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学院3年ソアラ編 第八十七章 ソアラの魔導具師③ 初めての大きな仕事

そんなふうに、少しずつ工房の仕事に慣れ、少しずつできることが増えていった頃でした。ある日、私は上司に呼ばれました。呼ばれたといっても、特別に重い空気があったわけではありません。けれど、普段とは少し違う声のかけ方だったので、私は思わず背筋を伸ばしてしまいました。


作業台の前へ行くと、上司は机の上に広げてあった設計図と、いくつかの資料へ視線を落としてから、私を見ました。

「ソアラさん。今度、教会へ納める聖光石の生産を任せたい」

一瞬、意味がうまく飲み込めませんでした。

教会に納める。聖光石。任せたい。


言葉は分かるのに、それが一度に胸へ入ってきて、私はすぐに返事ができませんでした。上司はそれを、私が聞き取れなかったのだと思ったのか、もう少し具体的に説明してくれました。教会へ納める、神々しく淡い光を放つ聖光石。受注数は二十個。納期は少し先だが、余裕があるわけではない。途中の工程なら、私も手伝ったことがある。けれど、今回はそれを一つの仕事として、一通り担当してみろ、という話でした。


私は胸の奥がどくんと鳴るのを感じました。

聖光石は、街中で使われる簡易な灯り用の魔石とは違います。教会へ置かれるものですから、ただ光ればいいわけではありません。色味、安定性、持続時間、魔力の通り方、どれも一定の水準が求められます。工房の中でも、比較的しっかりした仕事の一つでした。そういうものを、私に任せると言われたのです。


「……私、ですか?」

気づくと、そんな確認をしていました。情けない聞き返し方だったかもしれません。けれど、それくらい信じられなかったのです。上司は面倒くさそうな顔をすることもなく、短く頷きました。

「ああ。君も、もう基礎は一通り覚えただろう。全部一人でやるのは初めてだろうが、やってみろ」

その言い方は、優しいものではありませんでした。けれど、私はその中に確かに「やらせてみよう」と思ってもらえたものを感じていました。ただの雑用ではなく、任せるに値すると判断されたのです。


嬉しかったです。

それと同じくらい、怖かったです。

これまでだって、仕事は真面目にやってきました。けれど、それはあくまで先輩方の仕事の一部を手伝う形でした。途中の工程、補助的な作業、基礎の積み重ね。それらはもちろん大切ですが、「一つの仕事を任される」のとは重みが違います。最初から最後まで、ちゃんと自分で見なければならない。もし失敗したら、その責任も自分に返ってくる。そう思うと、胸の内側がきゅっと縮むようでした。

それでも、その怖さに負けるより先に、私は別のことを思っていました。やってみたい。ちゃんとやりたい。任せてもらえたのなら、応えたい。


上司は設計図を私へ渡しながら、必要な説明を続けました。工程の順番、使う魔石の種類、注意すべき点、納期までの見通し。私は一言も聞き漏らさないように頷きながら、必死に頭へ入れていきます。設計図を受け取った瞬間、その紙が思っていたより重く感じられたのを覚えています。紙そのものの重さではなく、そこに載っている責任の重さです。


説明を聞き終えたあと、私は何度も設計図を見返しました。数字、線、注記、工程の指示。分かるところもありますし、まだ自信のないところもあります。けれど、不思議と投げ出したいとは思いませんでした。むしろ、任されたという事実が、私の中に静かな熱を作っていたのです。


教会に置かれる聖光石。自分の手で作ったものが、誰かの祈る場所に置かれる。

それは私にとって、想像していた以上に大きなことでした。

夜の礼拝のあと、静かな堂内で、淡く光る聖光石。誰かがその光を見上げるかもしれない。神官の方が、その下で祈りを捧げるかもしれない。何も知らない誰かが、ただそこにある光を自然に受け取るかもしれない。そういう景色を思い浮かべると、胸の奥があたたかくなりました。目立つわけではない。名前が残るわけでもない。けれど、確かに誰かの役に立つものを、自分の仕事で作れる。そう思うと、誇らしい気持ちになったのです。

もちろん、私は浮かれてばかりはいられませんでした。

嬉しい。でも、怖い。でも、やりたい。その二つがずっと胸の中で並んでいました。


工房の自分の席へ戻ったあとも、私はしばらく設計図から目を離せませんでした。どこから手をつけるべきか、何を先に確認すべきか、どこに失敗の余地があるか。考えれば考えるほど緊張は強くなります。けれど、その緊張は嫌なものではありませんでした。責任を背負う時の重さであり、同時に、自分がそこへ立てたことの証でもあったからです。


私は小さく息を吸い、心の中で言いました。

大丈夫です。ちゃんとやれば、きっとできます。今までだって、一つずつ覚えてきたのですから。

その時の私は、まだ、努力と誠実さで越えられない壁があることを知りませんでした。ただ、初めて任された大仕事を前にして、精一杯応えようとしていただけでした。自分の仕事が教会に置かれる、その未来を少しだけ誇らしく思いながら。


聖光石の仕事を任されたあと、上司はもう一つだけ付け加えるように言いました。

「全部を一人でやるのは初めてだろうから、補助役を一人つけておく」

その言葉を聞いた時、私は少しだけ肩の力が抜けるのを感じました。もちろん、仕事を任された以上、自分が主体になってやらなければいけないことは分かっています。それでも、全部が全部、本当に一人きりというわけではないのだと思うと、胸の中の不安がわずかに和らいだのです。


補助役として付いたのは、工房でもそれなりに長く働いている先輩の女性でした。年齢は私よりいくつか上でしょうか。落ち着いた手つきで仕事をこなしていて、普段から無駄なことをあまり話さない人でした。私はこれまでにも何度かその人の近くで作業をしたことがありましたし、直接ではなくても、手順の一部を見て覚えたこともあります。ですから、最初は素直に「助かる」と思いました。


上司から説明を受けたあと、その先輩は私の前に来て、設計図を机の上へ置きました。

「これ、今回の設計図。まずは自分で見て、できるところまでやってみて」

言い方は淡々としていましたが、私はそれを特に冷たいとは思いませんでした。工房の人たちは、もともとみんな忙しいのです。いつでも誰かが手取り足取り教えてくれるわけではありません。むしろ、設計図を渡されて、自分でできるところから進めるように言われるのは、少しは信用してもらえているからなのかもしれない、とすら考えていました。

「はい、分かりました」

私は設計図を両手で受け取り、頭を下げました。


先輩はそれ以上細かな説明を重ねることなく、すぐに自分の持ち場へ戻っていきました。少しあっさりしているようにも感じましたが、その時の私は、それを悪い方には受け取りませんでした。きっと、分からないところがあればその都度聞けばいい。そう思っていたのです。


私は机に向かい、改めて設計図を広げました。線の引き方、注記の位置、工程の並び。途中までは、これまで手伝った経験のある範囲と重なるので分かります。ですが、最後まで一人で仕上げることを前提にして眺めると、今まで“見えていなかった部分”が目に入ってきました。ああ、私はまだ本当に一部しか触っていなかったのだな、と少しだけ緊張しました。


それでも、補助役がいるという事実は、私にとって大きな支えでした。

もし途中で分からないことが出ても、聞ける相手がいる。確認できる相手がいる。そう思えるだけで、仕事の重さは少し変わります。


私は、設計図の上に指を置きながら、まずは自分でできるところを整理し始めました。最初の準備、材料の確認、魔石の選別、下処理、回路の組み込みに入る前の基礎作業。そこまでは何とか見通しが立ちます。問題は、その先です。まだ自分一人では手伝いとしてしか触れたことのない工程が、いくつもありました。


それでも、この時の私は前向きでした。

難しいのは当然です。初めて全部を任されたのですから。だからこそ、慎重にやればいい。分からないところは、きちんと確認すればいい。補助役の先輩が付いているのだから、大丈夫。私はそう信じていました。


今思えば、その時点で小さな違和感はあったのかもしれません。上司の説明に比べて、先輩の言葉はあまりに短く、あまりに素っ気なかった。けれど、その違和感を私は違和感として受け取れませんでした。忙しいのだろう、と思ったのです。工房ではそれぞれ自分の仕事があります。私だけに時間を割けないのは当然だと、自分で自分を納得させていました。

そうして私は、補助役が付いてくれたことを、素直にありがたいことだと思いながら、与えられた設計図へ向き直ったのです。


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