学院3年ソアラ編 第八十六章 ミリィの入学④ ミリィの職業判定
再会の嬉しさがひと通り落ち着くと、三人の間にはルゼリアにいた頃と同じような、肩の力の抜けた空気が流れ始めていた。会えなかった二年が嘘みたいに、言葉が自然に続いていく。こういう感じが戻ってくると、本当にまた三人でいられるんだなと思えて、胸の奥がじんわりあたたかくなった。
そんな空気の中で、エアリスがふと思い出したようにミリィへ顔を向けた。
「ところで、ミリィ。職業判定はどうだったの?」
その問いかけに、ミリィは一瞬だけぱちりと目を瞬かせた。けれど、すぐに「それですね」とでも言いたげな顔になって、小さく胸を張る。
「魔術の道でした」
その言い方には、ちゃんと誇らしさがあった。
俺は思わず表情を明るくした。エアリスも同じだったらしく、すぐに嬉しそうな声を上げる。
「ほんと? よかったじゃない、ミリィ」
「うん、頑張ったな」
そう言うと、ミリィは少しだけ得意そうに笑った。
「えへへ、ありがとうございます。ミリィも、そこは嬉しかったです」
その笑い方を見て、ああ、やっぱりそこはちゃんと喜んでいるんだなと思った。ルゼリアにいた頃から、ミリィは魔術の練習を本当に頑張っていた。俺達に追いつこうとして、悔しがりながらも食らいついてきたし、うまくいかない日があっても、投げ出さずに続けていた。だからこそ、“魔術の道”と出たこと自体は、あの子にとって大きな自信になったのだろう。
けれど、その嬉しさは長くは続かなかった。ミリィはそこで少しだけ表情を変えた。喜んでいないわけじゃない。けれど、そこへ別の感情が重なってくるのが分かった。
「でも……」
その一言で、俺もエアリスも自然と次の言葉を待っていた。
「職業は、魔導具師でした」
今度の声には、さっきまでとは違う響きが混じっていた。戸惑いというか、少しだけ引っかかっている感じというか、そんな声音だった。
「魔導具師か」
俺がそう言うと、ミリィはこくりと頷いた。
「はい。なんと言うか……」
そこで少し言いよどんでから、ミリィは正直に続けた。
「ソアラさんの後輩になりそうです」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中でソアラの顔が自然と浮かんだ。学院を卒業して、今は魔導具師として働いているソアラ。ルゼリアの中では、ミリィにとってかなり身近な“魔導具師の先輩”だろう。だからこそ、その言葉が最初に出たのだと思う。
ただ、ミリィの言い方からすると、そこには単純な喜びだけではないものも混じっていた。
魔術の道に進めることは嬉しい。
でも、職業として出たのは“魔導具師”だった。そのことに、少しだけ戸惑っている。
たぶん、そういうことなのだろう。
ミリィは魔術が好きだ。ルゼリアにいた頃も、俺達と一緒に魔術の練習をしている時は本当に楽しそうだったし、できないことがあると悔しがっていた。だから、“魔術の道”に進めるのは素直に嬉しいはずだ。けれど、その先に出た職業が、いわゆる前へ出て戦う魔術師や、直接魔術を極める方向ではなく、“魔導具師”だったことで、自分の思っていた未来と少し違う感じがしたのかもしれない。
「ミリィは、てっきりもっと別の感じかなって思ってたんです」
ミリィはそう言って、少しだけ唇を尖らせた。
その顔が、いかにも“納得しきれていない時のミリィ”で、俺は少しだけ懐かしい気持ちになった。
「別の感じ?」
エアリスがやわらかく聞き返すと、ミリィは頷いた。
「はい。もっとこう……前に出る感じというか。ルーメンとかエアリスみたいな感じを、ちょっと想像してたんです」
その言葉は、見栄を張ったものではなく、本音なのだとすぐ分かった。ミリィは昔から、自分の気持ちを変にごまかさない。もちろん全部をそのまま口に出すわけじゃないけれど、少なくとも俺達相手には、かなり正直だ。
だから、その“ちょっと想像してた”にも、二年分の思いが入っているのだろうと思った。ルゼリアで、俺達の背中を見ながら、自分も同じように進んでいく未来を少しは思い描いていたのかもしれない。
「でも、魔導具師が嫌ってわけじゃないんですよ」
ミリィはすぐにそう付け足した。そこもまた、ミリィらしかった。単純に嫌だと切って捨てるのではなく、自分の中の引っかかりを、ちゃんと整理しようとしているのだ。
「ただ、思ってたのと少し違ったっていうか……びっくりしたっていうか」
「なるほどね」
エアリスが、納得したように小さく頷く。
俺もその気持ちは少し分かる気がした。職業判定っていうのは、嬉しいだけで終わるものじゃない。自分の向いている道を示される一方で、思い描いていたものとずれることもある。特にミリィみたいに、前向きに頑張ってきた子ほど、“これだ”と信じていた形との違いに戸惑うことはあるだろう。
けれど、そこで自分の気持ちをごまかさず、「嬉しいです。でも戸惑ってます」とちゃんと出せるのは、やっぱりミリィの強さだと思った。
「しかも、ソアラさんの後輩って思うと、なんだか急に現実味があるじゃないですか」
ミリィはそう言って、今度は少しだけ困ったように笑った。
「魔導具師って、もっと遠い感じの言葉だったんですけど、ソアラさんがいるから、急に“本当にそうなるかもしれない”って感じがして」
その言い方は、どこか妙にリアルだった。
たしかに、遠い職業名として聞くのと、身近な先輩の顔と結びつくのとでは重みが違う。ソアラさんと同じ道。その言葉が、ミリィの中で一気に具体的なものになったのだろう。
俺は少しだけ真面目な気持ちでミリィの顔を見た。
喜び半分、戸惑い半分。
今のミリィは、まさにそんな顔をしていた。
でも、その揺れ方は悪いものには見えなかった。むしろ、自分の未来をちゃんと自分のこととして受け止めようとしている顔だった。
それを見て、俺は少し安心していた。
ミリィはちゃんと、自分の道に向き合おうとしている。
だからこそ、この戸惑いも、きっと無駄にはならないのだと思えた。
ミリィの顔には、まだ少しだけ迷いが残っていた。
嫌だと言い切るほどではない。けれど、すぐに胸を張って喜びきれるほどでもない。そんな半端な揺れが、そのまま表情へ出ている。
俺がどう言葉を返そうか考えていると、隣のエアリスがふっとやわらかく笑った。ミリィのそういう複雑な顔を見た時、エアリスは昔から少しだけ優しい声になる。たぶん、相手が本当に困っている時ほど、強く引っ張るより、まず気持ちを受け止める方を選ぶのだ。
「ソアラさんと同じ魔導具師か」
エアリスはそう言って、少しだけ考えるように目を細めた。けれど、その表情には否定的な色はまったくなかった。
「うーん、でも、魔術の道でよかったし、魔導具師も全然悪くないと思うよ」
その言葉に、ミリィが顔を上げる。
たぶん今のミリィは、“そう言い切ってもらえるのか”を確かめたかったのだろう。自分の中でまだ整理しきれていないものを、誰かにまっすぐ肯定してほしかったのかもしれない。
エアリスはそんなミリィの顔を見ながら、続けた。
「魔導具師って、すごくちゃんとした仕事だし、色んなお店や工房があるでしょ? それに、ずっと誰かの下で働くだけじゃなくて、経験を積めば独立だってできるし、自分のお店を持つことだってできるんだよ」
その言葉は、ただ慰めるために並べたものではなく、ちゃんとエアリス自身がそう思っているのだと分かる言い方だった。魔導具師という職業の先にあるものを、無理に飾らず、でも前向きに見せてくれている。
「自分のお店……」
ミリィが小さくその言葉を繰り返した。
その響きを、口の中で転がすみたいに。
さっきまで少し曇っていた瞳の奥に、今度は別の光が入り始めるのが見えた。
「そう。自分のお店」
エアリスはうんと頷いた。
「ミリィが自分で作った魔導具を並べて、お客さんに売って、ちゃんと“ミリィの仕事”って形になるんだよ。そういう未来もあるってこと」
その言い方が、すごくエアリスらしいなと思った。
ただ“魔導具師でも大丈夫”とぼかすんじゃなくて、“こういう未来がある”とちゃんと形にして見せてくれる。相手が不安そうにしている時ほど、漠然と励ますより、少し先の景色を描いてあげる方が伝わると分かっているのだろう。
ミリィは目をぱちぱちさせていた。
さっきまでは“思っていたのと違う”という方向で固まっていた考えが、今は少しずつ別の方向へ動き出しているのが分かる。
「それは……」
ミリィは少しだけ考えてから、正直に言った。
「それは、いいかもしれません」
その言い方が、なんだかミリィらしくて、俺は少し笑いそうになった。
すごく大喜びするわけじゃない。
でも、ちゃんと心が動いた時のミリィは、こういうふうに少し慎重に言葉を選ぶ。
「でしょ?」
エアリスが嬉しそうに笑う。
「ミリィって、細かい作業も意外とちゃんとやるし、変にこだわるところあるから、向いてるかもしれないよ」
「変にって何ですか」
ミリィがすぐに頬をふくらませる。
その反応が出た時点で、もうさっきまでの重さはかなり薄れていた。
「だって、あるでしょ。自分の中で“ここはこうしたい”ってなると、結構譲らないじゃない」
「それは……ありますけど」
「そういうの、たぶん悪くないよ。魔導具師って、細かいところをちゃんと見られる方が強そうだし」
ミリィは少しだけ考える顔をしたあと、「たしかに」と小さく頷いた。
エアリスの言葉は、ミリィの気持ちを軽くするだけじゃなく、“自分の性格のこういう部分も悪くないのかも”と思わせる力がある。そこがすごいなと思う。
「それにね」
エアリスはさらに続けた。
「魔術の道に進めるってことは、魔導具師になっても、ちゃんと魔術の知識を使っていくってことでもあるんだから。ミリィが今まで頑張ってきたことが、無駄になるわけじゃないよ」
その言葉を聞いた瞬間、ミリィの表情が少し変わった。
そこだったのかもしれない、と俺は思った。
ミリィはたぶん、“魔導具師”と出たことで、自分が思っていた“魔術を頑張ってきた道”から少し外れるような感じがしたのだろう。でも、エアリスはそこをちゃんと繋ぎ直してくれた。魔術の道であることと、魔導具師であることは切り離されていないのだと。
「……そっか」
ミリィは小さく呟いた。
「ミリィ、別に魔術から離れるわけじゃないんですね」
「うん、そうだと思う」
エアリスがやさしく頷く。
「むしろ、ちゃんと使う側なんじゃないかな。形は違っても」
その一言で、ミリィの肩から少し力が抜けたように見えた。
さっきまで張っていた小さな戸惑いが、ようやくほどけ始めたのだろう。
「なんだか、ちょっと安心しました」
ミリィはそう言って、今度は素直に笑った。
「ミリィ、さっきまで、どう受け取ったらいいかよく分からなかったんです」
「うん。最初って、そういうものかも」
エアリスの声は、ずっと変わらずやわらかかった。
「でも、すぐに全部分からなくても大丈夫だよ。入ってから見えてくることもあるし」
その言葉には、二年間学院で過ごしてきた実感がちゃんと滲んでいた。
俺も同じことを思う。最初の職業判定だけで全部が決まるわけじゃない。その先で何を見て、どう頑張るかで、同じ道の中でも進み方は変わっていく。エアリスはそれを、自分の経験ごとミリィへ渡しているのだろう。
ミリィはそんなエアリスを見て、少しだけ目を細めた。
「エアリス、こういう時すごくちゃんとしてますよね」
「こういう時って何よ」
「なんか、先輩っぽいです」
その言い方に、エアリスは一瞬きょとんとして、それから少し照れたみたいに笑った。
「もう、変なこと言わないでよ」
「でも本当です。ミリィ、今ちょっと助かりました」
そう言われると、エアリスもまんざらじゃなさそうだった。
たぶん、ああいうふうに頼られるのは嬉しいのだろう。昔から面倒見がいいところはあったけれど、今のエアリスはそれをちゃんと自然に出せるようになっている。その変化を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなる。
「よかった」
エアリスはそう言って、少し誇らしそうに笑った。
ミリィの顔には、もうさっきまでの曇りはほとんど残っていなかった。まだ完全に“これだ”と割り切れたわけじゃないかもしれない。でも少なくとも、魔導具師という言葉を、さっきより前向きに受け止め始めているのは分かった。
その変化を見て、俺も少し安心していた。
ミリィはきっと大丈夫だ。
迷いながらでも、自分の道をちゃんと見ていける。
そして、その最初の一歩を、こうしてエアリスがうまく支えてくれたことも嬉しかった。
三人でまた一緒にいられるようになって、まだほんの少ししか話していないのに、もうこうして昔みたいな空気が戻っている。そのことが、やっぱり嬉しかった。




