学院3年ソアラ編 第八十六章 ミリィの入学③ ミリィの本音
改めて向き合ってみると、ミリィの顔には再会できた嬉しさがそのまま出ていた。目元も口元も、さっきからずっと明るい。ここへ来るまで緊張していたはずなのに、今はそれより、俺達に会えた安心の方がずっと大きいのだとよく分かった。
「ミリィ、久しぶり。元気だった?」
俺がそう聞くと、ミリィはすぐに大きく頷いた。
「はい、元気でしたよ!」
返事はいつものミリィらしく元気いっぱいだった。けれど、その勢いのまま笑っていた表情が、次の瞬間、ほんの少しだけやわらいだ。何かを言おうとして、でも一度胸の中で確かめるみたいに、小さく息を吸っている。
エアリスも、その変化に気づいたのだろう。さっきまでの明るい笑顔を少しだけ静かなものにして、やさしく問いかけた。
「本当に久しぶりだね、ミリィ。会いたかったよ」
その言葉を聞いた瞬間、ミリィの顔に浮かんでいた笑みが、少しだけ違う色を帯びた。嬉しいのはたしかなのに、その奥から別の感情がにじんでくるような、そんな表情だった。
「ミリィも、会いたかったです」
そう言ってから、ミリィは少しだけ視線を落とした。大講堂の前は相変わらず賑やかで、周りでは新入生達の声が飛び交っているのに、その時だけ、俺達の周りの空気がすっと静かになった気がした。
「でも……」
小さく続いたその言葉に、俺は自然とミリィの顔を見た。
「ルーメンもエアリスも、先に進学しちゃったじゃないですか」
ミリィは少しだけ唇を引き結びながら、それでもごまかさずに続けた。
「だから、寂しかったです」
その一言は、思っていたよりまっすぐ胸へ入ってきた。
手紙では何度もやり取りをしていたし、ルゼリアでのことも、こっちでのことも、ある程度は互いに知っていた。けれど、文字で伝わることと、こうして面と向かって言われることは全然違う。二年の間、ミリィが本当に寂しかったのだと、その短い言葉だけで十分伝わってきた。
「またこうして、一緒にいられると思うと、すごく楽しみです」
ミリィはそう言って、今度はちゃんと顔を上げた。さっきまでの少し大人っぽく見えた表情とは違って、その時の顔は、どこかルゼリアにいた頃のミリィへ戻ったみたいにも見えた。嬉しいことも寂しいことも、ちゃんとそのまま口にする。そういう素直なところは、本当に昔から変わっていない。
俺は胸の奥が少しだけ締めつけられるのを感じていた。
やっぱり、離れていたんだなと思った。
当たり前のことなのに、実際にこうして言葉にされると、その二年がどれだけ長かったのかを改めて思い知らされる。
ルゼリアでは、俺とエアリスが先に村を出た。ミリィはそのあとを追うように、ようやく今日ここまで来た。その間、あの子は村に残って、一人で頑張っていたのだ。俺達と同じ場所へ来るために、同じ学院へ入るために。そう思うと、目の前の笑顔がただ無邪気なものには見えなかった。その裏にあった時間ごと、ちゃんと抱きしめたくなるような気持ちになった。
「そっか……」
気の利いた言葉をすぐには返せなかった。ただ、それくらいミリィの言葉がまっすぐだった。
エアリスが、そんなミリィの手をそっと取った。
「ごめんね、ミリィ」
その声はとてもやわらかかった。
「私達も、ミリィがいないのは寂しかったよ。だから、こうしてまた一緒にいられるの、ほんとに嬉しい」
ミリィはその言葉に、少しだけ目を丸くしてから、すぐに嬉しそうに笑った。泣きそう、というほどではないけれど、胸の奥がいっぱいになっているのが分かる顔だった。
「ミリィが進学してきてくれて、嬉しいよ」
今度は俺が、ちゃんとそう言った。
「また三人で過ごそう」
その言葉を口にした時、ようやく自分の中でも何かが落ち着いた気がした。そうだ、俺が言いたかったのはたぶんこれだった。ただ会えたことが嬉しいだけじゃない。もう一度、三人で同じ時間を過ごせることが嬉しいのだ。
ミリィは俺とエアリスの顔を順に見て、それから何度も頷いた。
「はい」
その返事は短かったけれど、とても強かった。
「ミリィ、頑張って来てよかったです」
その言葉に、今度は俺の方が少しだけ胸を打たれた。
頑張って来てよかった。
その一言の中に、村を出るまでの時間も、今日ここへ来るまでの緊張も、二年間の寂しさも、全部入っている気がした。
春の風が、また一度やわらかく吹き抜けていった。大講堂の前では相変わらず新入生達が動いている。教師達の声も、家族達の話し声も、そのまま続いている。けれど、俺達三人の間には、もう別のあたたかさができていた。
離れていた時間はたしかにあった。
その間に、俺達はそれぞれ少しずつ変わった。
でも、こうしてまた顔を合わせて、少し話しただけで分かる。根っこのところは何も変わっていない。ミリィが寂しかったと素直に言えて、俺達がそれをちゃんと受け止められる。それだけで十分だった。
「これから、また賑やかになりそうだね」
エアリスがそう言うと、ミリィはすぐに嬉しそうに笑った。
「はい。すごく楽しみです」
その笑顔を見ながら、俺も同じことを思っていた。
今日からまた、三人の時間が動き出す。
そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
ミリィの「頑張って来てよかったです」という言葉は、しばらく胸の中に残っていた。大げさな言い方ではないのに、その一言だけで、あの子がここへ来るまでに積み重ねてきた時間の重さが伝わってくる気がした。
ルゼリアで別れてからの二年。
俺達にとっても短くはなかったけれど、ミリィにとってもきっと同じだったのだと思う。むしろ、一人残る側だった分、あの子の方が長く感じたのかもしれない。そう考えると、こうして笑って再会できていることが、ただ嬉しいだけじゃなく、少し特別なことにも思えた。
「ミリィが来てくれて、本当によかったよ」
俺が改めてそう言うと、ミリィは少しだけ照れたみたいに笑った。
「そんなに喜んでもらえると、ミリィもちょっと照れます」
「照れてるわりには、すごく嬉しそうだけどね」
エアリスがそう言って笑うと、ミリィは「それは嬉しいですから」とすぐに言い返した。その返し方がいかにもミリィらしくて、俺もつられて笑ってしまう。
「でも、本当に、また三人でいられるんですね」
ミリィがぽつりとそう言った。さっきの寂しかったという言葉とは少し違う響きだった。今度は確認するような、確かめるような、そんな言い方だった。
「うん」
エアリスがすぐに頷く。
「今度は同じ学院だしね。前みたいに、会いたくても会えないってことはなくなるよ」
「授業の時間は違っても、学院の中では普通に会えるしな」
俺もそう続けると、ミリィの顔がぱっと明るくなった。
「それだけで、もうすごいです」
本当にそう思っているのだろう。ミリィの声には、少しも飾りがなかった。
たしかに、今のあの子にとっては、それだけでも十分大きいことなのかもしれない。手紙ではなく、実際に顔を見て話せる。何かあった時に、すぐ会いに行ける。そういう当たり前のことが、今までは当たり前ではなかったのだから。
「また三人で色々できるね」
エアリスがそう言って、少し楽しそうに目を細めた。
「放課後に会って話したり、一緒に食堂へ行ったり、休みの日に街へ出たり。前みたいに、ミリィに色々教えてあげないと」
「教えてもらうこと、たくさんありそうです」
ミリィはそう言って、学院の建物の方をちらりと見た。さっきまで再会の嬉しさが一番大きかったけれど、ここへきてようやく“これから始まる学院生活”そのものの実感も少しずつ湧いてきているのかもしれない。
「でも、二人がいるなら安心です」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ気持ちがやわらいだ。
さっきまで“早く見つけてやりたい”と思っていた気持ちが、そこでちゃんと報われた気がしたのだ。あの子にとって、俺達がいることが安心になる。だったら、今日こうしてすぐに迎えに来た意味はちゃんとあったのだと思えた。
「安心していいよ」
エアリスが、やさしく笑って言う。
「最初は分からないことも多いだろうけど、私達も最初はそうだったしね。困ったことがあったら、何でも聞いて」
「はい!」
ミリィは元気よく返事をしたあと、少しだけいたずらっぽい顔になった。
「じゃあ、遠慮しませんからね」
「うん、遠慮しなくていいよ」
俺がそう言うと、ミリィは満足そうに頷いた。
その様子を見ていると、さっきまで感じていた“成長したんだな”という驚きと、“やっぱりミリィはミリィだな”という安心が、ちょうどいい具合に並んでいるのが分かる。
二年の時間はたしかにあった。けれど、その二年があったからこそ、今こうしてまた並べることに意味があるのだと思う。変わったところも、変わらないところも、全部ひっくるめて、また三人で同じ場所に立てている。そのことがひどくありがたかった。
「ルゼリアにいた頃みたいに、また賑やかになりそうだな」
俺がそう言うと、ミリィはすぐに笑った。
「今度はもっと賑やかにしますよ」
「それ、今でも十分な気がするけど」
エアリスがくすっと笑いながら言う。たしかに、さっきからミリィがいるだけで空気の温度が少し上がっている感じがした。元気で、まっすぐで、思ったことがすぐ顔に出る。そんなあの子が加わるだけで、場が自然と明るくなるのだ。
「でも、ほんとに楽しみです」
ミリィはそう言って、俺達を順番に見た。
「また三人で過ごせるの」
その言い方が、ひどく素直で、だからこそ胸へ残った。
「俺も楽しみだよ」
口にすると、それは思っていた以上に自然な言葉だった。
無理に明るく言ったわけでもなく、慰めるために合わせたわけでもない。
本当にそう思っていたから、ただそのまま出たのだと思う。
エアリスも「私も」と頷いた。
その瞬間、俺達三人の間で、何かがまたきちんと繋がった気がした。
再会した、というだけではない。
今日からまた、一緒に時間を重ねていける。
そういう未来まで含めて、ここでちゃんと始まり直した感じがあった。
春の学院の空気は相変わらず明るくて、周囲のざわめきも絶えなかった。けれど、俺の中ではさっきまでの“探している時間”がもう完全に終わっていた。今はただ、目の前にいるミリィと、隣にいるエアリスと、この先のことを考えていた。
また三人で過ごせる。そのことが、思っていた以上に嬉しかった。




