第4話
月日は容赦なく、四年の歳月を刻み込んだ。
新日本国の山間部は、変わらぬ四季を繰り返していた。
桜の花びらが散る春、蝉の鳴き声が響く夏、紅葉が燃える秋、雪が降る冬――そのすべてを、なかご家の屋敷は黙って見守っていた。
キラリは十二歳に成長していた。
かつての幼い面影は薄れ、肩幅が広がり、黒髪は肩まで伸び、腰に佩く刀の柄に手が届くほどになった。
朝の鍛錬で汗を流す姿は、侍の風格を帯び始めていた。
ノカミの指導の下で磨かれた抜刀術は、近隣の村人たちを驚かせるほどに洗練されていた。
だが、その瞳の奥には未だに影が宿っていた。
失われた胆力の空白が、心の底で疼き続けていた。
クラノもまた、体躯は細身ながらしなやかで、なかご家の誇りとなっていた。
胆力の使い手として頭角を現し、「十侍」入りを目指す若者たちの間で、彼の名は囁かれるようになった。
「坊ちゃまは気光の制御が天才的だ」
使用人たちのそんな会話が、キラリの耳に届くたび、胸に鋭い痛みが刺さった。
クラノの成長は、喜ばしいはずの家族の絆を、かえって複雑に歪めていた。
なかご家での生活は、表面上は平穏を保っていた。
夕餉の卓には湯気の立つ鍋が並び、ノカミの帰宅を待つ家族の声が広間に満ちた。
だが、その平穏の下で、クラノの陰湿ないじめは、忍び寄っていた。
最初は些細なものだった――稽古の後、キラリの水筒を隠す、刀の柄に泥を塗るなど。
次第に、言葉の毒が加わった。
「おい、本家の坊ちゃん。今日も胆力は出ねぇのか?」
その声は低く、周囲に聞こえないよう囁かれた。
嫉妬の炎は四年の歳月でくすぶり続け、クラノの心を蝕み、キラリに静かな苦痛を強いた。
キラリは耐えた。
歯を食いしばり、涙を堪え、ただ技の腕を磨き続けた。
庭で夜通し素振りを繰り返した。
月光が刀身に銀の輝きを落とす中、キラリは集中を極めた。
汗が滴り、筋肉が悲鳴を上げても、止まらなかった。
その痛みが刺さるたび、心の中で反芻した。
いつか証明してやる――僕は空っぽじゃない。
ついに、その日が訪れた。
侍忍学校への入学の日――新日本国の空に朝陽が昇る頃、キラリとクラノはなかご家の門をくぐり、馬車に揺られて山を下った。
侍忍学校は七つの国が競う抜刀術と忍法の聖地――荒野の国から霧の国まで、選ばれし若者たちが集う全寮制の学園は、巨大な城塞のようにそびえ立っていた。
校門には家紋の旗がはためき、入学試験の合格者たちが緊張した面持ちで列をなした。
試験は苛烈だった。
抜刀術、忍法、胆力等の各国の妙技――それらが試された。
キラリは卓越した刀捌きで突破した。
クラノは胆力操作で審査員を圧倒した。
二人は共に侍科へ進むこととなった。
ノカミは門前で見送り、言った。
「ここがお前たちの魂を試す場だ。誇り高く生きろ」
学園の空気は重く、張りつめていた。
寮の石畳を踏む足音が反響した。
食堂では国ごとの生徒たちが互いの視線を交わした。
雪の国の白い袍、騎士の国の重厚な鎧、神秘の国の呪文を囁く者たち――そんな面々が並んでいた。
新たな侍と忍者が、厳格な環境で鍛えられた。
初日の授業は道場での模擬戦だった――広大な畳の間は数百の生徒で埋まり、師範の声が轟いた。
「武は心なり。胆力を以て、己を知れ」
期待の視線がキラリに集まった。
本家の遺児、隕石の生還者――そんな噂がすでに広がっていた。
「あいつ、四年前の災厄を生き延びたらしいぜ」
対戦相手はクラノだった。
刀を手に道場の中央に立つ二人。
キラリの心臓が激しく鼓動した。
クラノの瞳は優越感に輝き、唇が薄く弧を描いた。
「キラリ。俺の踏み台になってもらうぜ」
師範の合図で模擬戦が始まった。
刃が交錯する音が道場に響き渡った。
キラリは卓越した刀捌きで序盤をリードした。
四年の鍛錬が動きに宿った。
足捌きは滑らかで、斬撃は水の流れのごとく正確だった。
クラノの肩を掠め、脇腹を突き、仮想の隙を次々と突いた。
生徒たちのざわめきが上がった。
「すげぇ……刀捌きが目で追えねぇ!」
「キラリ、押してるぞ!」
キラリの息は整い、集中が極まった。
だが、クラノの胆力が爆発した。
青白い気光が奔流となって溢れ出した。
「――侍刀技『操気斬』!」
その叫びが空気を裂いた。
気光は渦を巻き、刀の先端を包み、超人的な速度で加速した。
一閃――斬撃が風を操り、キラリの防御を突破した。
衝撃が肩にめり込み、体がよろめいた。
クラノの動きは別次元だった。
気光の奔流が道場の空気を震わせた。
キラリは歯を食いしばり、反撃を試みた。
刀を振り抜き、クラノの脇を狙ったが、気光の壁に阻まれ、逆に腹に拳が沈んだ。
息が詰まり、視界が揺らいだ。
「くっ……!」
キラリは耐えた。
純粋な抜刀で食らいついた。
だが、力の差は天と地だった。
クラノの連続斬撃がキラリを圧倒し、ついに膝をついた。
刃が畳に落ち、汗が滴った。
道場は沸き立った。
「クラノの勝ちだ!」
「もうあんなに胆力使えるのかよ!」
「……スゲェな、クラノ!」
拍手と歓声が道場を満たした。
「へっ、これが実力ってやつだ」
クラノは刀を肩に担ぎ、優越感に満ちた笑みを浮かべた。
期待の視線は一瞬でクラノに移り、キラリはただの敗者として沈んだ。
師範の声が響いた。
「次へ移れ」
キラリの心には新たな炎を灯していた。
外では学園の鐘が鳴り響き、七つの国の風が渦巻いていた。




