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KILARe:  作者: 川合 佑樹


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第18話

 準備が始まった。

 ハンゾウはあらかじめ用意した無数の札を取り出した。

 古い和紙に墨で符文を記したものだった。

 彼は胆力を込めた。

 淡い輝きが指先から染み込み、札が微かに震えた。

 キラリは正中線に沿って、それらを体に貼り付けられた。

 額、喉、胸、腹、腰――冷たい紙の感触が肌に張りつき、かすかな熱が広がった。

 次に、ハンゾウは清めの水を竹筒から吹きかけ、キラリの体を濡らした。

 師範自身も、その水を頭から被り、灰色の髪が滴を滴らせた。

「これで、穢れを払う。キラリ、いくぞ」

 キラリは刀を地面に置き、両手を広げた。

「はい……師範」

 心臓の鼓動が、耳元で鳴り響いた。

 ハンゾウが胆力を練り上げた。

 体から青白い霧が立ち上り、空気がひりついた。

 キラリはそれを肌で感じた。

 膨大で棘のようなエネルギーが、訓練場全体を圧迫した。

 師範の瞳が輝き、手がキラリの頭に置かれた。

(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!」

 片手で九字の印を結ぶと、その膨大な胆力がキラリの体へと入り込んだ。

 ドンッ!

 衝撃が雷鳴のように体を貫き、キラリの視界が白く閃いた。

 胸の奥底から、込み上げてくる力の奔流。

 星屑の渦巻きが経絡を焼きつくす熱が広がった。

「師範……これ、マズいかも……!」

 その言葉と同時に、キラリの体から膨大な胆力が噴き出した。

 青白い気光が奔流となり、体中から噴火するように溢れ、砂を焦がし、空気を震わせた。

 木々が葉ずれを止め、鳥たちが一斉に飛び立った。

「これ、どうすれば……!」

「そのまま放っておくと、本来であれば胆力が枯渇し、普通の人間なら死ぬ」

「えっ……!」

「今は溜まりに溜まった力の一片が出てるだけだ。とてつもない勢いでな。だが、そのままだと体が先に持たない」

 キラリの体が熱く疼き、視界が揺らぐ。

 経絡が引き裂かれるような痛みが、全身を駆け巡った。

「師範……どうすればいいのですか……!」

「どうにもこうにも。これを行って生き残った奴はいない」

「えっ……!」

「当然だ。胆力は魂の外殻。それを放出し続けて生き残れるわけがない」

「師範、そんな……どうして……!」

「お前はこの国にとって脅威なんだよ。よって、処分が決定した。恨んでくれて構わない。この国のために、死んでくれ」

 キラリは困惑した。

「師範……ハンゾウ師範……!」

 必死に止めようと思ったが、胆力は放出され続け、体が熱く息が苦しく、視界が赤く染まった。

 力は制御不能に暴走し、キラリの膝が折れかけた。

 徐々に光が弱まり、キラリの体から放出される淡い輝きが薄れ、糸が切れたように少年は倒れた。

 砂の上に崩れ落ちた。

「……キラリ。……頼む!」

 ハンゾウは呟き、膝をついた。

 その瞬間――膨大な胆力があふれ出し、キラリの体がその出力で持ち上がった。

 光が渦を巻き、少年の体を浮遊させ、巨人の手のように支えた。

 ハンゾウは刀に手をかけ、鯉口(こいぐち)を切り、居合の構えを取った。

 長刀の刃が、陽光を冷たく反射した。

「……きたかっ」

 キラリの胆力が鋭さを増し、気光が刃のように体を包んだ。

 目がゆっくりと開き、そこには深い悲しみと怒りが宿っていた。

 吉良上野介の魂が、再び表面に浮かんだ。

 キラリ――いや、吉良の声が、低く響いた。

「謀ったな。痴れ者め」

 ハンゾウは構えを崩さず、応えた。

「成功したか……」

 ハンゾウは構えを解き、刀を収め、膝をつき、鞘を腰から抜いて地面に置いた。

 そして両の手を広げ無防備に胸元を晒す。

 ただひたすらに信頼を乞う、静かな降伏の形だった。

 師範の瞳に、覚悟の光が宿った。

「お前がキラリの中にいるものだな。単刀直入に言う。お前がキラリを守りたいなら、今すぐその胆力を制御しろ」

「ずいぶん勝手なことを。私を利用するというか」

「そうだ。だが、その子の体を使ってボロボロにしたのはお前だ。次は死ぬぞ。時間はない。同じ追手か、違う追手か、はたまた国か。これは交渉ではない。その子の体を思うなら、生きるために力を貸してくれ。そのために、この命一つならくれてやってもいい」

 そう言うと、ハンゾウは刀を抜き、自身の首に添えた。

 刃の冷たい感触が、喉の脈を震わせた。

 師範の瞳に、静かな決意が宿った。

「キラリ、最後に傷つけてしまってすまなかったな。良い侍になってくれ」

 柄に力をかけ、刃が肌を裂きそうになった。

 その瞬間、キラリの体から青白い光が手のように伸び、刀を掴んだ。

 気光の指が、鋼を優しく、しかし固く締め上げた。

「師範! やめてください! 俺は、そんなこと望んではいません!」

 キラリの声――少年の純粋さが、吉良の悔恨を越えて響いた。

 キラリの意識が飛び、光が収まりかけた。

「次はないぞ」

 吉良の声に、わずかな揺らぎが生じ、魂の深淵でなにかが溶けた。

 ハンゾウは刀を緩め、息を吐いた。

「……そうか。ありがとう、名も知らぬ者よ」

 キラリの体から溢れ出る胆力が、次第に収まり、穏やかな青白い光が少年を包み込んだ。

 魂の枷が、わずかに緩んだ瞬間だった。


 キラリが目を覚ますと、そこには夕暮れの空があった。

 体は重く、しかし不思議な安堵が胸に広がっていた。

 ハンゾウの声が、響いた。

「目が覚めたか、キラリ」

 師範は傍らに座り、灰色の瞳に穏やかな光を宿していた。

 キラリは体を起こし、首を傾げた。

「すみません……寝ちゃってたみたいで」

 ハンゾウは微笑を浮かべた。

「覚えてないのか?」

「えっ……なにか、あったんですか?」

 師範は立ち上がり、手を差し伸べた。

「そうか。立てるか、キラリ」

 キラリはハンゾウの手を借りて、ゆっくりと立ち上がった。

「はい……大丈夫です」

 ハンゾウはキラリの肩を叩き、語り始めた。

「キラリ、俺はお前の中の存在に会った」

「えっ……キラに、会ったんですか?」

「キラ、というのか。そうか。その人物にお前の胆力のコントロールを肩代わりしてもらえるように願い込んだ。今、お前の胆力は非常に安定している。感じ取れるか?」

 キラリは自身の手を見つめ、深く息を吸った。

 心の深淵に呼びかけた。

「……でき……そうです」

 すると、体から穏やかな力が溢れ出し、手を覆った。

 気光が指先で渦を巻き、空気を優しく震わせた。

 初めての実感――制御された奔流――に、キラリの目が潤んだ。

 涙が一筋、頰を伝った。

 ハンゾウは頷き、声を柔らかくした。

「その力をコントロールできれば、お前は晴れて立派な侍だ。いずれキラに頼らなくても、全て自身で扱えるだろう。今は甘えておきなさい」

「はい……師範。ありがとうございます」

 魂の制御が新たな絆を刻んだ。

 次の試練を予感させた。


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