第11話
新日本国の山麓に広がる街は、石畳の道が続き、提灯の灯りが揺れる賑わいの裏側で、影の仕事が息を潜めて待っていた。
四人は街の闇へ潜り込んだ。
キラリは刀の柄を握りしめ、汗が掌に染み込み、心臓が早鐘のように鳴った。
「もう失敗は許されない」
トモエは短刀の鞘を指でなぞった。
「よし……俺が先陣を切る」
マシロは拳を膝に置き、黒髪を乱雑に束ねながら、地面を睨んだ。
「……頼んだぞ、トモエ」
師範の視線が、三人を巡った。
「お前らならできる。心してかかれ」
師範の声は軽やかだったが、底知れぬ重みを湛え、三人の背筋を凍らせた。
ハンゾウのハンドサインが素早く飛んだ。
『沈黙を保て』
裏路地は、狭く湿った闇に満ち、壁の苔が指先に冷たく触れ、鼠の足音が時折響いた。
キラリたちは壁に身を寄せ、息を潜めた。
キラリの心臓の鼓動が、耳元で鳴り響いた。
ハンゾウの声が低く響いた。
「標的、確認。無力化せよ」
ハンゾウの声が低く響いた。
三人は頷いた。
トモエが空気を切り裂き、残像を残して標的に迫った。
息が止まり、足音さえも空気に溶かした。
キラリの刀が抜かれた。
「よし……やるぞ!」
三人の息遣いが同期し、互いの背中を無言で守った。
標的は、二人の男だった。
男たちの荒い息遣いが路地に響いた。
壁に寄りかかり、互いの襟を掴んで怒鳴り、瓶が石畳に転がる音が、闇を震わせた。
「てめえ――!」
「お前こそ――!」
ハンゾウのハンドサインが再び飛んだ。
『急ぎ、抑えろ』
トモエが低く呟いた。
「無力化する! ――みんな、隙を作れ!」
マシロの拳が閃き、炎の壁が男の一人を包んだ。
「――侍刀技『炎壁波』!」
熱風が路地を駆け抜け、男の視界を塞いだ。
男が悲鳴を上げ、よろめいた。
「うわっ熱っ、なんだこれ!? くそ、目が……!」
ドガッ!
次の瞬間、トモエの蹴りがもう一人の膝を砕いた。
しなやかな脚が弧を描き、骨の軋む音が響いた。
バキッ!
キラリの刀が柄で顎を打ち抜いた。
柄打ちの勢いが、男の体を震わせた。
ズシャン!
「これで……終わりだ!」
衝撃音が路地に木霊した。
男たちは白目を剥き、地面に崩れ落ちた。
鼻血を噴き、歯を飛ばし、酒瓶が砕け散り、ガラスの破片が石畳に散乱した。
マシロが息を吐き、拳を緩めた。
「ふう……やりすぎたか?」
トモエが肩をすくめ、笑った。
「思ったより、弱かったな」
キラリは刀を収め、頷いた。
「つい反射的に手が出てしまった……」
ハンゾウは、額を押さえ、頭を抱えた。
長刀の柄に手をかけたまま、ため息を吐いた。
「やりすぎだ! ……また怒られるぞ」
遠くの喧騒が、任務の余韻を嘲うように響いた。
侍忍事務所に戻った四人は、総合受付の隣で待機を強いられた。
木の扉が閉まり、室内の空気が重く淀んだ。
外の喧騒が遠くに聞こえる中、緊張の余韻が汗を冷たくさせた。
扉が勢いよく開き、女性が現れた。
はちょうユウヒ、元女侍の事務員だった。
長い黒髪を結い上げ、鋭い眼差しがハンゾウを射抜いた。
かつての戦場で鍛えられた体躯が、威圧を放ち、瞳の奥に、事務仕事の苛立ちが渦巻いた。
「ハンゾウ先生! またですか! 任務完了報告、受理しましたが……これがクレームの嵐ですよ!」
ユウヒの声は、雷鳴のように響いた。
机に叩きつけられた書類が、ばさりと広がった。
「酔っ払い二名、重傷。治療費請求」
「路地裏の騒動で民衆パニック」
インクの匂いが立ち上り、四人の前に山積みになった。
ハンゾウはへらへらと笑った。
「まぁまぁ、ユウヒさん。初々しい班でしてね。熱が入りすぎただけですよ」
手を合わせた。
彼女の眉が吊り上がり、拳が机を叩いた。
ドン!
木の振動が部屋を震わせた。
「熱が入りすぎ? 鼻骨折二名、肋骨三本、酒瓶破片で刺傷! これが任務の成果ですか! 次にクレームが入ったら、ボーナス査定下げますからね!」
その声に、元女侍の気迫が宿り、書類の端が震えた。
ハンゾウの顔が引きつった。
「げっ……それは困りますよ。ちゃんと、言い聞かせますんで――」
頭を下げた。
三人は、ジトッとした目で師範を見つめた。
キラリの視線が冷たく、トモエの溜息が重く、マシロの肩が落ちた。
「師範の指示が曖昧だったんじゃ……」
トモエの呟きが、部屋に溶けた。
ハンゾウは心の中で毒づいた。
誰のせいだと思ってるんだよ……。
だが、口元はへらへらと崩さなかった。
師範の仮面が、軽やかに保たれた。
ユウヒの視線が、なおも鋭く刺さる中、ハンゾウは切り出した。
「こいつら、少々力を持て余してるみたいでね。もう一ランク上の依頼、ないですか? 多少荒々しい案件でも、俺がついてますし」
声に、懇願の色が混じった。
ユウヒは鼻を鳴らし、書類の山を睨んだ。
「特松、松、特竹、竹、梅……梅の位の仕事もできない人に、他の仕事なんて与えられませんよ!」
「まぁまぁ」
ハンゾウは近づき、そっと壷を彼女の手元に滑らせた。
それは、最高級のハンドクリームだった。
徹夜で並び、四時間以上待たねば手に入らぬ逸品。
柔らかな光沢の壷が、ユウヒの瞳を映し、かすかな甘い香りが漂った。
ハンゾウの声が、耳元で囁いた。
「これはほんの気持ちです。知り合いが作ってるものでして。事務仕事で、手も荒れることでしょう。……きっとご満足いただけるのでは? それこそ、塗り過ぎて、手が滑ってしまうことも……」
ユウヒの顔が、ぐぬぬと歪んだ。
頰が赤らみ、拳が震えた。
ハンゾウの顔を見て、壷を見て――三回繰り返した。
瞳の奥で、葛藤が渦巻いた。
元女侍のプライドと、事務の疲労がぶつかり合った。
そして、キラリ、トモエ、マシロの顔を一瞥し、深い溜息をついた。
肩の力が抜け、黒髪がわずかに揺れた。
「……出せても竹ですよ。次で失敗したら、絶対にボーナスなしですからね」
肩を落とし、書類を一枚引き抜いた。
竹の位の任務書だった。
ハンゾウはニッコリ笑い、頭を下げた。
「では、行ってまいります!」
四人は新たな任務書を手に、部屋を後にした。
扉の軋みが、背後に響いた。
だが、それは合同依頼だった。
竹の位、位が上がるための試練。
依頼はその日のうちに向かった。




