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KILARe:  作者: 川合 佑樹


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第17話

 退院の朝、キラリはベッドの端に腰を下ろし、深く息を吐いた。

 肢体はまだ重く、覚醒の余韻が筋肉の奥底で鈍い疼きを残していた。

 あの荒野での奔流――セツジの体を切り刻んだ記憶は、夢のようにぼやけていた。

 トモエとマシロは、昨夜遅くまでベッド脇に寄り添っていた。

 今朝はそれぞれの課題に追われ、早々に道場へ向かったという。

 少年は二人の寝顔を思い浮かべ、頰に温かな笑みが浮かんだ。

 あの絆が、少年を闇から引き戻した。

 そして、今、少年を新たな試練へと導こうとしていた。

 使用人の少女が、控えめに部屋の隅から声を掛けた。

 細い肩を震わせながら、トレイに載せた湯気の立つ味噌汁の香りが部屋に広がった。

「むねまち様、ハンゾウ師範からのお呼びです。訓練場へ、すぐに……と」

 キラリは頷き、着物の裾を整え、刀を腰に佩いた。

 廊下を歩く足音が、石畳の冷たさを響かせ、心臓の鼓動が徐々に速まった。

 訓練場に着くと、ハンゾウの長身が岩の上に腰を下ろし、悠然と待っていた。

「師範、お待たせしました」

 師範の眼差しは、底知れぬ深みを湛えていた。

 少年を射抜く視線に、いつもの軽やかさの裏に、重い影が差していた。

「キラリ、よく来たな。体調はどうだ?」

「大丈夫です、動けます」

 ハンゾウは岩から降り、ゆっくりと近づいた。

「ああ。用件は一つだ。だが、まずは……」

 師範は懐から一枚の紙を取り出し、広げた。

「重度火傷――皮膚の大部分が炭化し、表層が剥離。皮膚裂傷――無数の裂け目から血漿が滲み、感染の兆候。体表面の蒸発――水分が急速に失われ、組織が収縮。筋肉破壊――繊維が断裂し、収縮機能の喪失。四肢、脊椎、肋骨の複数箇所折損――骨格の崩壊、内部出血の進行。関節脱臼――靭帯の断裂、位置異常。内臓破裂――肝臓、脾臓の破裂、腹腔内出血。肺損傷――気胸、肺胞の崩壊、呼吸不全の誘発。鼓膜破裂――聴覚の喪失、平衡感覚の乱れ。眼球損傷――角膜の濁り、視神経の圧迫。脳ヘルニア――頭蓋内圧の上昇、意識障害のリスク。神経損傷――感覚・運動機能の麻痺。循環不全――心拍の乱れ、血圧低下。外出血――動脈からの噴出、失血死の危険。組織壊死――細胞死の連鎖、体幹崩壊――全身構造の崩落……等々。これ、なーんだ?」

 ハンゾウの声は、軽やかだったが、底知れぬ重みを帯びていた。

 キラリは紙を凝視し、喉が乾いた。

 文字の羅列が、死の宣告のように胸を締めつけた。

「……分かりません、師範」

「これは、お前が病院に担ぎ込まれた時の症状だ。あのセツジを斬り倒した直後――お前の体は、この状態だった。医者たちは、生き延びる確率を一割未満と見積もったよ」

「そんな……俺は、なにも……」

「ゾッとするよな。だが、それが現実だ。お前が今、こうして立っていられるのは、あの圧倒的な胆力――いや、隕石力(いんせきりょく)と呼ぶべきか――の回復力のおかげだ。肉体が壊れ、魂が砕けても、肉体を再生させる。だがな、キラリ」

 師範の眼差しが、鋭く光った。

「戦場で一人殺してお前も倒れるなら、そんな力は必要とされない。分かるな?」

「……はい」

「お前の力を上手く使いこなせるようになれ。今日はその訓練をしようと思う。トモエもマシロも課題は多い――中間試験も近い。あいつらには別メニューを課してある。お前も、強くなれ」

 キラリは深く息を吸い、刀を構えた。

「わかりました」

 ハンゾウは立ち上がり、問うた。

「まずは基本だ。胆力を出力することは、もうできるか?」

 少年は目を閉じ、心の深淵に集中した。

 覚醒の記憶を呼び起こし、胸の奥でざわめく力を引き出そうとした。

 額に汗が浮かび、息が浅くなった。

 だが、指先から微弱な青白い光が、漏れ出すだけだった。

 筋肉が熱く疼いたが、奔流は訪れなかった。

「……これだけです」

 ハンゾウは目を細め、顎を撫でた。

「ふむ。この間はどうやって出したか、覚えているか?」

「覚えていません。ただ、仲間が傷つき、怒りが……爆発したような……」

 師範はため息をつき、しかし唇に笑みを浮かべた。

「そうか……」

「なにか……良い方法があるのですか?」

「今のお前は、パンパンのタンクから蛇口で水滴を落としているような状態だ。いつ決壊するかわからん。そこで、お前に俺の胆力を強制的に流す。それによって、別の穴から無理やり胆力を放出させる。全身の経絡(けいらく)から胆力が噴き出し、経絡系が焼き切れる可能性はあるが……もう一つ、試したいこともある。だが、これは荒療治だ。やってもいいが、やらなくてもいい。時間をかけて胆力の出力を上げていく方が、確実だ。だが……」

「だが……なんでしょうか」

 ハンゾウの視線が、遠くの山々に移った。

 声に重みが宿った。

「お前は一国と同様の戦力を持つ。故に、いつ狙われるか分からない状態だ。リスクなく鍛えられるほど、悠長に時間は使えないと、俺は思っている」

「そう……ですね」

「お前はどうしたい、キラリ」

「俺は……守りたい。俺も友達も仲間も……この国も」

 ハンゾウは立ち上がり、キラリの肩を叩いた。

「俺は一つの可能性に賭けている。俺を信じてくれないか」

「……わかりました」

 ハンゾウは笑った。

 軽やかだが、底知れぬ覚悟を帯びた笑み。

「なに、心配そうな顔をするな。きっと成功するさ」


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