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KILARe:  作者: 川合 佑樹


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第9話

 風が砂塵を優しく巻き上げ、陽光が岩肌を金色に染めていた。

 三人の息遣いが静寂を破って重なった。

 キラリは振り返り、ハンゾウと向き合った。

 柄を握る手が汗で滑り、胸の奥で決意の炎が燃えていた。

 自己紹介の余韻がまだ心に温かく残っていた。

 トモエの脆さ、マシロの棘、自身の空白。

 それらが互いの弱さを共有した絆として、初めての連帯を生み出していた。

「行きます!」

 その声が響いた。

 瞳は澄み、昨日の嘲笑を越えた覚悟を宿した。

 ハンゾウは座ったまま笑った。

 長刀の柄を指で軽く叩き、リズムを刻んだ。

「いつでもどうぞ」

 師範の声は軽やかだったが、底知れぬ深みを湛え、三人の緊張を煽った。

 岩の上で膝を抱え、悠然と構える姿は嵐の中心に立つ巨木のようだった。

 期待の笑みが唇に浮かんでいた。

 先陣を切るのはトモエだった――風を切り裂いて加速した。

 しなやかな脚が大地を蹴り、ハンゾウに迫った。

 トップスピードを抑え、キラリが追い付ける速度で進み、二人の息が同期した。

 キラリの声が後ろから響いた。

「速度では勝てない。速すぎる必要はない。師範の動きを制限するだけでいい――二人で畳みかけるぞ!」

 その言葉は自己紹介の延長だった。

 お互いの弱さを活かした、初めての作戦。

 少年は心臓が激しく鼓動し、土を踏む足音が決意を刻んだ。

 トモエの蹴りが師範の胴を狙った。

 弧を描く脚が空気を震わせ、砂塵を巻き上げた。

 ハンゾウは右手で受け止めた。

 掌がトモエの踵を優しく包み込み、巧みな指先で関節をずらした。

「やれっ! キラリ!」

 だが、キラリが左から刀を仕掛けた。

 刀が低い軌道でハンゾウの脇腹を掠めた。

 抜刀の型が体に染みついた本能として爆発し、刃先が陽光を反射して閃いた。

 合気でトモエを盾にしようとするハンゾウ――師範の左手がトモエの肩を掴み、回転の勢いで引き寄せた。

 だが、トモエは跳躍し、もう片方の足で喉を狙った――空中で体を捻り、忍法の残像が蜃気楼のように揺らめいた。

「――ははっ!」

 ハンゾウの左腕が防ぎ、衝撃が空気を震わせた。

「今度は躊躇なしだっ!」

 キラリの刀が届きかけた。

 刃先がハンゾウの道着の裾をわずかに裂き、土に落ちた。

 しかし、ハンゾウはトモエを抱える形で跳躍した――長身が宙を舞い、優雅な宙返りで一閃を避け、着地と同時にキラリの顔を踏み台に距離を取った。

 トモエも離れ、キラリと並んだ。

「大丈夫か?」

 彼女の声にわずかな心配が滲んだ。

 キラリは鼻をさすり、笑みを浮かべた。

「ちょっと踏まれただけだ。問題ない」

 二人の目が後ろのマシロに注がれた。

 ハンゾウは笑った。

 岩に戻り、座り直して手を叩いた。

「いいぞぉ。拙いながらも、いい連携だ」

 師範の声は賞賛に満ちていたが、その瞳の奥に試すような光が宿った。

 だが、声が冷たく変わった。

 空気が重くなった。

「しかしまぁ、若く才能もある。故に惜しい。この学校は実力社会だ。卒業までに生き残ってる数の方が少ない――名門が二人。かたや神童で胆力が練れない、かたや刀鍛冶になりたいだの。そして、年齢に似合わない恵まれた体格を持つも、遅刻常習犯。お前ら、この学校がなんのためにあるか知ってるか? 侍や忍者だけじゃない。各国のエリートが、今後の力関係を見せる縮図だ。そんな場所に、異端はいらない」

 ハンゾウの言葉は刃のように鋭く、三人の胸を刺した。

 キラリの拳が握られ、マシロの肩が震え、トモエの瞳がわずかに揺らいだ。

 眼差しがトモエに注がれた――ハンゾウの目は優しく、しかし容赦なく彼女を捉えた。

「だが、トモエ。お前は帰ってもいいぞ。実力は十分だ。遅刻癖さえ無くしてくれればな。なにより、他国の者だ。そう簡単に退学にはできん。どうする?」

 静寂が場を包んだ。

 砂塵が止まり、遠くの山々が息を潜めるように佇んだ。

 トモエの瞳の奥でなにかが渦巻いた。

「……ふざけるな」

 トモエの呟きは誰にも聞こえなかった。

 体から蒸気が上がり、筋肉が膨張した――目に見えてわかるほど。

 忍装束が張りつめ、青みがかった気脈が肌の下で脈打ち、瞳が獣のように輝いた。

「――忍法『活爆心(かつばくしん)』!」

 トモエの声が低く響いた。

 恵体が鋼のように引き締まり、短刀の柄に手が伸びた。

 決死の覚悟。

 ハンゾウは呟いた。

「そうか」

 師範は鞘から刀を滑らせた。

 長刀の刃が陽光を浴びて冷たく輝いた。

「覚悟しろ。今際の際だ……踏ん張れよ」

 師範の構えは完璧だった。

 トモエのトップスピードが襲い掛かった。

 拳の連撃、蹴りの嵐。

 残像が蜃気楼のように連なり、空気を震わせた。

 ハンゾウは体捌きと片手でいなし、掌が拳を滑らせ、脚が蹴りを逸らした。

 傍らでキラリの動きを追う師範の視線が鋭く光った。

 キラリが追いついた――刀を構え、間合いを詰め、ハンゾウの突きが飛んだ。

 刃がキラリの頰を掠めた。

 寸前で避けたが、体勢が崩れ、切り返しの刀が足を狙った。

 土を蹴る音が響き、キラリの息が乱れた。

「――くそっ!」

 トモエが組み付き、刀の握り手を蹴ろうとした。

「胴ががら空きだ!」

 忍者の脚が閃き、ハンゾウの腕を狙った。

「開けたんだよ」

 ハンゾウの刀がトモエの右わき腹に一撃。

 衝撃が空気を震わせ、道着が裂ける音が響いた。

「痛ええええっ……でも、絶対離さねえ!」

 しかし、トモエはそれを狙い、腕を捕らえ、捨て身で両腕を封じていた。

 体を密着させ、師範の動きを止めた。

 キラリが叫んだ。

「今だ!」

 側面からマシロが近づいた。

 黒髪が揺れ、柄を握る手が震えた。

 彼の瞳に鍛冶の夢と侍の棘が交錯し、決意が爆発した。

「――侍刀技『炎壁波(えんへきは)』!」

 マシロの叫びが訓練場を震わせた。

 胆力が青白く輝き、刀身から赤い炎の壁が放たれ、視界を塞いだ。

 熱風が渦巻き、砂を焦がし、ハンゾウの姿を飲み込んだ。

 炎の粒子が舞い上がり、地獄の門のように場を支配した。

「キラリ、トモエ、今だ!」

 マシロは壁を盾に刀を振り下ろしたが、ハンゾウは息を吸い込み、ぶおっと吐き出した。

 強風が炎を消し飛ばした。

 マシロがその勢いで吹き飛んだ。

「嘘だろ……」

 師範の肺活量が空気を一気に押し出し、炎の残滓が煙のように散った。

「隙ありいいいい!」

 その瞬間、キラリが間合いを詰め、刀を横薙ぎした――刀の刃がハンゾウの道着を捉えた。

 裂け目が広がり、布ずれの音が響いた。

 胆力のない一撃が、しかし三人の絆で師範の守りを突破した。

 ハンゾウは勢いのままキラリを受け止め、トモエと共に後ろに倒れ込んだ。

「うおっ」

 師範の長刀が土に落ち、静寂が訪れた。

 天を見上げ、ハンゾウが声を上げた。

「はぁ……よし。合格だ」

 灰色の空に雲が流れ、陽光が三人の顔を照らした。

 キラリは呆然とした。

「えっ」

 トモエは拳を突き上げ、汗まみれの笑みを浮かべた。

「よっしゃー!」

 マシロは倒れたままガッツポーズを取った。

 拳を握りしめ、わずかに涙を浮かべた。

 ハンゾウは体を起こした。

「あー痛てて」

 彼は笑いながら道着の裂け目を指でなぞり、腹部をさすった。

 キラリの視線がそこに注がれた。

 刃は捉えていなかった。

 ハンゾウは息を拭った。

「まぁ、息吐いたあとだ。腹も凹むわな」

 彼はそう語った。

 師範の言葉に三人は顔を見合わせた。

 合格の刻が訪れた。


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