぜ」
リンの瞳に、聖獣本来の冷酷な光が宿る。
その時だった。
『ピッ♪』
俺の腰のポーチから、軽快なレジの決済音が鳴り響いた。
【農具箱】の報酬システムだ。先ほど駆除した数万の死蟲機たちの討伐ポイントが加算されたらしい。
俺はチラリと、手首に巻いていた魔導時計を確認した。
針は、16時59分を指している。
「……おっと」
俺はUR鎌を空間収納へ戻し、麦わら帽子を軽く被り直すと、あろうことか縁側に置いてあったポポロコーヒーのグラスを手に取った。
「ん? おいハルト、どうした? 逃げるのか?」
リンが怪訝そうに振り返る。
「逃げる? いや、あと一分で17時(定時)だろ」
俺はコーヒーを最後の一滴まで飲み干し、ふぅ、と深い溜息をついた。
「今日の業務はここまでだ。残業してこんな趣味の悪い蟲と戦っても、定時内手当が出ないなら割に合わない」
「ハァァァァァッ!? お前、正気か!? 目の前に数万の敵を率いたボスがいるんだぞ!?」
「関係ないな。定時退社は俺のポリシーだ。リン、スアイ、帰るぞ」
スアイもリンも、開いた口が塞がらないといった表情で俺を見ている。
しかし、そんな俺たちのマイペースなどお構いなしに、合成死蟲将軍機は獲物を仕留めようと、巨大な鎌を振り上げて突進してきた。
『ギシャァァァァァッ!!』
「あぁ、もう! だったら俺が勝手に残業してやるよ!」
リンが苛立ち混じりに指を鳴らす。
瞬間、村の上空に張り巡らされた『雷撃網』が、先ほどとは比較にならないほどの高電圧を帯びて咆哮した。
バチィィッ!! ドォォォンッ!!
空から降り注ぐのは、ただの電気ではない。神の権能そのもの、第六の聖獣が放つ「聖なる雷」だ。
一直線に将軍機の頭部へ叩きつけられた雷光は、その複雑怪奇なキメラ装甲を貫通し、内部の機械回路を瞬時に融解させた。
『ギャ……ギィィ……?』
将軍機が信じられないといった様子で足を止め、火花を散らす。
「甘いぜ。俺の雷(お仕置き)は、ただの痺れじゃねぇぞ」
リンがニヤリと笑う。
「お前は休日を邪魔しやがった。その罪の重さを、電気信号として体に叩き込んでやる」
リンが拳を握ると、将軍機の体内で雷撃が複雑な回路を描き、奴を動かしている全パーツを一斉にショートさせた。
ボフッ、という気の抜けた音を立てて、将軍機は巨大なスクラップの塊となって地面に崩れ落ちた。
百匹倒した斥候よりも、ボスであるはずの将軍機の方が、リンの手にかかれば驚くほどあっけなく沈黙した。
「……あ、あれ? 終わったの?」
スアイが拍子抜けしたように瞬きをする。
リンは肩をすくめ、またハンモックへと戻っていく。
「あぁ。俺が残業して片付けた。これで満足か? ハルト」
「ああ、完璧な定時上がりだ。流石は我が相棒」
俺は時計を見た。
17時01分。
「……む、一分ほど残業してしまったか。まぁ、リンの裁量労働ということで相殺だな」
「おい、俺に責任を押し付けるなよ!」
* * *
『ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』
次元の壁の向こう側、天界の配信ルーム。
炎上神ワイズは、ゲーミングノートPCを両手で持ち上げ、地面に叩きつけて粉砕した。
モニターの中では、村を破壊し尽くすはずだった最終兵器が、ただの鉄クズとなって地面に転がっている。そしてその隣で、麦わら帽子の農家が「あ、定時だ」と時計を見て帰り支度を始めている。
『なんだその顔は! なんで死ぬほど絶望してないんだ! なんで勇者ゼロスを呼ぶ隙を与えずに、聖獣がワンパンで沈めてるんだよ! 俺の、俺の今月の予算(PVボーナス)がぁぁぁぁっ!』
ワイズの絶叫など届くはずもなく、ゴッドチューブのコメント欄は、先ほど以上の熱狂に包まれていた。
『また一分で終わったwww』
『聖獣の残業(笑)』
『結局、残業を嫌う農家とそれに付き合う聖獣が最強という結論』
『明日の朝にはいい肥料になりそう』
ワイズは震える手で、ポケットから予備の端末を取り出した。
彼の瞳には、もはや神としての威厳は消え失せ、底知れぬドス黒い憎悪が宿っている。
『……いいだろう。このポポロ村の「ホワイト職場」とかいう狂った設定……俺が完全にぶち壊してやる。次こそは、ただのモンスターじゃダメだ……』
ワイズは、まだゲートを閉じていなかった天魔窟の最深部を覗き込み、封印の鎖をいじる。
『おい、そこにいるんだろう。邪神デュアダロス! お前にポポロ村という「刑務所」から出られる特権をやる。あの麦わら帽子と聖獣を、お前の力で徹底的に地獄へ突き落としてこい!!』
ダンジョンの奥底、ヤクザ事務所と化した封印場所で、葉巻を燻らせていたデュアダロスが、リモート会議用のモニター越しにニヤリと笑った。
「ほぅ……? ハゲ(オリン)の上司のヒヨッコが、俺を解き放つってか。……面白ぇ。極道の世界を舐めてるガキどもに、本当の仁義ってやつを教えてやらねぇとな」
ポポロ村の静寂の中、俺はスアイと一緒に『合成死蟲将軍機』の解体作業(夕飯の具材集め)を始めていた。
「ねぇハルト、この装甲、意外と柔らかいわね。これなら明日の中華丼には、最高のエビ団子が入るわよ」
「ああ。エビのプリプリ感に、月見大根の餡かけ……考えただけで腹が減るな」
俺たちはまだ気づいていなかった。
次の『害虫駆除(残業)』は、ただの蟲や魔獣なんかじゃなく、もっと厄介な『任侠道に目覚めた元神』が、極道を引き連れてやってくるということに。
俺の理想のホワイト農場には、今日も今日とて、定時を脅かす厄介な『残業案件』が溜まりつつあった。
「……明日は定時退社を死守するぞ。絶対に」
俺は小さく誓い、死蟲機の装甲を鎌で解体し続けた。
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