第12話
新日本国の門は、鉄の巨門が夕陽に輝き、石畳の道が山を指すように真っ直ぐに伸びていた。
門の表面に刻まれた家紋が、赤く染まる陽光を浴びていた。
遠くの峰々が佇む中、かすかな金属音を運んできた。
キラリとトモエが到着した。
「ふう……やっと着いたな」
トモエが息を吐きながら、肩を回した。
そこに並ぶ影――ハンゾウとマシロの傍らに、クラノ、タケツ、テラサ、そして女侍の師範・くりからミツヒが立っていた。
「げっ」
キラリの顔が引きつった。
「おいおい、こんなところで本家の残りカスと鉢合わせかよ。運が悪いな」
クラノの唇がニヤリと弧を描いた。
優越の光が瞳に宿った。
しかし横のトモエを見て、ムッと眉を寄せた。
トモエの存在が、クラノの嫉妬をさらに煽るようだった。
「……クラノか。相変わらず、口が悪いな」
トモエが低く呟き、クラノを睨み返した。
クラノは鼻で笑い、視線を逸らした。
八人の気配が、門前に重く淀み、緊張を孕んだ。
ハンゾウの声が響いた。
「今回の任務は竹だ。梅と違い、位が上がるため、同じ実力のミツヒ班と組むことになった。一応伝えておくが……これは仕事だ。ミツヒ先生も厳重注意はしてくれているが、くれぐれも私情に走るな。分かったな」
キラリとトモエは、クラノを一度睨み、彼の嘲る視線が胸を抉った。
しかしハンゾウに視線を戻した。
「はい」
短く応じた。
声に静かな決意が混じった。
「……分かってるぜ、師範。でも、あいつらと組むなんて、気が重いぜ」
トモエがぼそりと呟き、肩を硬くした。
マシロの拳を握る手が白くなった。
クラノ班の空気が重く、対立の火種を孕んだ。
ミツヒは優雅に髪を払い、微笑んだ。
長い黒髪が夕陽に輝いた。
腰の刀が冷たく反射した。
「ええ、皆さん。国境は、油断なりませんわ。互いの背中を預け合いましょう」
だが、その瞳の奥に冷たい棘が潜んだ。
クラノの班を率いる彼女の視線が、キラリたちを値踏みするように鋭かった。
八人は門をくぐり、民の国へ続く道を進んだ。
石畳が蹄の音を反響させ、木々の葉ずれがささやいた。
任務は国境警備だった。
新日本国から民の国への道筋で、密入国を防ぐ壁の建造警備だ。
民の国からは、度々農民が忍び寄り、壁を築く作業を妨害していた。
第三障壁の守り――前線ではないはずの、静かな任務。
だが、空気はすでに張りつめていた。
夕陽が森の輪郭を赤く縁取った。
道すがら、キラリがマシロに尋ねた。
「マシロ、国境近くの出身だったよね。どんな感じなんだ?」
「俺の所は霧の国の近くだから、まだそこまで酷い争いはないと聞いている。比較的友好国だからな。ただ、他の国からの侵攻は比べ物にならないらしい。それが経済戦争なのか、ただの侵略行為なのかは知らないが……血で血を洗う戦いが待っているってよ」
マシロの拳がわずかに震えた。
クラノの耳に、その言葉が届いた。
「なんだ、お前らビビってるのか? 民の国なんて、個人でなにもできない農奴の群れだぞ。侍の俺たちが負けるわけねーだろ。一閃で、刈り取ってやるよ」
声に優越の棘が光った。
キラリの背中を刺した。
タケツの巨体がどっしりと頷いた。
「そうだそうだ! 俺の拳で、粉々だ!」
声を上げ、太い腕が空を切り、土煙が舞った。
テラサの扇子が優雅に舞った。
「あら、怖気づいたの? 可愛いわね」
ミツヒの声が冷静に割って入った。
「力がないからと言って、侮っていいわけではない。一人二人なら一閃で片がつく。だが、想像してみなさい。十人、百人、千人と切っても切っても現れる。人口差十倍以上の国を相手にするとは、そういうことだ。決して舐めてかかっていい敵ではないわ」
彼女の言葉は冷たく、しかし教訓のように響いた。
クラノは唇を噛み、苛立ったように吐き捨てた。
「……ふん、分かってるよ。だが、そんなにビビるような相手じゃねえだろ。俺の気光で一掃してやるさ」
タケツの巨体が静まり、太い腕を組みながら低く唸るように応じた。
「そうだぜ、クラノ様。俺の拳でぶっ飛ばせば、百人だろうが千人だろうが関係ねえよ。粉々だ!」
ハンゾウは後ろから笑った。
「まぁ今回は国境警備と言っても、前線じゃない。第三障壁の守りだ。出ても野盗くらいさ。皆、油断なく――」
声に軽やかさが戻った。
しかし瞳の奥に警戒の影が差した。
森の中、けもの道を進む八人。
枝が頭上を覆い、葉ずれのささやきが耳をくすぐる。
疲弊が少年少女たちの顔に徐々に浮かんだ。
「ふう……この山道、果てしねえな。歩くのも億劫だぜ」
タケツが巨体を揺らしながらぼやき、テラサが扇子で顔を扇ぎながら応じた。
「あら、甘いわね。まだ半分も進んでいないのに、もう弱音?」
キラリは額の汗を拭い、息を切らしながら前を向いた。
「……みんな、警戒を怠るな」
クラノが苛立ったように舌打ちをし、ノカミの教えを思い出すように呟いた。
「ちっ、キラリ。お前こそ、息切れしてるんじゃねえか。俺の後ろで甘えてんじゃねえよ」
ハンゾウの目が鋭く光った。
違和感だ。
木々の隙間から、かすかな気配が忍び寄った。
ミツヒにハンドサインを送った。
『つけられている』
その瞬間、マシロの足が一本のロープに引っかかった。
土に埋められた縄が張りつめ、彼の体を前につんのめらせた。
「うわっ!」
マシロの叫びが森に響いた。
ゲリラの罠だ。
大量の矢が木々の隙間から降り注いだ。
鋭い鏃が空気を切り裂き、葉を散らし、土煙を巻き上げた。
ハンゾウは地面を蹴り、マシロを抱えて矢の雨を回避した。
「みんな下がれ!」
だが、次の瞬間、直径二センチの矢がハンゾウの頭を射抜くように飛んだ。
強弓の衝撃が師範の体を吹き飛ばした。
ハンゾウの体が土に倒れた。
静寂が訪れた。
「師範!」
キラリの叫びが響いた。
ミツヒの声が鋭く飛んだ。
「周囲警戒! 背中を預けろ! 敵の数は不明だ! 隙を見せるな!」
彼女は刀を構え、黒髪を振り乱した。
彼女の瞳が森の闇を射抜いた。
陣形を瞬時に整えた。
キラリとマシロは、ハンゾウを気にしつつ、周囲を警戒した。
キラリの息が乱れた。
「師範! まだ息があるか!? ――マシロ、左を固めろ!」
マシロの炎が微かに掌に灯った。
「了解! 現在敵影無し!」
クラノ班も互いの背後を固めた。
クラノの気光が青白く輝いた。
「テラサ、糸を張れ! タケツ、前衛を死守しろ!」
タケツの巨体が盾となった。
「任せろ、クラノ! この体で奴らを押し潰すぜ……!」
テラサの気光の糸が木々に張り巡らされた。
「糸を展開完了……気配を感知中!」
森の気配を探った。
第二射だ。
ミツヒの目が追ったが、速度が速すぎた。
強弓の矢が真っ直ぐキラリへ。
風を切り裂く音が耳を刺した。
夕陽に照らされた鏃が死の閃光のように迫った。
少年の瞳が見開いた。
刀を抜いて防ごうとした。
抜刀の型が体を駆り立てた。
しかし間に合わなかった。
「――くっ!」
その瞬間、鏃が少年の目の前で止まった。
トモエの剛腕が膨張し、素手で矢を掴んでいた。
筋肉が鋼のように張りつめ、矢の勢いを殺した。
衝撃が彼女の腕を震わせた。
「大丈夫か。俺が守ってやるよ」
トモエの声が優しく響いた。
少年は汗を拭い、息を吐いて言った。
「助かった……だが、自分の身は自分で守るよ」
森の闇から敵が現れた。
抜き身の刀を手に、赤と黄色の着物に身を包んだ侍だ。
野良侍とは思えぬ洗練された気配。
動きに気光の残滓が微かに揺らめ、瞳に冷たい殺意が宿った。
「クラノ班、包囲を固めろ! タケツ、正面を塞げ!」
ミツヒの声が低く問うた。
「民の国の者が、何故ここに?」
野良侍はふふっと笑った。
「消えゆくものに答える義理もない」
刀身が陽光を反射し、森の空気が一瞬で凍りついた。
戦闘の火蓋が切って落とされた。




