EP 10
ホワイト農場の絶対防衛線構築
地鳴りと共に森の太い木々が次々とへし折られ、不気味な黒い雲が空を覆い始めた。
「ざっと数万……いや、もっといるわね。どうするのハルト、村の人たちを避難させる!?」
スアイの切羽詰まった声に、俺は麦わら帽子を目深に被り直して言い放った。
「避難なんかさせない。俺たちのホワイト農場を捨ててたまるか」
俺の視線の先には、手塩にかけて土壌改良を施し、太陽芋の種を蒔いたばかりの愛すべき畑がある。あの大群に踏み荒らされれば、すべてが台無しになる。
「いいか、農家にとって野生動物から作物を守る『獣害対策』は基本中の基本だ。イノシシやシカが畑に入らないよう、柵を設け、堀を掘る。今回は相手が少しデカい虫の群れに変わっただけだ」
俺の言葉に、リンが呆れたように鼻で笑った。
「相手はかつて世界を滅ぼしかけた古代兵器の軍団だぞ。それをただのイノシシ扱いかよ。で、どうする? 奴らが村に到達するまで、あと十分ってところだぜ」
「十分あればお釣りが来る」
俺は腰から【URスコップ】を引き抜き、ポポロ村と森の境界線――村をぐるりと囲む広大な平地へと駆け出した。
「村全体を囲む『巨大な堀』を掘る。リン、スアイ、ついてこい!」
俺はURスコップを地面に突き立てた。
前世で、畑の獣害対策としてイノシシ用の落とし穴を掘った経験はある。だが、今回はスケールが違う。俺の脳内にあるのは、巨大なダム建設や土木工事レベルの掘削図面だ。
「俺が土だと思えば、この大地はすべて土だ! 掘削開始!」
ズガガガガガガガガガッ!!!
俺がスコップを持って村の周囲をぐるりと走り抜けるだけで、大地がまるで海を割るように左右に抉れ飛んでいく。
幅十メートル、深さ二十メートルの巨大なクレバス(堀)が、俺の走った軌跡に沿って瞬く間に形成されていくのだ。
硬い岩盤も、木の根も、一切関係ない。URの理不尽判定により、村の周囲数キロメートルに及ぶ絶対的な『落とし穴』が、わずか三分で完成してしまった。
「……土木工事の概念がぶっ壊れてるわ」
後ろをついて走っていたスアイが、深さ二十メートルの絶壁を見下ろして引きつった笑いを浮かべた。
「感心してる暇はないぞスアイ! 堀の壁面に向かって氷魔法を撃ちまくれ!」
「えっ? 壁面を凍らせるの?」
「ああ。虫の脚は壁面を登るのに適してるからな。だったら、物理的に引っかかりを無くせばいい。ツルツルに凍らせて『滑り台』にしてやるんだ」
「なるほど……そういうことね! 任せて!」
スアイが両手を広げ、膨大な冷気を巨大な堀の壁面に向かって放射する。瞬く間に、深さ二十メートルの壁面は滑らかな氷の鏡へと変貌した。これで一度堀に落ちたが最後、二度と這い上がることはできない。
「よっしゃ、次は防獣ネット(バリケード)だ」
俺は空間収納から【UR鍬】と、農具箱に入っていた『種袋』を取り出した。
「リン、この種を堀の村側、つまり内側の縁に沿って等間隔で撒いていってくれ!」
「ちっ、俺はパシリかよ。まぁいい、面白くなってきたからな」
リンが目にも止まらぬヤンキーじみた俊敏さで、俺から受け取った種をパラパラと土に撒いていく。
俺はその後を追いかけながら、UR鍬で土を軽く返し、【URジョウロ】の口を傾けた。
――『URジョウロ:所有者が散布したいと念じた液体を、最適な濃度と範囲で無限に散布可能』
俺が念じたのは、植物の細胞分裂を極限まで加速させる『超濃縮成長促進剤』。
「爆速成長だ!」
ジョウロから散布されたミストを浴びた瞬間、撒かれた種がボコボコと音を立てて発芽した。
それはただの植物ではなかった。鋼鉄のように硬い茎と、ナイフのように鋭利な棘を持つ魔界の茨だったのだ。
通常なら成長に何年もかかるその茨が、俺の成長促進剤とUR鍬の土壌チートを吸収し、わずか数秒で高さ十メートルにも及ぶ『有刺鉄線の巨大な壁』となって村を包み込んだ。
「これなら、堀を飛び越えてこようとする飛行型の虫も、有刺鉄線ネット(茨の壁)に引っかかって串刺しになる」
農業用の防獣ネットと、異世界の魔界植物、そして現代の肥料知識が組み合わさった、完璧なる防空・防陸バリケードの完成だ。
「おいハルト、下と横は完璧だが、空高くから急降下してくる飛行型はどうするんだ? 茨の壁を越える高さから飛んでくる奴らもいるぞ」
リンの指摘はもっともだ。空を完全に塞ぐことはできない。
だが、俺はニヤリと笑ってリンを見た。
「空の害鳥対策か。……それは、最強の『かかし』に任せるよ」
「あ?」
「お前の得意な『雷』だよ。上空に滞空する落雷のトラップを仕掛けて、空域を封鎖してくれ」
「……ははっ、俺をかかし扱いするとは、いい度胸だ。任せとけ、空の治安は俺の管轄だ」
リンが指を鳴らすと、ポポロ村の上空数百メートルに、肉眼では見えない超高圧の『雷撃網』が張り巡らされた。
幅十メートルの絶対凍結クレバス。
高さ十メートルの鋼鉄の茨バリケード。
そして、上空を覆う聖なる雷の防空ネット。
これらすべてが完成するまでに要した時間は、わずか八分だった。
「ふぅ……よし、農園のセキュリティ対策(防獣・防鳥)は完璧だ」
俺は麦わら帽子を被り直し、首のタオルで汗を拭った。
「スアイ、リン、お疲れさん。ちょっと冷たいコーヒーでも飲んで一息入れようか」
「ええ……村が要塞みたいになっちゃったけど、まぁいいわ。淹れたてのポポロコーヒーがあるわよ」
俺たちは縁側に戻り、氷の浮いた冷たいポポロコーヒーのグラスを傾けた。
村の周囲は完全に要塞化されているのに、俺たちの居る縁側だけは、いつものように穏やかなスローライフの空気が流れている。
だが、その平和なティータイムを切り裂くように、地響きが最高潮に達した。
『ギギギギギギギィィィィィィィッ!!!』
森の木々が爆発したように吹き飛び、土煙の中から、金属光沢を放つ巨大な死蟲機の大軍団が、津波のように姿を現した。酸を吐く死蟻機、空を覆う死蜂機、そして巨大な鋏を持つ死蟷螂機。その数は数万を下らない。
「さあ、害虫駆除(残業)の始まりだ」
俺はグラスを置き、腰のUR鎌に手をかけた。
「きっちり定時で終わらせて、夜はエビの中華丼(大豊漁祭)にするぞ」
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