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KILARe:  作者: 川合 佑樹


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第21話

 キラリ班の三人は、息を潜めながらも全力で前進を続けていた。

 先行するトモエの脚が根張りの激しい地面を軽やかに蹴った。

 その後ろをキラリが追い、柄を握る手が汗で滑るのを堪えながら、視界の端を鋭く見回した。

「キラリ、このまま夜まで走る。作戦は変わらずでいいな?」

 トモエが振り返らずに、低く声を潜めて言った。

 彼女の黒髪が木々の葉ずれに混じって揺れた。

「大丈夫だ……このペースで第三障壁が見える所まで目指す」

 キラリは息を整えながら応じ、視線を前方に固定した。

 最後尾のマシロは、周囲を警戒した。

「後方に敵影無し。だが、なんか嫌な予感がするな」

 マシロの声が、緊張を帯びて響いた。

「――止まれ!」

 突然、トモエが足を止め、ハンドサインを閃かせた。

『警戒』

 三人は即座に身を低くし、木陰に身を寄せた。

 彼女の瞳は細められ、耳を澄ました。

「なにかがおかしい……この空気。……罠か?」

 キラリは刀を抜き、周囲を見渡した。

 木々が揺らめく中、なにも異常は見えなかった。

「……トモエ、なにか気配は?」

 マシロが、息を潜めながら地面を睨んだ。

 彼の勘は、国境の荒野で鍛えられたものだった。

「待てよ……この周辺、罠だらけじゃねえか? 土の盛り上がり、木の枝の不自然な曲がり方……あれだ!」

 マシロが近くの木の枝を素早く手折り、軽く投げつけた。

 枝が弧を描き、地面に落ちた。

 その瞬間。

 ピン!

 鋭い金属音が響き、細い糸が張りつめた。

 次の刹那、側面の茂みから弓矢が叩きつけられるように飛び出し、枝を穿った。

 矢の先端が枝を裂く乾いた音が森に木霊し、毒々しい緑の塗料が飛び散った。

「これは……」

 キラリの背筋に冷たいものが走った。

 トモエの低音が鋭く響いた。

 短刀の柄に手をかけたまま睨んだ。

「来るぞ……奴の気配、忍者だ」

 キラリは構えを取った。

 この罠の巧妙さ――単なる野盗の仕掛けじゃない。

 計算された、狩りの網だった。

 靄の奥から、ゆっくりと人影が近づいてきた。

 現れたのは、顔に白い布を被った男だった。

 忍装束の裾が揺れ、腰に小さな刀と吹き矢の筒を携え、瞳だけが布の隙間から冷たく光った。

 体躯は細いが、動きに無駄がなかった。

 男の唇が、布の下で薄く弧を描いた。

「おや、罠がバレてしまったか。残念だ」

 嘲るような余裕が三人に絡みついた。

 キラリの握る刀の柄が、汗で滑った。

「この罠、一つ間違えれば殺しかねないはずだ! なぜ仕掛けた!」

 男は、肩をすくめ、布の下でくすくすと笑った。

「生きているのだから、問題なかろう? 俺の狩場を抜けられる技量を見せてみろよ。お坊ちゃんたち」

 マシロの瞳が燃え上がり、掌の気光が赤く膨張した。

「そんな言い訳があるか! キラリ、こいつはここで倒そう! じゃないと、他の生徒にも被害が出る! このまま、放置はできねえ!」

 トモエが短刀を抜き、構えた。

「場所を変えよう。ここはあいつの狩場だ。俺が囮になるから、キラリ、マシロは後ろを固めろ」

 キラリは一瞬、考えた。

 一旦引いて体勢を整えるか? しかし、後ろから敵が来ていないとも限らない。先行している俺たちより先に、第三障壁にたどり着き、他の班を倒していると考えると、その実力は計り知れない。敵の数も分からない中、下手な行動は自滅だ。どうする?

 男の声が、再び靄を裂いた。

 布の下の視線が、獲物を嘲るように細まった。

「どうした? かかって来ないのか、侍ども。安全が担保されなけば戦えないか? 平和ボケした温室育ちめ」

 トモエの視線が、キラリに注がれた。

「そんな挑発によるかよ! ……キラリ、リーダーのお前に任せる。俺たちはお前の判断を信じるぜ」

 キラリは深く息を吸い、刀を構え直した。

「下がる方が危険だ。ここで倒すぞ!」

 男の笑いが、布の下で低く響いた。

「覚悟は決まったか、お坊ちゃんたち。――民の国、忍者、ちはんダンゾ。お相手仕るぜ」

 戦闘の火蓋が、切って落とされた。

 キラリは即座にマシロにハンドサインを閃かせた。

『炎で目くらまし』

 マシロの瞳が輝き、掌から赤い気光が奔流となって爆発した。

「侍刀技『炎壁波』!」

 炎の壁が敵の正面に飛び上がり、轟音とともに焼き払った。

 赤い奔流がいくつかの罠を巻き込み、糸が切れ、矢が無秩序に飛び出した。

 熱風が木々を焦がし、視界を塞いだ。

 ダンゾの布の下で、息がわずかに乱れた。

「ふむ、厄介だな……だが、そんなに罠を発動させて大丈夫か? お前らの足元も、危ういぞ」

 ダンゾは炎を横に躱し、距離を取った。

 次の瞬間、四方八方から矢が雨のように降り注いだ。

 ピュンピュン!

 空気を裂く音が響き、毒の緑が散った。

 トモエは短刀を閃かせ、一部を弾き飛ばしながら身のこなしで避けた。

 刃が矢を薙ぎ払う金属音が響き、彼女の体が木陰へ滑り込んだ。

「くそっ、数が多い……!」

 マシロは後退し、掌を地面に叩きつけて炎の余波を広げた。

 熱風が矢の軌道を歪め、地面を焦がした。

 キラリは正面に立ち、深く息を吸い込んだ。

「キラ……力を貸してくれ!」

 胆力を出力し、具現化させた。

 光がゆっくりと形を成し、体を両手で包むような壁となった。

 ダダダダダダッ

 矢が次々とぶつかり、衝撃が体を震わせたが、壁は微動だにしなかった。

 気光の粒子が散り、キラリの額に汗が伝った。

 壁がゆっくりと解け、矢の雨が止んだ。

「よし……成功だっ」

 キラリは息を吐き、刀を構え直した。

 マシロの目が見開き、興奮が声に混じった。

「キラリ、それって……お前の胆力か!? いつあんな壁作れるようになったんだよ!」

 キラリは薄く笑った。

 体内の奔流が、穏やかに脈打った。

「まだ攻撃には使えないが、自身の身を守る程度にはな。もう足手まといにはならないさ。――トモエ、次だ!」

 トモエが木陰から飛び出し、ダンゾに突っ込んだ。

 彼女の声は軽やかだが、棘を帯びた。

「もう手品は終わりか? 罠だけじゃ、俺たちを捕まえられねえよ!」

 ダンゾは腰から刀を取り出し、足元の残った糸を素早く切った。

「まだまだこれからだぜ」

 その言葉と同時に、両脇から投石が勢いよく発射された。

 トモエは瞬時に左右を確認し、地面を蹴って宙を舞った。

「当たるかよっ」

 忍装束の裾が翻り、体が弧を描いた。

 空中で回転し、投石を避けた。

 だが、ダンゾの動きは速かった。

 腰から吹き矢を取り出し、毒針を構えた。

「空中じゃ避けられないだろ?」

「避ける必要はねえさ!」

 次の瞬間、ダンゾの手を撃ち抜くように、炎の矢が飛んできた。

 赤い軌跡が手を貫いた。

 ズシャ!

 血しぶきが散り、ダンゾの悲鳴が森に響いた。

 ダンゾが顔を向けると、そこには弓のように掌を構えたマシロの姿があった。

 気光の炎が掌に渦巻いた。

「侍刀技『火矢振(ひやぶり)』!」

 ダンゾの上空から、トモエの声が降ってきた。

「よそ見してていいのか?」

 トモエのかかとが、ダンゾの頭頂部に落下した。

 ゴキン!

 鈍い衝撃音が響き、男の体が地面に沈んだ。

「ぐはっ」

 ダンゾのうめきが途切れた。

 こうして、初の班戦闘は勝利で終わった。

 三人は息を荒げ、互いの顔を見合わせた。

 フシの森に、静かな余韻が広がった。

 だが、遠くで他の叫び声が聞こえた。

 この狩場は、まだ終わっていなかった。


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