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KILARe:  作者: 川合 佑樹


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第28話

 修練場の空気が、一瞬にして凍りついた。

 侍と忍者の師範たちが一斉に抜刀した。

 ハンゾウの長刀が低く唸りを上げた。

「師範方! 生徒の命を優先! 我々で奴らを討つ!」

 ワコトの刀身がわずかに震えた。

「俺からいく! 合わせろ!」

 コタロウの巨躯が、山を崩すように構えを取った。

「いいねぇ! 楽しくなってきた!」

 チヅキの短刀が、無音で抜かれた。

「よくもまぁ、敵地のど真ん中で派手にできるねぇ」

 師範たちの気迫が、場全体を重く圧迫した。

 ミツヒの唇がゆっくりと弧を描き、ニヤリと獣が獲物を嘲るような笑みを浮かべた。

 その瞳の奥に、冷徹な愉悦が宿った。

「ふふ、面白いわね。――お前たち、どれだけ生徒を守れるかしら?」

 彼女の声は、甘く、しかし毒のように低く響き渡った。

 次の瞬間、十人の黒子忍者が散開した。

 全身を覆う黒い装束が砂地に溶け込んだ。

 無音の足音で、生徒たちに迫った。

 短刀の刃が朝光を反射し、冷たい殺気がギャラリーの空気を切り裂いた。

「生徒たち、散開しろ! 壁際に寄れ!」

 チヅキの鋭い指示が飛び、生徒たちの間に慌てたざわめきが起きた。

 一瞬の隙を突き、忍者の刃が、若き侍たちの喉元を狙った。

 師範たちは、即座に反応した。

 ミツヒから視線を外し、生徒たちの前に立ちはだかった。

 金属の衝撃音が響き、火花が砂地に散った。

 チヅキの短刀が舞い、忍者の急所を寸前で逸らした。

「くそっ、速い……!」

 師範たちの動きは、完璧な壁だった。

 生徒たちの悲鳴が上がりかけたが、師範の背中が、それを優しく、しかし固く守り抜いた。

「やらせてたまるか!」

 ハンゾウの声が、雷鳴のように轟き、生徒たちの心に勇気を灯した。

 だが、その瞬間。

 パチン!

 乾いた、しかし耳を劈くような音が場全体を震わせた。

 指を鳴らすただの音だった――だが、それは音ではなかった。

 無形の衝撃波が、爆発的に広がり、会場を埋め尽くした。

 空気が歪み、砂粒が一斉に舞い上がった。

 波動は獣の咆哮のように生徒たちを襲い、一部の若者たちが膝を突き、息を詰まらせた。

 キラリは目を細め、うずくまった。

「ぐっ……これは、まさか……!」

 視界が揺らぐ。

 師範たちの動きさえ、一瞬阻害された。

 その隙を、黒子忍者の刃が容赦なく切りつけた。

 生徒たちの悲鳴が場を染め上げた。

 キラリは、音の方向へ視線を向けた。

 砂煙の向こう、ミツヒの横に三つの影が浮かび上がった――ヒサヒの余裕たっぷりの笑み、眼鏡の奥で冷徹に光るチバナの瞳、黒布で覆われたハンガの無表情な輪郭。

 ミツヒの唇が、再び弧を描いた。

「じゃあ、殿は任せたわよ」

 彼女の声は、甘く、しかし棘のように鋭く響いた。

 ヒサヒは軽く肩をすくめ、金髪を指で梳きながら応じた。

「あぁ、任されたよ。――心配無用さ」

 チバナは眼鏡を押し上げ、淡々と頷いた。

「やっと出番ですか。効率的に片付けましょう」

 ハンガは無言で短刀を抜き、布の下の瞳が冷たく光った。

「承知した」

 四人の視線が、キラリに絡みついた。

 ミツヒは、気絶したクラノの体を小脇に抱え、優雅に後退した。

 天井の崩れた穴から、消えていった。

 その背中が、修練場の空に溶け込んだ。

 キラリは、反射的に刀を抜き、追おうと足を踏み出した。

「クラノ……! 待て、ミツヒ!」

 だが、ハンゾウの長刀が、キラリの前に立ちはだかった。

 師範の灰色の瞳が、鋭く少年を射抜いた。

「キラリ! 待て。あいつらの本当の目的はお前だ! クラノはコタロウが追う――お前は俺の後ろにいろ!」

 ハンゾウの声は、低く、しかし絶対的な命令のように響いた。

 しかし、その瞬間。

 ドン!

 横から、巨大な影がハンゾウに体当たりした。

 巨躯の衝撃が、空気を震わせ、師範の体を砂地へ叩き落とした。

 砂煙が舞い上がり、ハンゾウの長刀が砂地に突き刺さった。

 師範の灰色の髪が乱れ、灰色の瞳に驚愕が閃いた。

「コタロウ……! お前、まさかっ!」

 ハンゾウの声が、信じられないという叫びのように掠れた。

 コタロウの端正な顔が冷たく歪み、爽やかな笑みが消えていた。

 巨体がハンゾウを見下ろし、口調が低く響いた。

「切り捨て御免……師範。――悪いが、こいつは俺の仕事だ」

 コタロウの拳が、再び振り上げられた。

 その瞳に、裏切りが宿った。

 ハンゾウは、砂煙の中から体を起こし、唇を噛んだ。

「お前……なぜだ、コタロウ!」

 だが、言葉は届かない。

 ヒサヒが、ゆっくりとハンゾウに向かって腕を伸ばした。

 指先が静かに曲がった。

 パチン! と鳴らす、ただの仕草。

 だが、それは衝撃波の予兆だった。

「あっけないものだな」

 ヒサヒの声は、軽やかだったが、底知れぬ冷徹さを帯びていた。

 その瞬間。

 シュン!

 ヒサヒに向かって、影が飛んでくる。

 トモエの体が加速し、飛び蹴りが金髪の彼を狙った。

「ヒサヒ! お前、なにやってんだよ!」

 トモエの声が、怒りと裏切りの渦を孕んで響いた。

 ヒサヒは皮一枚の差でそれを躱した。

 体が後退し、トモエの蹴りが空を切った。

 少女は地面に着地するや否や、体を回転させ、頭部を狙った連続蹴りを放った。

 バシッ!

 風を裂く音が響き、ヒサヒの金髪を掠めた。

 だが、その攻撃を、チバナが受け止めた。

 眼鏡の奥の瞳が冷たく光り、細い腕がトモエの脚を固く掴んだ。

「――あなたの相手は、私です」

 チバナの声は、穏やかだったが、鋼のように硬かった。

 次の瞬間、彼女はトモエの体を壁に向かって投げ飛ばした。

 ドン!

 衝撃が石垣を震わせ、トモエの体が弾かれるように跳ね返った。

「くっ……なんて力だ……!」

 同時に、ヒサヒの背後から、炎の矢が飛んでくる。

 マシロの掌から放たれた赤い軌跡が、砂地を焦がし、金髪の彼を狙った。

「――食らえ!」

 マシロの叫びが、怒りに震えた。

 だが、ヒサヒが冷静に視線を向けると、その矢をハンガが叩き落とした。

 黒布の瞳が無表情に光り、短刀の柄で炎を薙ぎ払った。

 パチパチと火花が散った。

「――お前の相手は、私がしよう」

 ハンガの声は、低く、しかし確実にマシロを射抜いた。

 一蹴りで距離を詰め、少女が彼の前に立ちはだかった。

 ヒサヒは、ゆっくりとキラリに向き直った。

 唇に余裕の笑みが戻った。

「では、キラリ――お前の相手は、俺ということだな」

 その声は、軽やかだったが、底知れぬ深みを帯びていた。

 裏切りの渦が三人を飲み込もうとしていた。

 砂煙の向こうで、黒子忍者の刃が師範たちを包囲し、生徒たちの悲鳴が響いた。

 剣戟は、闇の宴へと変わった。


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