第26話
第一試合の余韻が、皆の胸に冷たい棘を残していた。
ワコトの声が、再び雷鳴のように響き渡った。
「第二試合を始める。組み合わせは、キラリ班のマシロ対雪の国レヴナ」
マシロは一歩前に出た。
「よし……平常心だ、平常心」
砂地に降り立つマシロの足音が、乾いた砂を軽く軋ませた。
対する雪の国側の生徒は、ゆっくりと白線まで進み出た。
その姿に、ギャラリーからどよめきが漏れた。
肌着のような薄い布一枚――上下に分かれた簡素な装束が、少女の純白でしなやかな体躯をほとんど隠さなかった。
長い銀髪が背中を流れ落ちた。
少女の瞳は氷のように冷たく輝き、唇には不敵な笑みが浮かんでいた。
雪の国の戦士らしい――肉体そのものが武器を思わせるほど、鍛え抜かれた筋肉が布地の下でうねっていた。
マシロの顔がぱっと赤らんだ。
「あの……えっと、目のやり場に困るのですが……。もう少し、なにか着てくれませんか?」
少女は片眉を吊り上げ、声は低く、雪崩のように響いた。
「あぁ? あちーんだからしょうがねーだろ! 文句あんのか、童貞野郎! 男のくせに、こんなもんで動揺すんな! むしろ見てーだろ! 見てーって言えよ、こちとら美少女だぞ!」
ギャラリーから、くすくすという笑い声が漏れた。
マシロの耳まで真っ赤に染まり、拳を握りしめてうつむいた。
ギャラリーで、キラリは小さく呟いた。
「雪の国……確か、体術が得意だって聞いたことがある」
トモエが隣で腕を組み、目を細めた。
「そうだな。寒冷地帯は身に着けるものが分厚くなる分、打撃よりも組み技が強いと聞いたことがある。接近戦に持ち込まれたら、マシロじゃ厳しいかもな……。レヴナみたいな接近型に近づかれたら、一巻の終わりだぜ」
キラリの胸に、かすかな不安がよぎった。
マシロの成長を信じたい。
だが、雪の国の少女の眼光は獣のように鋭かった。
ワコトが二人の間に割り込み、冷徹な視線で砂地を睨んだ。
「服装に問題はない。第二試合を始める。それでは、お互い白線の位置まで下がれ。名乗りを上げたら、戦闘の合図を出す」
二人は白線まで後退した。
マシロの息がわずかに乱れた。
レヴナの視線が、獲物を値踏みするように彼を射抜いた。
マシロがまず名乗りを上げた。
口調は低いが、決意を込めて響いた。
「めぬきマシロ! 勝たせてもらう!」
レヴナが続けて応じた。
唇を歪め、拳を軽く鳴らす音が砂地に木霊した。
「ろしきレヴナ。ボコボコにしてやるよ!」
ワコトの視線が二人の間に落ちた。
空気が張りつめた糸のように引き絞られた。
「それでは、第二試合――初め!」
合図の瞬間、レヴナの体が爆発したように動き出した。
ダッシュの足音が砂を蹴散らし、空気を震わせた。
「最短でキメてやるよ! 覚悟しな!」
マシロはそれを予測していたかのように、懐から撒菱を散らした。
小さな棘の塊が砂地にきらめいた。
「これで近づけないだろ!」
レヴナの足が一瞬止まった。
だが、少女は歯を食いしばり、飛び越えた。
体が宙を舞い、拳を握りしめてマシロに迫った。
「だからどうした! こんな小細工、効くかよ!」
「それも読んでるんだよ!」
マシロは砂に片足の先を突っ込み、一歩後ろに下がりながら砂を蹴り上げた。
乾いた砂粒が舞い上がり、レヴナの視界を覆った。
「くっ……目くらましかよ!」
レヴナは着地し、顔の砂を払った。
その隙に、マシロは走って距離を取った。
「この距離だ!」
そして、マシロがレヴナに向かって技を放った。
掌から赤い気光が渦を巻き、砂地を熱く焦がした。
「――侍刀技『炎壁波』!」
炎の壁が轟音とともにレヴナに押し寄せた。
橙色の奔流が空気を震わせた。
「ちっ、当たるかよ!」
レヴナは横に身を翻し、壁を避けた。
銀髪が熱風に煽られ、布地がわずかに焦げ、少女の肌に赤い火傷の跡が浮かんだ。
「熱ぃな……だが、俺は止まらないぞ!」
そこをマシロは狙っていた。
「当てろ。それだけだ」
掌を弓のように構えた。
「侍刀技『火矢振』!」
赤い矢がレヴナを襲った。
軌跡が空気を裂き、熱気が砂地を歪めた。
レヴナはかろうじて片手で受け止めた。
掌が焦げ、煙が立ち上った。
少女の息がわずかに乱れた。
「ぐっ……! やるじゃねえか!」
マシロはその様子を伺い、息を整えながら砂地に撒菱を散らばらせた。
彼の声が自信を帯びて響いた。
「近づけば撒菱、距離を取れば炎の壁と矢を飛ばす! 悪いが、これを繰り返させてもらうぜ!」
「てめぇそれでも侍かよ! 卑怯もんがぁ!」
レヴナは舌打ちをし、掌の火傷を砂で叩き消した。
痛みを嘲笑うように、少女は再び走り寄った。
撒菱の棘が足裏を刺し、血がにじんだが、止まらなかった。
「それがどうした!」
「おい、そこには撒菱が……!」
「痛いの上等!」
レヴナは足の痛みを無視し、突進を続けた。
棘が肉に食い込み、血の跡を砂地に残した。
その執念に、ギャラリーの生徒たちが息を飲んだ。
キラリは二階から拳を握りしめ、呟いた。
「マシロ、距離を……!」
マシロは慌てて技を放った。
「くっ――侍刀技『炎壁波』!」
再び炎の壁がレヴナを襲った。
熱波が少女の体を包み、布地を焦がし、肌を赤く焼いた。
痛みの悲鳴が喉から漏れた。
「こんなもん! 気合で耐えられるんだよ!」
しかし、壁すらも突っ切り、体を焦がしながらレヴナの拳がマシロを襲った。
拳はマシロの頰を穿ち、衝撃が骨まで響いた。
「ぼはっ!」
彼の体が吹き飛ばされ、砂地を転がった。
口の中に血の味が広がり、視界が揺らぐ。
レヴナも勢いのまま地面を転がり、布地が砂にまみれた。
少女の体に火傷の跡が無数に浮かび、銀髪が汗で張りついた。
「っしゃおらぁ!」
だが、レヴナは今しかないと、体を即座に起こした。
瞳に獣のような執念が燃えた。
痛みを燃料に、走り寄った。
マシロは意識が朦朧としながら、体を起こした。
頰の痛みが彼の視界を赤く染めた。
「痛ぇ……本気で殴りやがって……!」
「坊やはおねんねしてな!」
レヴナの前蹴りがマシロの体を倒し、少女がマウントポジションを取った。
砂が舞い上がった。
レヴナの上から、拳が雨のように降り注いだ。
「おらおらおらおらおらおらおらおら!」
打撃の音が砂地に鈍く響いた。
「まずい……やられる……」
マシロは必死にガードし、腕が痺れた。
少女の拳は重く、接近戦の恐怖が彼の胸を締めつけた。
「大人しく、やられとけよ!」
「……ヒサヒを倒すとっておきだったんだけどな。でも、ここで負けるわけにはいかねえ!」
彼はガードの隙間から胆力を練り上げた。
掌に赤い気光が渦を巻き、体温が急上昇した。
そして、技を放った。
「――侍刀技『円炎層』!」
直径三メートルほどの炎のドームが、レヴナとマシロを包み込んだ。
橙色の壁が砂地を照らし、熱波が空気を歪めた。
ギャラリーから驚嘆の声が上がった。
二階で、キラリが息を飲み、呟いた。
「マシロ……!」
レヴナの目が見開いた。
ドーム内で熱気が少女の肌を焼いた。
布地が焦げ、銀髪が熱風に煽られた。
「なんだ、この技は……! 熱っ……!」
マシロは倒れたまま息を荒げ、唇を歪めて嘲った。
ドームの内側は鍛冶の炉のように熱かった。
「知りたいか? ふふ、そりゃあ知りたくなるよな――お前みたいな熱血漢は、こんな状況でどんな切り札を隠してるのか、気になって仕方ないだろ? 心臓がドクドク鳴ってるのが、ここから聞こえてくるぜ。よし、特別に教えてやるよ。この技は、俺の体を中心に炎の円を発生させ、俺の体全体を守るための防御壁となる技だ! 全方向を炎の壁で覆うことで、どんな敵の攻撃からも身を守れる! これさえあれば、俺は安全な所でじっくり戦況を見極められるというわけだ! ――ここまで聞いてくれてありがとう、俺の勝ちだ!」
「……はぁ? 攻撃じゃ……ない……なら……」
少女の体がふらりと傾き、意識を失ってマシロの上に倒れ込んだ。
ドームがゆっくりと溶けるように消え、砂地に熱気が残った。
マシロは倒れたまま、天にこぶしを突き上げた。
彼の笑いが響いた。
「へへへ……勝ったぜ!」
ワコトの声が即座に響いた。
「第二試合――終了! マシロの勝利!」
ギャラリーから拍手とどよめきが沸き起こった。
キラリは二階から駆け下り、マシロに手を差し伸べた。
トモエも笑みを浮かべて続いた。
「マシロ、よくやった! 今のはどうやって勝ったんだ!?」
マシロはキラリの手にすがり、体を起こした。
頰の腫れが痛んだが、瞳は輝いていた。
「へへへ……あの技の中じゃ、長く息が続かないんだ」
トモエが彼の肩を叩き、くすくすと笑った。
「お前らしい戦い方だな! 防御を攻撃に変えるなんてな」
マシロは照れくさそうに頭を掻き、三人は砂地を後にした。
次の試合が忍び寄る。




