学院3年ソアラ編 第八十七章 ソアラの魔導具師⑤ 長時間発光テスト
翌朝、私はいつもより早く目が覚めました。
目が覚めた、というより、気が張ったまま浅く眠っていたのだと思います。まだ外は少し薄暗く、部屋の空気もひんやりしていました。けれど私は、布団の中でゆっくりしている気にはなれませんでした。長時間発光テストのことが、眠る前からずっと頭の隅に残っていたのです。
問題なく終わっているでしょうか。
ちゃんと朝まで安定して光っているでしょうか。
昨日、上司に「よくできたな」と言ってもらえたのだから大丈夫だと、自分に言い聞かせる気持ちもありました。けれど、不安は不安のまま消えませんでした。だから私は、身支度を整えると、普段よりも少し急いで工房へ向かいました。
街の朝は、まだ完全には動き出していません。店先の準備を始める音が遠くで聞こえ、石畳には朝の湿り気が残っていました。私は早足で歩きながら、何度も同じことを考えていました。もし問題がなければ、それでいいのです。深く考えすぎる必要はありません。ただ、無事に終わっていてくれればいい。それだけを願って、工房の扉を押しました。
朝の工房は、まだ人が少なく、静かでした。その静けさの中で、私はすぐに聖光石の置かれている場所へ目を向けました。
最初は、何が違うのか分かりませんでした。
光っている。ちゃんと、灯っている。そう思ったのは、本当に一瞬だけです。
次の瞬間、私の足が止まりました。
光が、揺れていました。淡く安定しているはずの光が、一定ではなく、細かく乱れているのです。
一つだけではありません。見れば、いくつかの聖光石が、かすかに、けれど明らかに、点滅しながら発光していました。
私は何が起きているのか分からず、その場で息を詰めました。
昨日は、問題なく発光していたのです。上司の確認でも大丈夫だった。私も、自分で確かめた。なのに、なぜ。どうして。頭の中でその言葉ばかりが回ります。
気づくと、私は聖光石のそばまで駆け寄っていました。
一つを持ち上げ、光の揺れ方を見る。確かに、一定ではありません。ほんのわずかな間隔で、光が弱まり、戻り、また揺れる。安定した発光ではない。これは明らかに異常です。
私は慌てて設計図を広げました。昨日、あれだけ見返したはずの図面を、今度はまるで初めて見るものみたいに必死で追いかけます。線を辿り、注記を確かめ、工程を頭の中で逆に戻っていく。どこで間違えたのでしょう。何を見落としたのでしょう。いや、本当に私が間違えたのでしょうか。そんなことを考えるより先に、手が勝手に紙の上を動いていました。
設計図通りに作りました。私は本当に、昨日までそのことを何度も確認したのです。不安だったからこそ、何度も。雑に進めたりはしていません。適当に済ませたりもしていません。それなのに、目の前では聖光石が点滅している。その事実だけが、冷たいものみたいに胸の奥へ沈んでいきました。
欠陥品。その言葉が頭に浮かんだ瞬間、指先が冷たくなりました。
点滅しているということは、正常ではないということです。正常でないものを、教会へ納めることはできません。つまり、今ここにある二十個は、商品として成立していないかもしれないのです。
「……どうして」
思わず、声に出ていました。けれど、答える人はいません。
まだ人の少ない工房の中で、点滅する淡い光だけが、妙に目に痛いほどでした。
私は設計図と聖光石を何度も見比べました。
回路の位置。魔石の状態。組み込みの順序。
昨日までの作業の記憶を必死に辿ります。ここでこうして、次にこれを確認して、それから魔力を込めて――。どれも、自分の中では間違えていないはずでした。むしろ慎重すぎるくらい確認したのです。だから余計に分かりませんでした。分からないことが、恐ろしかったのです。
そのうちに、上司が出勤してきました。
私は、その姿を見た瞬間、心臓が強く跳ねるのを感じました。報告しなければいけません。今ここで黙っていても、すぐに分かることです。だったら、私から言わなければ。そう思うのに、喉が乾いて、うまく声が出ませんでした。
それでも、私は上司のところへ行きました。
「すみません……聖光石が……」
声が少し掠れました。
上司は私の様子を見てすぐに異変を察したのか、何も言わず聖光石のところへ向かいました。私はその後ろをついて行きながら、自分の手が震えているのに気づきました。
上司は点滅している聖光石を見るなり、すぐに一つ手に取りました。光の揺れ方を確かめ、回路の通りを見て、表情を少しだけ変えます。その変化を見た瞬間、私は胸の中がさらに冷たくなるのを感じました。
私は何か言わなければと思いました。昨日までは大丈夫だったこと。試験起動では問題なかったこと。設計図通りに作ったこと。
でも、どれから言えばいいのか分からず、言葉は喉の奥で絡まりました。
ただ一つだけ、はっきりしていることがありました。目の前で光っているはずの聖光石は、今、正しくは光っていない。その現実だけが、私の前に置かれていました。
私は設計図を抱えたまま、上司の言葉を待つしかありませんでした。まだ、この時点では、何が起きたのかを自分で理解できていなかったのです。
上司は点滅している聖光石を手に取り、しばらく無言で状態を確かめていました。私はその横で、設計図を持ったまま立ち尽くしていました。何か言わなければならない気がするのに、余計なことを口にしてはいけない気もして、喉の奥がつまったように動きません。
上司は光の揺れ方を見てから、聖光石を軽く傾け、次に裏側の接合部へ視線を落としました。確認の手つきに迷いはありません。私はその様子を見ているうちに、だんだん胸の奥が冷えていきました。自分では分からなかった異常を、上司はもう見つけかけている。そう思ったからです。
やがて上司は、短く言いました。
「これは、魔石と回路を繋ぐ部分が緩んでいる」
その一言を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になるような感覚がありました。
魔石と回路を繋ぐ部分。
そこは、確かに私が最後まで不安を抱えていた箇所の一つでした。分からないからこそ設計図を何度も見返し、少しでもずれないように慎重に扱ったところです。そこが緩んでいる、と言われたのです。
「他のものも、同じように作ったのか?」
上司に問われ、私は反射的に頷いていました。
「はい、そうしました」
声が少し震えました。けれど、嘘はつけませんでした。二十個は、基本的に同じ手順で作っています。もちろん、一つ一つ気をつけていましたし、雑に済ませたつもりはありません。ですが、同じ箇所で同じやり方をしていたのは事実でした。
上司は少しだけ眉を寄せました。
「補助役の先輩には確認したのか?」
その質問が来るだろうとは思っていました。だからこそ、胸の奥がさらに苦しくなります。私はごまかそうとは思いませんでした。ごまかしても仕方がないのです。自分がどう作ったのか、どう確認したのかを、正直に言うしかありません。
「分からない部分で、聞きました」
上司の視線がこちらへ向きます。私は言葉を続けました。
「聞いたのですが……設計図通りにやれば問題ない、と言われて……その通りに作りました」
言い終えてから、自分の言葉がひどく頼りなく聞こえました。
設計図通りにやった。聞いたけれど、それ以上は教えてもらえなかった。それは事実です。けれど、今の状況では、言い訳のようにも聞こえてしまうかもしれません。そう思うと、目の前が少し揺れるようでした。
上司はすぐには何も言いませんでした。代わりに、他の聖光石も順に確認し始めます。私はその横で、呼吸を浅くしながら立っていました。次々に手に取られていく聖光石。そのたびに、私の胸は沈んでいきます。もしこれが一つではなく、全部同じだったら。そう思うと、足元から冷たいものが這い上がってくるようでした。
いくつか確認したあと、上司ははっきりと言いました。
「この欠陥は致命的だ」
私は思わず顔を上げました。
致命的。その言葉は、点滅している光を見た時よりも、ずっと強く胸に刺さりました。欠陥は欠陥でも、直せばいい程度のものではないということです。このまま納めることはできない。商品として成立しない。そこまでの意味を含んだ言葉でした。
上司はそのまま続けました。
「全て、納期までに作り直してくれ」
私は一瞬、言葉を失いました。
全て。二十個、全部。仕上げたと思っていたものを、全部もう一度やり直す。しかも納期までに。
頭の中で、時間の計算がうまくできませんでした。できるのでしょうか。間に合うのでしょうか。今から全部を見直して、分解して、修正して、また確認して。けれど、ここで「無理です」とは言えませんでした。言えるはずがありません。任された仕事です。欠陥を出したのも、今の時点では私です。だったら、やるしかありません。
「はい、わかりました」
気づけば、そう答えていました。
返事をした直後、胸の奥が重く沈みました。怖い。正直に言えば、そうでした。けれど、その怖さを外へ出してはいけない気がしたのです。ここで弱音を吐いたら、本当に終わってしまうような気がして。
私はもう一度、点滅している聖光石を見ました。昨日までは、あんなに綺麗に見えていた光です。完成したと思って、少しだけ誇らしく思った光です。それが今は、揺れて、不安定で、見ているだけで胸がざわつくものになっていました。
自分が作ったものを、こんなふうに見なければならないことが苦しかったです。でも、それ以上に、ここで立ち止まることが許されないことの方が苦しかったのかもしれません。
上司は作業台の方へ戻りながら、必要な確認を進めるように言いました。私はその言葉に従って、設計図を抱え直しました。手の中の紙は同じなのに、昨日までとはまるで重さが違います。設計図自体は変わっていません。変わったのは、それを見る私の方でした。
もう「任された嬉しさ」だけではいられません。もう「頑張ればできるかもしれない」だけでも進めません。
今は、とにかく間に合わせなければいけない。そういう段階へ、いきなり押し出されたようでした。
それでも、その時の私はまだ、取り返せると思っていました。原因が分かったのなら、直せばいい。時間は厳しいかもしれないけれど、やるしかない。
そう思って、私はもう一度設計図を開いたのです。




