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学院3年ソアラ編 第八十七章 ソアラの魔導具師① サディーラ工房

第八十七章 ソアラの魔導具師


私、ソアラ・マティスラは、学院を卒業してからしばらくして、私はイーストレイクの街にある魔導具サディーラ工房で働き始めました。

学院に通っていた頃、魔導具師という道が自分の職業判定に出た時は、正直に言えば、嬉しさと戸惑いが半分ずつありました。私は不器用ではありません。けれど、誰かに胸を張って誇れるような才能があるのかと言われると、自信はありませんでした。それでも、時間を取り戻して、勉強して、少しずつ魔術と魔導具に触れていく中で、私は思うようになっていたのです。自分にも、ちゃんと前へ進める道があるのかもしれない、と。


サディーラ工房への就職が決まった日、私は何度もその紙を見返しました。名前を間違えていないか、見間違いではないか、そんなことまで確かめたのを覚えています。仕事がある。働ける場所がある。給料がもらえる。そして、そのお金で家族を助けることができる。その事実が、私には何より大切でした。


工房の初日は、朝からひどく緊張していました。まだ新しい仕事着の布は少し硬く、袖口を何度も触ってしまったくらいです。工房の建物の前に立った時、胸の奥がきゅっと縮むような感覚がありました。逃げたいわけではありません。ただ、ここから先は学院の勉強ではなく、本当の仕事なのだと思うと、足が少しだけ重くなったのです。

それでも、扉を開けて中へ入りました。


中には、魔石の淡い光と、金属や木材の匂い、それから人が働く音がありました。机に向かって細かい作業をしている人、棚の整理をしている人、設計図を広げて確認している人。誰もが忙しそうで、私が入ってきたことに気づいても、軽く視線を向けるだけで、すぐに自分の仕事へ戻っていきます。そこが逆にありがたかったです。じろじろ見られたら、きっともっと緊張していたでしょう。


挨拶を済ませると、私は新人職員として、まずは仕事を覚えるところから始めるように言われました。最初から難しい作業を任されることはありません。道具の名前、材料の置き場所、作業机の使い方、工房の決まりごと、記録の取り方。そういった基本的なことから一つずつ教わっていきます。私は何度も頷きながら、聞き漏らさないよう必死に頭へ入れていきました。


不思議なことに、怖さばかりではありませんでした。むしろ、教えられるたびに、胸の中に小さな灯りがともっていく感じがありました。ああ、私は今、ちゃんと働くためのことを学んでいるのだ、と。それはとても静かな喜びでした。派手なものではありません。けれど、確かに温かいものでした。


私は昔から、家のことをするのは嫌いではありませんでした。料理も掃除も洗濯も、誰かがやらなければならないことですし、手を動かしていると余計なことを考えずに済むことも多かったのです。

だからでしょうか。作業台の上で道具を整えたり、材料を順番に並べたり、言われた通りの手順で小さな仕事を片づけたりすることに、思ったより早く馴染むことができました。もちろん、家事と工房の仕事はまったく同じではありません。扱うものは繊細ですし、失敗すればそのまま商品にならなくなることもあります。それでも、「丁寧に、でも止まらずに動く」という感覚は、私の中に確かに残っていたのです。


何より嬉しかったのは、ここで働くことに意味があると、最初からはっきり分かっていたことでした。学院にいる間、私は学ぶことに必死でした。もちろん学ぶことは大切でしたし、必要でした。けれど、その先に何があるのかが、時々見えなくなることもありました。でも今は違います。働けば、お金になります。お金があれば、家族へ送れます。家計の足しになります。母に少しでも楽をさせられます。それはとても分かりやすくて、だからこそ強い支えでした。


工房での初日を終えて帰る時、私は何度も心の中で繰り返していました。大丈夫。ここで頑張ればいい。ちゃんと覚えて、ちゃんと働いて、稼げるようになればいい。まだ始まったばかりですし、不安が消えたわけでもありません。けれど、ようやく私は、自分の足で立つための場所にたどり着いたのだと思いました。

それは、学院で時間を取り戻し、ようやく掴んだ出発点でした。

誰かに与えられた居場所ではなく、自分が働いて守っていく居場所。

私はそのことが、少しだけ誇らしかったのです。


働き始めてしばらくすると、私は少しずつ工房の空気に慣れていきました。最初の頃は、誰かが近くを通るだけで背筋が伸びてしまっていましたし、道具を一つ取るにも「これで合っていたでしょうか」と不安になっていたのですが、毎日同じ場所へ通い、同じ机に向かい、同じ匂いの中で仕事をしているうちに、ようやく呼吸の仕方が分かってきた気がしたのです。


もちろん、慣れたといっても油断はできません。工房で扱うものはどれも繊細で、少しの手順違いが後で大きな不具合になることもあります。だから私は、自分に言い聞かせるようにしていました。急がなくていいから、雑にだけはしないこと。分からないことは覚えること。教わったことは、その日のうちに頭へ入れること。そういう小さな決まりを一つ一つ守っていきました。


最初に何度も任されたのは、魔石の初期作業でした。加工前の魔石を、傷をつけないように扱いながら、汚れや余分な付着物を落とし、次の工程へ渡せる状態に整える仕事です。単純に見えるかもしれませんが、力を入れすぎると表面を傷めますし、逆に慎重になりすぎると時間ばかりかかってしまいます。私は最初、その加減がなかなか掴めませんでした。指先に力を入れすぎて、終わったあとに肩がこってしまったこともあります。


「ソアラさん、この魔石の初期の作業をお願いね」

そう声をかけられるたび、私は「はい」と返事をして、教えられた手順を頭の中でなぞってから作業に入りました。順番を間違えないこと。置く位置を揃えること。終わったものと終わっていないものを混ぜないこと。ほんの少しでも迷ったら、いったん手を止めて確認すること。誰かに褒められるためというより、失敗しないために必死だったのです。


けれど、何日か続けているうちに、指先が自然と動くようになっていきました。右に置くもの、左に置くもの。拭く順番。持ち替える手の位置。そういうものが少しずつ身体に馴染んでいきます。私はもともと家の仕事では、同時にいくつかのことを頭に入れて動くことが多かったので、その感覚がここでも役に立っているのだと途中で気づきました。鍋を火にかけながら洗濯物の様子を見て、床を拭きながら次の支度を考える。そんな毎日の積み重ねが、まさか工房で生きるとは思ってもいませんでした。


一つ作業を終えるたび、私は小さくほっとしていました。誰かに見せるほどのことではありません。でも、自分の中では確かに分かるのです。昨日より少しだけ早かった。昨日より置き方が揃っていた。昨日より迷わなかった。そういう小さな違いが、私には嬉しかったのです。


工房の人たちは、いつも大げさに褒めてくれるわけではありませんでした。それでも時々、作業台を見た先輩が「あ、もうそこまで終わったの?」と言ったり、「きれいに揃えてるわね」と短く言ってくれることがありました。そのたびに私は、表には出さないようにしながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていました。褒められることに、あまり慣れていなかったのだと思います。だからこそ、たった一言でも、思っているよりずっと深く沁みました。


仕事は、少しずつ増えていきました。最初は本当に基礎だけだったのが、材料の確認や、簡単な下準備、魔石の状態を見て次工程に回す判断など、少しだけ考えることが必要な仕事も任されるようになります。任される仕事が増えると、失敗したくない気持ちは強くなりましたが、それ以上に、私は嬉しかったのです。ここにいていいのだ、と少しだけ思えるからでした。


帰る頃には疲れていました。肩は張りますし、手も少し痛くなります。けれど、その疲れは嫌なものではありませんでした。やるべきことをやったあとの疲れです。家へ帰る道を歩きながら、私は時々、自分でも気づかないうちに少しだけ足取りが軽くなっていることがありました。明日もまた頑張ろう、と思える疲れ方でした。


まだ大したことはできません。工房の中では、私はほんの新人で、周りの人たちの方がずっと速くて、ずっと正確で、ずっと多くのことを知っています。それでも、まったく何もできないわけではない。教わったことを覚えて、丁寧にやって、少しずつできることを増やしていけば、ちゃんと前へ進める。そう思えるようになっていました。

それが、私には何より大切でした。


昔は、頑張っても何も変わらないように感じる時がありました。時間だけが過ぎて、自分だけが置いていかれるような気持ちになることもありました。でも今は違います。小さくても、自分の手の中に残るものがあります。覚えたこと。できるようになったこと。任せてもらえたこと。そういう一つ一つが、自分の中に積み上がっていくのが分かるのです。

私はまだ始まったばかりでした。けれど、その始まりの中で確かに思っていました。ちゃんと頑張れている。まだ少しずつでも、私は前へ進めているのだと。


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