表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KILARe:  作者: 川合 佑樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/20

第13話

 森の空気が重く淀んでいた。

 夕陽の残光が木々の隙間から赤い筋を落としていた。

 葉ずれのささやきが緊張を煽るように響き、土の湿った匂いが鼻を刺すように突いた。

 ミツヒの居合が閃いた。

 腰の刀が鞘から滑り出る音が静寂を裂いた。

「ここは通さない」

 ミツヒの一閃が野良侍の喉元を狙った。

 だが、敵は宙返りで避けた。

 赤と黄色の着物が翻り、体が軽やかに回転した。

 着地と同時に敵が間を詰め、土を蹴る音が響き、野良侍の刀が低く唸った。

「ずいぶんと綺麗な太刀筋だな、女ぁ!」

 ミツヒの切り返し、袈裟斬りが降った。

 上段から斜めに振り下ろす刃が重力を纏い、木の枝を薙ぎ払った。

 野良侍は姿勢を低くし、刀で受け流した。

 金属の衝突音が森に木霊し、火花が散った。

「この程度か? もっと本気で来いよ! 楽しもうぜぇ!」

 野良侍は返す刃で反撃し、鋭い突きがミツヒの脇腹を掠め、着物の裾を裂いた。

 血の匂いがかすかに漂った。

「くそっ……こいつ、ただの偵察じゃない!」

 ミツヒが歯噛みし、痛みを堪えて体勢を整えた。

 脇腹の熱い痛みが、彼女の冷静さをわずかに乱した。

「援護する!」

 その瞬間、風の刃が敵の背中を切り裂いた。

 青白い気光が渦を巻き、木々の葉を散らし、野良侍の着物を引き裂いた。

「――侍刀技『操気斬』!」

 クラノの叫びが森に木霊した。

 彼の刀の先端から風圧が爆発した。

 気光の粒子が舞い上がり、敵の背中に浅い傷を刻んだ。

「痛ぇな……クソガキィ!」

 野良侍の動きが止まった。

 痛みの呻きが漏れ、血が滴り落ちた。

 ミツヒは距離を取った。

 息を整え、刀を構え直した。

 目を敵に向けたまま、指示を飛ばした。

「クラノ、勝手に攻撃するな! お前の技など、このレベルの相手には効かない。今すぐ全員散開して逃げろ!」

 彼女の声は冷静だったが、棘のように鋭く、クラノの胸を刺した。

「なに言ってんだよ、師範! 俺だって戦える!」

 彼の顔が赤らみ、手を強く締め上げ、怒りを抑え込んだ。

 嘲笑の仮面がわずかに崩れた。

「悪ぃな……あのガキはやらせてもらう」

 野良侍がなにかをミツヒに投げた。

 煙幕玉だった。

 黒い球体がミツヒの耳元で破裂した。

 ドン!

 爆音が三半規管を揺らぎ、煙が一気に広がった。

「煙幕だ! 全員、息を止めて後退しろ!」

 ミツヒは避けようとしたが、遅かった。

 視界が奪われた。

 咳き込み、刀を握る手が震えた。

「くっ……!」

 煙の臭いが鼻を焼き、森の輪郭がぼやけた。

 敵は仕返しとばかりにクラノへ向かった。

 野良侍の刀が振り下ろされ、夕陽に照らされた刃が彼の頭上を覆った。

「坊主、残念だったな」

 嘲る声が低く響き、クラノの瞳に恐怖が宿った。

 誰も間に合わない。

 クラノの目に涙が浮かび、走馬灯のように過去の顔が浮かんだ――兄ノカミの冷静な眼差し、なかご家の庭での嫉妬の棘、キラリへの苛立ち。

「にいさま……」

 声が漏れた。

 彼の心が初めての絶望に染まった。

 その瞬間、ハンゾウの拳が野良侍の顔面を捉えた。

 師範の拳がめり込み、とてつもない音を立てた。

 ゴキン!

「残念だったな」

 骨の砕ける衝撃が森を震わせ、野良侍の体が弾丸のように吹き飛び、木の幹に激突して地面に叩きつけられた。

 血しぶきが飛び、着物が泥にまみれた。

「ふー、危なかったな、少年」

 ハンゾウの笑顔がクラノに飛んだ。

「……ありがとうございます」

 クラノはへたり込み、息を荒げた。

 膝が土に沈み、涙が頰を伝った。

「師範……俺……」

 言葉にならず、ただ震える手で地面を掻いた。

 嘲笑の仮面が剥がれ、彼の脆さが露わになった。

 ハンゾウの眼差しが複雑にクラノを捉え、胸の棘がわずかに緩んだ。

「よく耐えたな。生き残っただけで十分だ」

 ミツヒがふらつきながら近づき、煙を払い、刀を鞘に収めた。

「ハンゾウ先生、大丈夫でしたか?」

 声にわずかな動揺が混じった。

 ハンゾウは立ち上がり、額の傷を拭った。

「えぇ、弓手を見つけるのに時間がかかってしまい、すみません」

 頭を下げた。

 軽やかな笑みが戻った。


 野良侍と弓手が縄で縛られ木に括りつけられた。

 野良侍が歯を食いしばり、低く唸るように吐き捨てた。

「くそっ……殺せ……!」

 弓手は首を振り、息を荒げて応じた。

「……新日本国の犬どもめ……俺達は絶対に、口を割らねえ……!」

 二人は暴れようとするも動けなかった。

 縄がきつく締まり、木の幹が軋んだ。

「服装からして、民の国か。狙ってきた理由はなんだ? 他に敵はいるのか?」

 ハンゾウの声が低く響いた。

 二人は口を閉ざした。

 瞳に冷たい決意が宿り、唇を固く結んだ。

 ハンゾウはため息をつき、ミツヒに視線を移した。

「んー、こいつらはプロみたいなので、多分口を割りません。殺してしまってもいいのですが、外交問題になるかもしれません。一旦撤退してもいいのですが、子供たちの査定にも引っかかります。森を抜ければ第三障壁ですが、こいつらを連れてとなると厳しいかと。子供たちは連れていくので、のろしを上げてここで見ていてもらえませんか?」

 ハンゾウの言葉は穏やかだったが、計算された響きを帯びた。

 ミツヒは頷き、応じた。

「分かりました」


 ハンゾウは六人の少年少女を連れ、第三障壁へ向かった。

 森の奥を抜け、木々の枝が頭上を叩き、葉ずれの音が絶え間なく響いた。

 疲弊した足取りが土を踏み、汗が背中を冷たく濡らした。

 クラノの息がまだ荒く、キラリの心臓が激しく鼓動した。

 広い荒野に出た。

 夕陽が地平線に沈み、橙色の光が草原を染めた。

 遠くの壁が黒いシルエットとしてそびえていた。

 ハンゾウの声が森に向かって響いた――低く、しかし森全体に届くように。

「いるんでしょう、ミツヒ先生」

 師範の瞳が鋭く闇を射抜いた。

 長刀の柄が抜かれかけた。

 奥からミツヒが抜刀してゆっくり姿を現した。

「あら……バレていたのね」

 クラノの声が震えた。

「先生……?」

 彼の瞳に信じられない恐怖が宿り、膝がガクンと折れた。

 キラリの息が止まり、トモエの拳が握られ、マシロの炎が掌で震えた。

 ハンゾウは刀を構えた。

「まぁ。あの状況でのろしを上げるなんて、敵に探してくれと言っているようなもの。それを了承するのは違和感がありましてね。何度確認しても、のろしが上がっている気配もありませんでしたしね」

 ミツヒは嘲った。

「あら、ハメられちゃったわね。でもそんなに警戒しないで欲しいわ。私たちの目的は、ただ一人――そこの少年よ」

 キラリに指を差した。

 ハンゾウは長刀の柄を握りしめ、低く呟いた。

「……隕石か」

 声に七つの国の秘密を知る男の重みが宿った。

 ミツヒの瞳が輝いた。

「察しが良いわね」

 キラリは息を飲み、刀を構えた。

「なぜ俺を狙う? クラノになにか言われたのか?」

 声が震え、クラノの視線を射抜いた。

 彼の顔が青ざめ、呟いた。

「違う……俺は……」

 言葉にならなかった。

 ミツヒは微笑んだ。

「その様子じゃ、ハンゾウにはなにも聞かされていないみたいね」

 彼女の声に嘲るような優雅さが混じった。

 ハンゾウの声が冷たくなった。

「まだ少年だ。知る時じゃない」

 師範の瞳に守るべきものの決意が宿った。

 ミツヒは肩をすくめた。

「そう。じゃあ、今ここで教えちゃおうかしら――」

 ハンゾウの刀が閃いた。

 一閃がミツヒの喉を狙い、空気を切り裂いた。

「喋る口があればな」

 師範の体捌きが加速し、刃の残光が荒野を染めた。

 戦闘の幕が開いた。

 ミツヒの後ろから捕縛されていたはずの二人の侍が現れた。

 ハンゾウの指示が飛んだ。

「各班、散開! 三対一でかかれ。ミツヒは俺がやる」

 師範の長刀がミツヒに迫り、金属の衝突音が荒野に響いた。

 クラノとキラリが目で合図を送り、左右に分かれた。

 クラノ班に弓使い、キラリ班に刀使いが向かった。

 弓使いの矢がクラノを狙い、テラサの気光の糸が防いだ。

「きゃっ!」

 テラサの叫びが響いた。

 刀使いがトモエを切り裂こうと迫り、マシロの炎が壁を張った。

 熱風が荒野を駆け抜けた。

 ハンゾウはそれを見届け、呟いた。

「お前の指示だな」

 ミツヒの刀と交錯し、火花が散る中、師範の瞳が冷たく光った。

 ミツヒは笑った。

「最悪の状況になったわね――」

 黒髪が翻り、刃の嵐が二人の間を埋め尽くした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ