第22話
ダンゾの体は、土に深く沈み込んだ。
トモエは素早くダンゾの両腕を背後に回し、忍装束の帯を縄代わりにきつく締め上げた。
「ったく。あぶねー武器使いやがって」
男の体がビクンと震え、布の下からくぐもった呻きが漏れた。
彼女の指先は、滑らかでも鋼のように固く、敵の抵抗を一瞬で封じ込めた。
「動くなよ。まだ終わってねぇんだから」
その声は、低く、しかしどこか優しげに響いた。
トモエはダンゾの体を木の根元に引きずり寄せ、背中を幹に押しつけた。
「それじゃあ失礼しまして」
マシロが息を弾ませて駆け寄り、ダンゾの体を素早く探った。
忍装束の内ポケット、腰の巻物、靴の裏側――くまなく。
「くそっ……武器以外なんも持ってねぇ」
マシロはキラリに視線を向けた。
「どうする? キラリ」
キラリは刀を鞘に収め、深く息を吐いた。
「目を覚まさせろ、トモエ。時間を無駄にできない」
「あいよっ」
トモエは頷き、ダンゾの頰を平手で叩いた。
パン!
乾いた音が響き、男の頭がガクンと揺れた。
布の下の唇がわずかに開いた。
「あぁ……なんだよ、お前らか」
ダンゾの口調は、痛みを堪えたような掠れ方で、しかし嘲るような余裕を残していた。
布の隙間から覗く瞳が、冷たく三人を射抜いた。
「俺はなんも吐かねーぜ」
男の視線には、忍者のプライドが宿っていた――捕らわれた獲物がなおも牙を剥くように。
キラリは一歩踏み出し、刀の柄に手をかけたまま、男の瞳を真正面から捉えた。
少年の声は低く、森全体に響くような重みを帯びていた。
「木片はどこだ」
ダンゾは肩をすくめ、布の下で薄く笑った。
「さてねぇ……」
トモエの瞳が、わずかに細まった。
「よいしょっ」
彼女は躊躇なくダンゾの右腕を掴み、関節を外すように捻った。
ゴキッ!
骨の軋む鈍い音が森に響き、男の体がビクンと跳ね上がった。
「ぐっ……やりやがったなぁ……!」
痛みの波が男の顔を歪め、布の下の額に汗が滲んだ。
トモエはダンゾの耳元で、低く囁いた――声は優しげで棘のように鋭かった。
「俺は侍じゃない。殺さない程度の拷問なら、いくらでもできる。お互い忍者だろ? なにをされるかくらい、分かるはずだぜ」
ダンゾは痛みをこらえ、荒い息を整えた。
額の汗が布に染み、瞳の奥で揺らぎが生じた。
ゆっくりと口を開き、吐き出すように言った。
「はっ……言ったところで、どうなるってんだ? 俺の仕事は足止めだよ。それくらい、分かるだろ? ここでいくら時間を使ってくれても、構わねぇさ。木片? 持ってねぇよ。仲間が先行してるんだ。そんなことも、分からないか?」
ダンゾの眼差しが、三人を値踏みするように細まった。
マシロがキラリに視線を向け、息を潜めて問うた。
「キラリ、もっと締め上げて、吐かせるか?」
キラリは森の奥を、じっと見つめた。
遠くで他の生徒たちの叫びが断続的に聞こえた。
夜が近づいている。
このまま時間を食わせば、第三障壁への道は遠のく。
「こいつは木にくくりつけて、先を急ごう。もうじき夜になる」
「よしっ分かった」
トモエは頷き、ダンゾの足の関節を素早く外した。
ゴキッ!
骨の音が響き、男の体が震えた。
「ぐおあっ……てめぇ……覚えてろよ」
「はいはい。次会うことがあったらな」
彼女は忍装束の帯を延長し、ダンゾの体を木の幹にきつく巻きつけた。
縄のように締め上げ、男の動きを完全に封じた。
「まぁ恨めよ。追って来られても困るんでな」
トモエの声は、淡々と、しかしどこか慈悲を込めて。
ダンゾは木に凭れ、痛みを堪えながら、布の下で歯を食いしばった。
瞳がキラリを射抜き、低く吐き捨てた。
「お前ら……生かしたことを、後悔するぞ……!」
男の関節の痛みが波のように体を蝕んだ。
キラリはダンゾの瞳を真正面から睨みつけた。
「殺さなかっただけだって、分からない程度の実力なら……怖くはないさ」
その視線は、ダンゾの背筋を凍りつかせた。
三人はダンゾを背に、森の奥へと進んだ。
夜が来た。
「夜間の行動は控えよう。ここを野営地とする」
キラリの声は、静かだが確かだった。
少年は周囲を見渡し、開けた場所を選んだ。
木々の根元が自然の壁となり、風を遮るのに適していた。
トモエは短刀を腰に戻し、軽く肩を回した。
「分かった。薪の準備をしよう。夜は、火が命綱だぜ」
彼女の動きは素早く、近くの枯れ枝を拾い集め、地面に円を描くように積み上げた。
マシロは掌を擦り合わせ、赤い気光を微かに灯した。
「種火は俺が出すよ」
彼は地面にしゃがみ込み、掌から小さな火を放った。
「侍刀技『小火刃』!」
パチパチと薪が弾けた。
熱気が三人の頰を温め、森の冷たい湿気を追い払った。
マシロがほほ笑んだ。
「ふぅ……これで少しはマシだな」
キラリが薪をくべながら、息を吐いて応じた。
「ああ、ようやく一息つけるよ。マシロ、ありがとう」
マシロは掌を炎にかざし、満足げに頷いた。
「俺の技が戦い以外で役に立つなら、それに越したことねぇよ」
三人は協力して野営の準備を進めた。
キラリが紐を木にくくりつけ、予備の布を天幕代わりに張った。
簡素なものだったが、雨を防ぎ、風を遮るのに十分な効果を発揮した。
布が霧に濡れ、重く垂れ下がる中、トモエが戻ってきた。
彼女の手に、食べられそうな野草の束と、数匹の野リスがぶら下がっていた。
「焼いて食おうぜ! 腹が減っては戦はできねぇよ」
マシロが目を輝かせて立ち上がり、野リスの束を覗き込んだ。
「おお、でけえな! これで腹いっぱい食えるぜ」
トモエは肩をすくめ、野草を地面に置いて串を探した。
「俺の分、ちゃんと焼いてくれよな!」
キラリは薪の火に近づき、野リスの串を刺して炎に翳した。
「トモエ、ありがとう!」
マシロは串を回しながら、目を輝かせた。
「こんなところで暖かいもん食えると思わなかったぜ!」
串の肉がジュウジュウと音を立て、香ばしい匂いが広がった。
ひと時の安らぎ。
戦いの合間の、かけがえのない休息だった。
マシロが串を口に運び、満足げに息を吐いた。
「そういえば、キラリ。胆力、使えるようになったんだな。あの技、すげぇよ。でも、あれ……侍刀技には見えなかったぜ。なんなんだあれ?」
「あぁ、出力できるようになったんだが……隕石の影響で、七曜の命令ができなくてな。火・水・木・金・土のどれにも染まらないんだ。胆力そのものの具現化で止まる。エネルギーの塊みたいなものなんだ。まだ、荒削りだよ」
トモエは野草を齧りながら、首を傾げた。
「それって、どういうことなんだ? 俺とかは身体能力を向上できるけど……それに近いのか?」
「そうだな。属性がないという意味では、同じかもしれない。本来は、民の国の侍を殺した時のように……刃にして操作できるようになるのが理想なんだろうが、そこまでの胆力操作はまだできない」
マシロが串を放り投げ、ニヤリと笑った。
「まぁ、お前ならいずれ使いこなせそうだもんな。よっ、天才! 名家!」
その言葉に、からかうような軽さが加わり、三人の間に笑いが広がった。
キラリは苦笑し、串をマシロに押しつけた。
「それを言うなら、お前もあの炎の矢はなんだよ。知らなかったぞ。あれ、弓も持たずにどうやって……」
トモエがくすくすと笑った。
「あれは俺とマシロで考えたんだよなー。マシロ、説明してやってくれよ」
マシロは胸を張り、掌を広げて見せた。
「おう! お前を驚かせてやろうと思ってな。刀術で劣るなら、近づかなきゃいいだろ? 弓を持たず、矢が飛んできたら、相手も驚く。それに、炎で焼くから血も出ない。トモエに安心して戦ってもらえるって訳だよ」
キラリは目を丸くし、串を口に運びながら笑った。
「すごいな、二人とも。でも、作戦立てる時に普通は教えておくもんだろ! 俺、置いてけぼりじゃんかよ」
その言葉に、少年の瞳が柔らかく輝いた。
三人の笑い声が、森に響き合った。
炎のパチパチという音が、夜の静寂を優しく包み、木々が三人の輪郭を優しく縁取った。
この絆が、第三障壁への道を照らした。




